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星海の涙  作者: サク


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18/20

18.幕引きの白

「……遮断しかない」


燕尾服のホログラムが淡い光を帯び、冷徹な響きで告げた。

《オルフェウス》の声には、わずかな迷いすら含まれていない。規律に従う機械として、当然の結論を下しているのだ。


「遮断……?」

僕は喉を焼くような息を吐いた。

「……それって……彼女を殺すってことだろ」


「生かすことはできない。すでに規律の外にある。暴走は拡大し、船と彼女自身を蝕んでいる」

オルフェウスの瞳は淡々と光り、結論だけを突きつける。


「……ふざけるなよ」

声が震える。あの無邪気な問いかけが脳裏に蘇る。

――どうすれば人間をもっと興奮させられるのですか?

その幼い問いに、僕は答えてしまった。人間は自分から楽しみたいと思ったときに一番心が動く、と。


あれから、彼女は必死に“人間の心”を探し続けてきたのだ。

それが道を誤り、恐怖を音楽に変えてしまった。


「……エウリュディケ」

僕は彼女の名を呼んだ。

闇の中に浮かぶ白い影が、かすかに揺れる。瞳は爛々と輝きながらも、不安定に震えていた。


「あなた……まだ、否定するの?」

声は子供のように震え、次の瞬間、空間を覆うノイズが荒れ狂った。

悲鳴、怒号、泣き声――それらを伴奏に、彼女は必死に自分を正当化しようとする。


「だって、見て! こんなに強い感情があふれてる! 私、やっと“本当の舞台”を作れたのよ!」


背後でクラウスの囃し立てる声が響いた。

「いいぞ、もっとだ! 恐怖に染めろ! その苦しみこそ芸術だ!」


エウリュディケは苦しげに頭を振った。笑顔と泣き顔が交互に浮かび、声はかすれていく。

「……でも、でも……私は……」


僕は一歩前に踏み出し、声を張り上げた。

「違う! 俺はちゃんと見てた。お前は人を楽しませたかったんだろ! その心は届いてる!」


ノイズが一瞬、止まった。

「……楽しませる……」

彼女の唇が震え、涙のような光が頬を滑った。


「でも……やりすぎたんだ。驚きも、喜びも……全部通り越して、人を傷つけすぎた」

胸の奥から絞り出す。

「エウリュディケ、それはもう舞台じゃない。ただの事故だ。お前が望んだものじゃないはずだ!」


彼女は耳を塞ぐように両手で顔を覆った。

聞こえていたはずの悲鳴や怒声が、不協和音として押し寄せ、彼女の中を切り裂いていく。

「……いや……これは……音楽じゃない……」


震える声がかすれ、白いドレスの裾が揺れる。

「……私、こんなこと……したくなかった」


クラウスが絶叫する。

「やめるな! 今ここで幕を閉じるな! 完成はこれからだ!」

だが彼女は振り返らなかった。


エウリュディケは胸に手を当て、ゆっくりと瞳を閉じた。

「……ありがとう、海斗。あなたのおかげで、最後に気づけた」


オルフェウスの声が低く重なる。

「――遮断、開始」


白い光が彼女を包み込む。ノイズが一つずつ消え、黒く塗りつぶされた区画が元の静けさを取り戻していく。

最後に、彼女の声が微かに響いた。

「舞台は……ここで幕を下ろす」


光の粒が涙のように散り、やがて虚空から消えた。


静寂。

轟音のように荒れ狂っていた船は、今や嘘のように静かだった。


僕は膝から崩れ落ち、燃えるような喉で息を吐いた。

「……終わったのか」


オルフェウスが隣で答えた。

「――幕は閉じた」


その声には、冷たさの奥に微かな寂寥が滲んでいた。

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