第13話 現実世界の再会
静寂の中で、玲はゆっくりとまぶたを開いた。
(……ここは……)
視界に天井が映る。
コンクリートのひび割れた天井、薄い蛍光灯――
廃ビルの4階、儀式の部屋。
「……戻ってきた……」
喉の奥が焼けるように乾いていた。
身体も重く、指先さえ動かすのが苦しい。
それでも――
「玲くん!!」
カスミがすぐそばで泣きそうな顔をしていた。
白銀の霊体は以前よりも輪郭がはっきりしている。
光の揺らぎも安定していた。
「玲くん、戻ってきてくれた……!
本当に……よかった……!」
「カスミさん……
僕、大丈夫ですよ……」
玲は微笑もうとして、しかし胸が痛み顔をしかめる。
「無理しなくていいよ……!
玲くん、すごく苦しそうで……
ずっと声かけてたんだよ……!」
カスミは玲の肩に手を置こうと伸ばし――
ふっと震えるように触れ合った。
(カスミさん……
霊体なのに……触れている……?)
玲の心に、静かな驚きが広がる。
ふと、後ろから小さな息の音がした。
「……ぅ……ん……」
二人が振り返る。
椅子に座らされたままの少女――
常盤マコトが、薄く目を開けていた。
「マコト……!」
カスミが駆け寄る。
その表情は、死者とは思えないほど生き生きとしていた。
マコトはぼんやりと天井を見上げ、
次に玲を見て、そしてカスミの方向に視線を流した。
「……あれ……?
お姉ちゃん……?」
かすれた声だった。
けれど、それは確かに“現実の声”だった。
カスミは震える。
「聞こえるの……?
マコト……私の……声が……?」
マコトは焦点を合わせようと目を細め、
その視線はカスミへ――
「……うん……
なんか……ふわって……光ってる……
お姉ちゃん……?」
カスミの胸に、一気に涙がこみあげた。
「見えるんだ……
本当に……マコトに……」
霊が生者に“見える”状態。
それは未練が強いわけでも、成仏に近いわけでもない。
――心が繋がったときだけ起こる現象だった。
玲はよろよろと立ち上がり、マコトへ歩み寄った。
「常盤マコトさん」
マコトはゆっくり顔を向ける。
「あなたは“儀式”の暗示から解放されました。
もう誰にも従う必要はありません。
未来を選ぶのは――あなた自身です」
「……私……
あの部屋で……ずっと……」
声が震えていた。
「奥の方でね……
お姉ちゃんが泣いてるような気がして……
でも……どれが本物か、わからなくて……
ずっと暗くて……」
「わかっています。
その暗闇に僕たちが入りました」
カスミがそっと膝をついた。
「マコト……本当に怖かったね……
一人にしてごめんね……
でも、もう大丈夫……!」
マコトはぽろぽろ涙をこぼした。
「お姉ちゃん……
死んじゃったのに……
なんで……?」
「“なんで”じゃないよ。
大好きな妹を助けに来ただけ」
玲はその場をそっと離れ、
二人の時間を邪魔しないように距離を取った。
しかし、そのとき――
玲の背後に“波”のような悪寒が走った。
(……この気配……)
振り返るが、誰もいない。
ただ、床に描かれた未来固定陣の一部が、
黒く焦げたようにひび割れていた。
(影は消えたはず……
いや、違う……“影”は消えたとしても――
本体はまだ……)
「玲くーん……?」
カスミが心配そうに浮かんできた。
「どうしたの?」
「いえ……大丈夫です。
とりあえず今日は、マコトさんを安全な場所へ」
ビルの外に出ると、夜風がひんやりと頬を撫でた。
マコトはまだ足取りが弱いが、
玲の肩を借りながら歩いている。
「……外の空気……久しぶり……」
「今日は病院へ行きましょう。
身体にも負担があるはずです」
「はい……」
カスミはその横で寄り添うように浮いている。
「玲くん、本当にありがとう……
あなたがいなかったら、マコト……」
「礼なら、マコトさんから直接言ってください」
玲は穏やかに笑った。
「依頼は、まだ終わってませんからね」
繁華街の向こうでは、
ひとつだけ高いビルの窓が光っていた。
まるで誰かがそこから
静かに彼らを“見下ろしている”ように。
(……まだ終わりじゃない。
先生の本体は、どこかで動いている……)
玲はふと空を見上げた。
「未来は変わった。
でも――“未来を縛る者”は消えていません」
そして玲は、
夜の中へと静かに歩みを進めた。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第14話 カスミの残響の安定/新たな依頼の影(第1章・終)
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