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星海の涙  作者: サク


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9/20

9.墜落する舞台

その夜のシアターは、熱狂で満ちていた。

天井の金具から張られた空中ブランコが規則正しく揺れ、音楽は鼓動のように高鳴る。

僕は手の粉を払い、掌の皮膚感覚を確かめる。袖の向こうではイザベラの歌が波のように押し寄せ、観客席が光の海に揺れていた。

――行ける。今日は、掴める。


「カイト、合図で飛ぶよ!」

上手側の相棒が声を張る。

頷き、膝でリズムを刻む。視界の端に、エリナの扇が星の尾のように閃いた。


タイミング。

呼吸。

放つ。


身体が空を切る。重力が一瞬、遠のく。

客席がどよめき、歓声が熱となって背中を押した。

伸ばした指先に、次のブランコの綱――


その瞬間だった。


照明が閃光のように炸裂し、視界が真っ白に焼き付く。

次いで、人工重力がわずかに反転し、揺れていたブランコの周期が狂った。

綱が半歩分、遅れる。

空中でバランスを失い、僕は体幹を捻って軌道を修正する。指が綱を掠め――滑る。


冷汗が背筋を走った。

反射で下段の支柱へ脚を振り込み、摩擦で減速、肘で抱え込むように受ける。

鈍い衝撃が腕に食い込み、呼吸が潰れた。

落下軌道が客席をかすめた音に、悲鳴が爆ぜる。


「キャーッ!」

「やめろ、危ない!」


隣の演者が、ぶら下がったブランコごと想定外の弧を描き、客席へ流れていく。

僕は支柱から身をひねり、反動を利用して身体を叩きつけるように別の綱に飛びついた。

鉄骨が鳴り、滑車が悲鳴をあげる。

――間に合え!


綱を強引に引き戻し、演者の軌道を数十センチずらす。

彼は客席の手すりを掠めて、床のクッションに転がり落ちた。

呼吸音と、何十もの安堵と恐怖が混じった吐息が一斉に漏れる。


舞台監督のインカムが怒号で割れる。

「全停止! 今すぐ金具を抑えろ、落下物注意!」

スタッフが駆け込み、舞台上の可動部を次々とロックしていく。


視界の端に、白いドレスの幻がちらついた。

無邪気に問いかけてきた彼女――《エウリュディケ》。

あの好奇心に満ちた瞳が、なぜか今この惨状に重なって見えた。


「……どうして……」


かすれた声は歓声と悲鳴の渦にかき消される。

舞台は光の楽園から、一瞬にして墜落する檻へと変わっていた。

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