第10話 儀式の間へ到達/マコトの“心の牢獄”
扉を開くと、そこは廃ビルとは思えない異様な“静寂”の空間だった。
4階はもともとテナントの空きスペースのはず。
だが今は、その床一面に黒い模様が描かれている。
円と線が絡み合うような、不規則な幾何学模様。
それは“未来線”をそのまま写したようでもあり、
人の心の奥底を覗き込むようでもあった。
「う……っ」
カスミが思わず後ずさる。
「この模様……気持ち悪い……
“未来”と“念”が混ざってる……!」
「ええ。これは未来を“固定する陣”ですね」
玲は眉をひそめながら、ゆっくり歩を進めた。
(未来線を“ここに縛りつける”……
儀式の参加者を一つの未来へ導く……
その中心は――)
視線の先に、少女が一人。
簡素な椅子に座り、両手を組んで膝に置き、
ゆっくりと呼吸している。
――常盤マコト。
その瞳は開いているが、焦点が合っていなかった。
「ま……こと……?」
カスミが震える声で妹の名前を呼ぶ。
だが、マコトの瞳はまったく反応しなかった。
「……先生の暗示ですね」
玲は歩み寄りながら分析する。
「心を閉ざされ、
“与えられた未来”しか見えない状態にされている」
「未来……?」
「はい。“みんなで飛び降りる未来”です」
カスミの霊体がびり、と震えた。
「そんな……! どうして……!」
「暗示は恐怖と希望の両方で構成されています。
“死ねば救われる”と刷り込まれている」
「救われるわけ……ない……!!」
カスミが叫んだ瞬間――
霊体が白銀に輝き、空気が揺れた。
「カスミさん、危険です!
あなたの霊力はまだ未完成なんです!」
「でも……!」
「大丈夫です。僕が彼女を呼び戻します」
玲はマコトの前に膝をつき、
目線を合わせるようにじっと見つめた。
「常盤マコトさん。聞こえますか?」
返事はない。
ただ、彼女の瞳の奥が、黒い霧で満たされているように見える。
(これは……結界が“心そのもの”に固定されている……
精神世界はすでに半分開いている状態だ)
「……玲くん……マコト、どうなってるの……?」
「心が“部屋”のように閉じ込められています。
本人はその中から出られない」
玲は右手で、マコトの手元に触れた。
その瞬間――
「っ……!」
鋭い痛みが玲の脳に突き刺さった。
「玲くん!?」
「大丈夫です……!
ただの……“ノック”ですよ……」
玲はかすかに笑い、審眼を開いた。
マコトの瞳の奥に――
薄い“扉”のようなものが見えた。
その扉には、黒い鎖が何重にも巻かれている。
「カスミさん」
「なに……?」
「あなたの力が必要です。
この扉の“ひずみ”だけは、僕では見えません」
カスミは震える霊体を、
ゆっくりとマコトの目の前に持っていく。
「見える……
この扉……マコトの心の……“入り口”だ……」
「その通りです」
「でも……鎖が……いっぱい……!」
「それを外すためには、僕が“精神世界”に入る必要があります」
「玲くんが……?」
「はい。ですが、このままでは入れません。
あなたの力で、入口を“開いて”もらう必要があります」
カスミの霊体が大きく揺れ――白銀に輝く。
「やってみる……!
マコトを助けたい……!!」
カスミが扉に手を伸ばした瞬間。
光が爆発するように広がり――
黒鎖が一斉に震えだした。
玲はマコトの額に手を置く。
「精神世界――入ります」
蒼い光が玲の眼から流れ出し、
マコトの瞳へ吸い込まれる。
「玲くん!!」
「心配いりません。
あなたの声を頼りに戻ってきます」
その言葉を最後に――
玲の意識が、完全にマコトの精神世界へと落ちていった。
暗闇。
冷たい風。
遠くから聞こえる誰かの泣き声。
(ここが……
マコトさんの精神世界……)
足元には黒い水面のようなものが広がり、
上には星一つない空があった。
「……まるで……牢獄ですね」
玲がそう呟いた瞬間、
背後から聞こえる声があった。
『――やっと来たか、灯台の子』
振り返ると――
そこに、黒い霧でできた“先生の影”が立っていた。
「君にはまだ早い。
他人の心に踏み込むということは、
未来を“賭ける”ことと同義だ」
「あなたには言われたくありませんね。
マコトさんを解放するのが先です」
「できるものなら、やってみろ。
ここは――
私が未来を定めた“心の牢獄”だ」
黒い霧が広がり、
世界そのものが軋むような音が響いた。
(カスミさん……
聞こえていますか……?
僕は必ず戻ります……
必ず……!)
玲は霧の奥へ踏み込んだ。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第11話 精神世界での対決/カスミの“覚醒”
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