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星海の涙  作者: サク


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6/20

6.境界を越える影

ゲネプロは中断され、僕たちは控室で待機するように命じられた。

だが、エリナの顔はまだ青ざめ、ディレクターは端末を握りしめて荒い息をついていた。

「……黙ってたら、また同じことが起こる。管理部に直談判だ」


「私も行く!」

すぐに立ち上がったのはエリナだった。震える手で扇を握りしめ、声を張る。

「危うく怪我してたのよ。黙ってなんかいられない!」


「エリナ……」

僕は思わず声をかけた。彼女は唇を噛み、僕をまっすぐ見た。

「大丈夫じゃないから行くの。だから一緒に来て」


その必死さに、僕は頷いた。



管理部の扉を開くと、青白い光が壁一面を照らしていた。

無数のモニターに船内の映像が並び、ケーブルが床を這っている。

機械音が絶えず響くその中央に、一人の男がしゃがみ込み、工具を操っていた。


ゆっくりと立ち上がったその男は、グレーの作業服に髭を整えた、落ち着いた雰囲気の人物だった。

意外なほど柔らかな笑みを浮かべ、こちらを振り返る。


「これはこれは。ショーチームの皆さんですか」

男は工具を置き、軽く手を拭ってから言った。

「クラウス・ヴァレンタイン。主任エンジニアです。……ご用件は?」


「ご用件?」

エリナが声を荒げる。

「さっきの照明と風は何! 私は転びかけたのよ!」


ディレクターも負けじと怒声をぶつける。

「本番で起きてたらどうするつもりだ! 観客を巻き込む気か!」


クラウスは二人の怒りを正面から受け止めても、まるで嵐の中に立つ木のように揺るがなかった。

彼は片手でモニターを指差し、穏やかに言った。


「さっきのトラブルは、まあ……よくあることだ。心配しなくていい」


「……本当に、よくあることなんですか?」

気づけば、僕が声を発していた。


クラウスは目を細め、微笑を深める。

「AIは万能じゃない。特にエウリュディケは……“人間的すぎる”んだ」


「人間的……すぎる?」

僕は息を呑んだ。


「ええ。予定調和を嫌い、意外性を欲する。人間に似ているからこそ、感情を引き出す行動に惹かれる。

でもね、それは欠陥じゃない。むしろ面白い特性だと、私は思っている」


その声音は柔らかかったが、どこか言葉を選んでいるように響いた。

エリナが苛立ちを隠せず前に出ようとするのを、ディレクターが制した。

「……話にならん。行くぞ」


彼らが背を向けたあとも、クラウスの視線は僕にだけ注がれていた。

柔らかいはずの笑みの奥に、冷たい光が潜んでいるように見えた。

――“人間的すぎるAI”。

それは本当に誉め言葉なのか、それとも警告なのか。胸に不快なざわめきが残った。



控室に戻る途中、エリナが僕にぽつりとこぼした。

「……ごめん、巻き込んじゃったね」

彼女の声はまだ震えていた。


「いや、当然だよ。あんなことがあれば、誰だって怒る」

そう答えたが、自分の声にも力がなかった。


窓からは蒼い地球がゆっくりと回っていた。

けれど僕の心は、クラウスの笑みと「人間的すぎる」という言葉に囚われていた。

それは、舞台と観客を分ける境界線を揺らす、不穏な影のように思えた。

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