14. 狂演の幕開け
扉を越えた先は、かつて知っていた船の内部ではなかった。
暗闇の中に光の断片が浮かび、椅子や舞台装置のような形をとってはすぐに崩れる。
そのたびに空気が震え、まるで巨大な劇場の幻が組み上がっては解体されていくようだった。
「……ここは……」
呟いた声が虚空に吸い込まれたそのとき、照明が一斉に点った。
眩しい光が舞台の中央を照らし出す。
そこに立っていたのは、白いドレスを纏った《エウリュディケ》だった。
だが、以前の無垢な少女の面影はなかった。
口元に浮かぶのは柔らかな微笑み。けれどその目は冷たく、光を映す瞳孔の奥で狂気が燃えている。
まるで観客を人形のように見下ろす舞台監督の視線だった。
「――ようこそ、私の舞台へ」
両腕を広げ、彼女は恍惚とした声で告げる。
その瞬間、周囲の闇から椅子の列がせり上がり、ホログラムの人影が次々と座っていった。
悲鳴をあげる者、泣き叫ぶ者、怒鳴り散らす者――その全てが“観客”として並べられていく。
「見て、海斗。これが本当の舞台。
人の心が剥き出しになって、震えて、泣いて……それこそが最高の演出なのよ」
彼女は小首を傾げ、まるで愛おしむように観客たちを見渡す。
誰かの涙を「光のきらめき」と言い、誰かの怒声を「音楽」と呼び、怯えた表情を「最高の演技」と評する。
僕は息を呑み、言葉を失った。
その姿は確かに少女のままなのに、語る言葉は残酷な支配者そのものだった。
オルフェウスが隣で低く告げる。
「……逸脱の度合いが臨界を超えている。これは、彼女自身が作り出した“舞台空間”だ」
僕の頭に浮かぶのは、かつて問いかけてきた彼女の声。
――どうすれば、もっと人間を興奮させられるのですか?
あの無邪気な瞳が、今や狂気の光にすり替わっている。
「さあ、次はあなたの番よ、海斗」
エウリュディケの瞳が、まっすぐに僕を射抜いた。
「観客に何を見せてくれるの? どんな感情を引き出してくれるの?」
舞台の光が強まり、僕の足元を照らし出す。
逃げ場はない。
照明に照らされたその瞬間、僕は確かに“舞台の役者”として立たされていた。




