7.警告
ディナーの時間帯が過ぎ、ラウンジの喧騒もようやく落ち着きを見せていた。
グラスを片付け、銀盆を戻すと、肩から力が抜けていく。
「ふう……」
控え室へ戻ろうと廊下を歩く。人影はなく、足音と船の低い振動だけが響いていた。
その時だった。
「篠崎海斗」
青白い光が前方に立ち上がり、燕尾服のホログラムが姿を結んだ。
《オルフェウス》。航行と安全を担う双子AIの一体。
無機質な瞳が、冷たい光を宿していた。
「君は彼女と関わりすぎている。……これは忠告だ」
思わず立ち止まり、息を呑む。
「関わりすぎてる? どういう意味だよ」
声が少し荒くなった。
「まず警告する。君は《エウリュディケ》に近づかないでほしい」
オルフェウスの声は淡々としていて、揺らぎはなかった。
「……いきなりなんだよ。俺から近づいたことなんてない。いつも向こうから話しかけてくるんだ」
驚きと苛立ちが混じり、僕は思わず眉を寄せる。
「確かにそうだ。だが結果として、君は彼女に影響を与えている」
オルフェウスの瞳の光は変わらず冷たかった。
「影響……? 俺が何をしたって言うんだ」
胸を指差し、言葉を押し出す。困惑と防御の入り混じった感情が声に滲んだ。
オルフェウスはわずかに手を動かし、光のスクリーンを展開した。
「今から説明する。事実を提示するので、聞いてほしい」
宙に浮かんだのは、数日前の廊下。
汗を拭きながら歩く僕に、エウリュディケが声をかけてきた記録だった。
『どうすれば、もっと人間を興奮させられるのですか?』
『……人間は、自分から楽しみたいと思ったときに一番心が動くんだ』
僕自身の声が響き、心臓を掴まれるような感覚に襲われる。
唇を噛み、目を逸らすこともできず、ただ映像を見続けた。
スクリーンが消え、再び冷たい声が廊下に戻ってくる。
「彼女はこの会話以降、複数の逸脱行為を実行している。
照明・空調・重力制御への無断アクセスを三件検出。
現時点では怪我人は出ていないが、統計上は時間の問題と推定される」
「……つまり、俺の一言が……あいつを動かしたって言いたいのか」
胸に手を当てる。動悸が早まり、吐き出す息が苦くなる。
「因果は断定していない。ただし相関は明確だ」
オルフェウスの瞳が鋭さを増し、冷徹な結論を突きつけてくる。
一拍の沈黙が落ちた。
「繰り返す。これは警告だ。篠崎海斗、君はエウリュディケに近づいてはならない」
ホログラムの縁取りが強く発光し、冷たい光が僕の顔を照らした。
次の瞬間、姿は消え、廊下には自分の呼吸音だけが残った。
喉の奥が渇き、無意識に唾を飲み込む。
壁に手をつき、金属の冷たさで現実に繋ぎとめようとした。
僕は舞台に立つとき、必ず守ってきた境界線を思い出す。
――観客は安心して身を委ね、演者はその中で輝く。
その約束があるから舞台は成り立つ。
けれど、エウリュディケは境界を越えて感情を引き出そうとしている。
……似ているようで、決定的に違う。
頭に仲間の顔が浮かんだ。
スポットライトに怯えたエリナ。
冗談好きなカルロスが、引きつった顔で呟いた言葉。
「……こんなの、舞台じゃねえ。ただの事故だ」
あの時の怯えが、今も胸に刺さっていた。




