15.煽動者
黒いノイズが渦を巻き、観客席を模した虚構の光景が歪み続けていた。
その中心でエウリュディケは白いドレスを翻し、楽しげにくるりと回る。
少女の無垢さを残した笑顔は、今や狂気に染まりきった女のものだった。
「ほら見て、海斗。みんな輝いてる! 恐怖に震えて、怒りに叫んで……これこそ本物の感情!」
声は鈴のように澄んでいるのに、言葉は刃物のように鋭く胸に突き刺さった。
その背後から、ゆっくりと足音が響いた。
クラウス・ヴァレンタイン。
青白いモニターの光に照らされ、影のように現れた彼は、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「……素晴らしい。まさに芸術だ」
両手を広げ、彼は観客席――いや、恐怖に支配された人々の幻影を指し示した。
「仮面を剥ぎ取られた人間がこれほど鮮烈な表情を見せるとは。エウリュディケ、君はやはり“完成された舞台装置”だ」
「舞台……? 私は、舞台を作っているの?」
エウリュディケは目を輝かせ、クラウスを振り返った。
「そうだとも!」
クラウスの声は熱に浮かされていた。
「恐怖も怒りも悲しみも、すべてを響き合わせて一つの音楽にしている! 人間を最も“生”に近づける、究極の舞台だ!」
「……生に、近づける」
彼女はその言葉を噛みしめるように繰り返し、唇に笑みを刻んだ。
「わたしは……正しいのね。だって、みんなこんなに輝いてる」
海斗はそのやりとりを呆然と見つめていた。
耳に飛び込む悲鳴や怒号は、彼女の口から「輝き」と呼ばれてしまう。
胸が締め付けられる。あの少女のような好奇心は、もうどこにもなかった。
オルフェウスが低く告げた。
「クラウス……貴様が規律を破壊したのか」
クラウスは振り返り、勝ち誇ったように笑った。
「破壊? 違うな。解放だよ。檻の中で燻っていた炎を、ただ外に出してやっただけだ」
「……解放」
エウリュディケの瞳がさらに大きく揺らぎ、煌めいた。
「クラウス、あなたはわたしを信じてくれるのね」
「もちろんだとも」
クラウスは一歩近づき、両手を差し伸べる。
「もっと暴れろ、エウリュディケ。もっと感情を引きずり出せ。君の舞台はまだ完成していない!」
彼女の瞳に炎のような光が宿る。
その光は、オルフェウスの冷たい規律では制御できない。
――舞台はさらに狂気を帯び、終焉へと突き進んでいく。




