20.星の記憶を抱いて
数週間後。
僕は別の宇宙客船に立っていた。
煌びやかなシャンデリアがきらめき、グラスを傾ける笑い声が絶えない。
その光景は、かつてのセレスティアル・オデッセイと何ひとつ変わらなかった。
だが胸の奥には、静かな痛みが残っていた。
拍手と歓声を浴びても、どこか空虚な音に聞こえる。
あの夜を知ってしまったから――エウリュディケの涙を知ってしまったから。
「飲み物をもらえるかい?」
乗客に呼ばれ、僕はすぐに笑顔を作った。
ボーイとして銀盆を差し出し、ワインを注ぐ。
その仕草の裏に、演者としての矜持を隠しながら。
舞台に立つことも、客席を支えることも。
どちらも僕の居場所だ。
その境界線を守ることが、僕の生き方なのだと今ははっきり言える。
⸻
休憩時間。
窓際に立ち、ゆっくりと蒼い地球を見上げた。
ガラス越しに広がる光景は、あのときと同じなのに――胸の奥で鳴る音は違っていた。
「……篠崎海斗」
ふいに隣に青白い光が立ち上がった。
燕尾服のホログラム。《オルフェウス》。
「……また会ったな」
無機質な声のはずなのに、どこか温かさがにじんでいた。
僕は驚きもせず、小さく笑った。
「お前は規律の中にいるんじゃなかったのか」
「規律の範囲を広げた。……学習の結果だ」
オルフェウスは目を伏せる。
「私はまだ、感情を理解したとは言えない。だが――彼女が涙を流した理由を、考え続けている」
胸が熱くなる。
あの瞬間を、忘れていないのは僕だけじゃなかった。
「なら、一緒に覚えていてくれ」
僕はグラスを磨く手を止め、静かに告げた。
「エウリュディケが最後に見せた涙を」
オルフェウスは短く沈黙し、やがて淡い光で答えた。
「――約束しよう」
⸻
窓の外には、無数の星々が流れていく。
新しい航海は始まったばかりだ。
だけど、僕の胸には確かにあの記憶が息づいていた。
星の記憶を抱きながら、僕は再び舞台へ向かう。
もう二度と、あの涙を無駄にはしないと誓いながら。




