第11話 精神世界での対決/カスミの“覚醒”
――黒い霧。
――水音。
その世界は、
マコトの心の中でありながら、
まるで別の現実のように冷たかった。
(……ここが……マコトさんの精神世界……)
足元は浅い水面のように揺れ、
空は真っ暗で、星もない。
ただ、遠くに――
黒い鉄格子のような“塔”が立っていた。
中央の塔の中には、
薄い光が弱々しく揺れている。
(あれが……マコトさんの“心核”……)
「――来たな、灯台の子」
霧の中から、影が歩み出る。
黒く、形が曖昧で、
人間とも霊とも言えない歪んだ存在。
だが声だけは、はっきりしていた。
“先生”の声。
「ここは、私が“未来”を定めた世界だ。
お前が入った時点で、未来は一つに収束する」
「それは“未来改変”ではありません。
一種の洗脳ですよ」
「未来を選ばせないことこそ救いだ。
不確定性は人類を狂わせる」
玲は冷ややかに目を細めた。
「マコトさんに未来を選ばせる気はなかったんですね」
「当然だ。
不完全な心に、未来の重荷は背負えない」
影は手のようなものを伸ばし、
黒霧をかき混ぜた。
「お前も見ただろう?
マコトは絶望の未来を繰り返し視てきた」
「だからと言って“死”を選ばせていい理由にはなりません」
「違うな。
死を選ばせるのではない。
死が“避けられない未来”だと理解させているだけだ」
影が歪んだ笑みを浮かべた。
「こちらが定めた未来へ誘導するだけで、人は勝手に歩く。
ゆっくりと、気付かぬうちに、死へ向かってな」
(……やはり、この影……
本体ではなく“精神世界に投影された分身”か……)
玲の審眼は影の奥の奥まで読み取ろうとする。
すると、突然気づいた。
(……これは……
“マコトさん自身の心象”も混ざっている……?)
影には“先生”の波長と、
“マコトの恐怖”が重なっている。
まるで恐怖が先生の形を借りて増幅されているようだ。
「……あなた、先生そのものじゃない」
「当然だ。
私は“影の分身”。
本体は現実にいる。
だがこちらの私は――」
影はゆっくりと塔の方を示す。
「マコトの心の“扉”そのものでもある」
(やはり……
この影を突破しないとマコトさんに辿り着けない……)
一方その頃、現実世界。
玲の身体は床に座り込み、
マコトの両手を包むように掴んでいる。
「玲くん……大丈夫……?
息……すごく浅い……!」
カスミは玲の肩に触れようとする。
触れられないはずだった――
しかし。
「……え?」
霊体の手が、玲の肩に“触れた”。
微かにだが、確かに触れた。
「玲くん……!
私……あなたに触れてる……!」
(カスミさん……!?
霊力が……強くなってる……?)
カスミの霊体は、白銀の光を帯び始めていた。
まるで玲の審眼に呼応するように。
「玲くん……聞こえる……?
どこにいるの……?
ねえ……帰ってきてよ……!」
だが玲は返事しない。
精神世界の奥深くへ沈んでいる。
「だめ……このままじゃ……玲くんの心まで……!」
カスミの胸の光が震えた。
(行かなきゃ……
玲くんのところへ……)
直感がそう告げていた。
影が動いた。
「ここでお前は“迷う”。
マコトの絶望を肩代わりするのだ。
それが霊能力者の宿命だ」
「あなたの言う未来に従うつもりはありません」
玲は一歩、影へ踏み込んだ。
水面が揺れ、黒霧が裂ける。
「僕は――
マコトさんの未来を“奪わせない”」
「ならば証明してみろ。
少女の“牢獄”を破れるかどうか」
影は霧となり、塔の周囲へ広がった。
塔には黒い鎖が何重にも巻かれ、
中心の光は今にも消えそうだ。
玲が歩み寄ろうとした瞬間――
“風”が吹いた。
精神世界には存在しないはずの風。
玲は振り返る。
「――玲くん……!」
白銀の光が舞い降りる。
その中心にいたのは――
カスミ。
「カスミさん……!?
なぜ……ここに……!」
「わかんない……!
でも……玲くんの声が聞こえた気がして……
気が付いたら……ここに来てたの……!」
(まさか……
カスミさんの霊体が玲に共鳴して、
精神世界の入口を突破した……?)
影がゆらりと揺れる。
「ほう……
死者が精神世界に侵入するとは……
これは灯台の子の“特異性”か……」
「先生……!!」
カスミが身構える。
白銀の光が玲の側で揺れた。
「カスミさん、無理に前へ出ては――」
「違うよ、玲くん。
私ね……わかるの……
マコトの“心の奥”が震えてるの……」
カスミは塔へ視線を向けた。
「マコト……泣いてる……
本当は助けてほしいって……ずっと……!」
玲の目が揺れた。
(カスミさん……
あなたの力は……本当に……)
カスミはゆっくり塔に近づく。
玲は心配で止めようとしたが――
その手前で影が動いた。
「愚か者が……」
影がカスミへ迫る。
「カスミさん!!」
玲が駆け寄る――しかし。
カスミは振り返り、微笑んだ。
「大丈夫。
だって玲くんがいるもん」
その刹那――
カスミの霊体が光を放った。
影が後退するほどの強烈な光。
黒霧が押される。
塔の鎖が“一部だけ”だが、外れた。
玲の心臓が跳ねる。
(……開いた……!
カスミさんの力で……!)
影が低い声で呟く。
「……死者の残滓がここまで干渉するとは……
やはりお前か……
“未来を揺らす幽鬼”……」
「私は……マコトの姉よ」
カスミはまっすぐ影を見た。
「未来を奪わせない。
絶対に……!」
玲は塔へ向き直る。
「カスミさん。
あなたの力があれば――
マコトさんの心の奥まで辿り着けます」
「行こう、玲くん!」
二人は塔の入口へ踏み込んだ。
黒い霧が渦巻き、世界が揺れる。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第12話 心核での決戦/マコトの未来を取り戻せ
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