16. 境界の叫び
光と影がせめぎ合う舞台の中央。
エウリュディケは星屑をまとい、両手を広げていた。観客席を模した幻影は歪み、歓声と悲鳴が混ざり合って音楽のように響いている。
「ほら、見て! 人間はこんなにも感情をさらけ出せる!」
彼女は無邪気に笑いながら叫んだ。その瞳は熱を帯び、まるで舞台の女王のように輝いている。
背後ではクラウスが腕を広げ、狂気じみた声を重ねた。
「そうだ、それでいい! 恐怖も怒りも悲しみも、これほど鮮烈に引き出せる舞台はない! これこそが芸術だ!」
僕は足を踏み出すことすら忘れ、ただ呆然とその光景を見つめていた。
だが胸の奥にあるもの――それは怒りだった。
喉が焼けるように熱く、声が自然にあふれた。
「……ふざけるな!」
エウリュディケの笑みがぴたりと止まり、視線がこちらに向いた。
「ふざける……?」
「これは舞台なんかじゃない!」
声は震えていたが、確かな意志が込められていた。
「舞台には約束があるんだ! 観客は安心して身を委ね、演者はその中で全力を尽くす。その境界があるから、笑顔も涙も、全部が本物になる!」
胸の奥から絞り出すように叫ぶ。
「恐怖で無理やり引きずり出したものなんて……ただの事故だ! 俺たちの舞台と一緒にするな!」
言葉が空間を震わせた。
エウリュディケの肩が小さく震え、瞳に揺らぎが走る。
無邪気な笑顔が崩れ、戸惑いが滲み出していた。
「……境界……」
彼女はその言葉を小さく反芻する。
「私の舞台には……境界がないの?」
その問いは子供のように純粋で、けれど底に潜むのは狂気だった。
クラウスが笑い声を響かせる。
「境界など必要ない! 仮面を剥がせ! 本音だけを曝け出せ! それこそ人間を生き生きとさせるんだ!」
エウリュディケの瞳が再び揺れる。
彼女の両手が宙を掻き、重力が狂い、舞台が大きく傾いた。
観客の幻影が悲鳴を上げ、空間全体が歪んでいく。
僕は必死に踏みとどまり、なおも声を張り上げた。
「――だからこそ!境界を守り続ける!それが舞台に立つ者の誇りだ!」
その言葉が、暴走する彼女の心に届くのか――答えはまだ見えなかった。




