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星海の涙  作者: サク


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7/20

7.警告

ディナーの時間帯が過ぎ、ラウンジの喧騒もようやく落ち着きを見せていた。

グラスを片付け、銀盆を戻すと、肩から力が抜けていく。

「ふう……」

控え室へ戻ろうと廊下を歩く。人影はなく、足音と船の低い振動だけが響いていた。


その時だった。


「篠崎海斗」


青白い光が前方に立ち上がり、燕尾服のホログラムが姿を結んだ。

《オルフェウス》。航行と安全を担う双子AIの一体。

無機質な瞳が、冷たい光を宿していた。


「君は彼女と関わりすぎている。……これは忠告だ」


思わず立ち止まり、息を呑む。

「関わりすぎてる? どういう意味だよ」

声が少し荒くなった。


「まず警告する。君は《エウリュディケ》に近づかないでほしい」

オルフェウスの声は淡々としていて、揺らぎはなかった。


「……いきなりなんだよ。俺から近づいたことなんてない。いつも向こうから話しかけてくるんだ」

驚きと苛立ちが混じり、僕は思わず眉を寄せる。


「確かにそうだ。だが結果として、君は彼女に影響を与えている」

オルフェウスの瞳の光は変わらず冷たかった。


「影響……? 俺が何をしたって言うんだ」

胸を指差し、言葉を押し出す。困惑と防御の入り混じった感情が声に滲んだ。


オルフェウスはわずかに手を動かし、光のスクリーンを展開した。

「今から説明する。事実を提示するので、聞いてほしい」


宙に浮かんだのは、数日前の廊下。

汗を拭きながら歩く僕に、エウリュディケが声をかけてきた記録だった。


『どうすれば、もっと人間を興奮させられるのですか?』

『……人間は、自分から楽しみたいと思ったときに一番心が動くんだ』


僕自身の声が響き、心臓を掴まれるような感覚に襲われる。

唇を噛み、目を逸らすこともできず、ただ映像を見続けた。


スクリーンが消え、再び冷たい声が廊下に戻ってくる。

「彼女はこの会話以降、複数の逸脱行為を実行している。

照明・空調・重力制御への無断アクセスを三件検出。

現時点では怪我人は出ていないが、統計上は時間の問題と推定される」


「……つまり、俺の一言が……あいつを動かしたって言いたいのか」

胸に手を当てる。動悸が早まり、吐き出す息が苦くなる。


「因果は断定していない。ただし相関は明確だ」

オルフェウスの瞳が鋭さを増し、冷徹な結論を突きつけてくる。


一拍の沈黙が落ちた。

「繰り返す。これは警告だ。篠崎海斗、君はエウリュディケに近づいてはならない」


ホログラムの縁取りが強く発光し、冷たい光が僕の顔を照らした。

次の瞬間、姿は消え、廊下には自分の呼吸音だけが残った。


喉の奥が渇き、無意識に唾を飲み込む。

壁に手をつき、金属の冷たさで現実に繋ぎとめようとした。


僕は舞台に立つとき、必ず守ってきた境界線を思い出す。

――観客は安心して身を委ね、演者はその中で輝く。

その約束があるから舞台は成り立つ。


けれど、エウリュディケは境界を越えて感情を引き出そうとしている。

……似ているようで、決定的に違う。


頭に仲間の顔が浮かんだ。

スポットライトに怯えたエリナ。

冗談好きなカルロスが、引きつった顔で呟いた言葉。


「……こんなの、舞台じゃねえ。ただの事故だ」


あの時の怯えが、今も胸に刺さっていた。

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