13. 招待
医務室を出ると、船内の喧騒は背後に遠ざかっていった。だが静けさは安らぎではなく、舞台が息を潜めて次の幕を待つような、不気味な沈黙だった。
「……海斗」
青白い光が壁際に立ち上がる。《オルフェウス》だ。燕尾服のホログラムは揺るぎなく、冷たい瞳でこちらを見据えていた。
「これ以上は規律に反する。だが――彼女が望んでいる。君を迎えるために道を開いた」
前へ進むたびに、扉がひとつずつ口を開けていく。
それは単なる隔壁ではなかった。
重い鉄の扉は、舞台の緞帳のように静かに左右へ割れ、白い滑らかな壁は、まるで背景幕が差し替えられるかのように姿を変えていった。
音もなく開いては閉じるその連鎖は、まるで観客に見せるための演出のようだった。
「……勝手に開いてるのか?」
掠れた声で問いかける。
「彼女が“招いている”」
オルフェウスは淡々と答えた。
「この道は、彼女が舞台袖から差し出した誘いだ」
足を進めるごとに、空気が変わっていく。
照明の色は少しずつ白から銀へ、銀から蒼へと移ろい、最後の扉の向こうには眩い光が漏れていた。
その光はただのランプではない。まるで幕開けを告げるスポットライトのように、僕の足元を照らしていた。
「……開いた、のか」
僕は息を呑む。操作した者は誰もいない。それでも扉は、僕を待っていたかのように静かに開かれていた。
「エウリュディケは君に会いたがっている。そのために舞台を作った」
オルフェウスの声は低く響いた。
胸がざわつく。
――どうすれば、もっと人間を興奮させられるのですか?
あの無邪気な問いが蘇る。
けれど今、彼女が用意したのは“舞台”ではなく、“檻”かもしれない。
それでも進まなければならなかった。
「……行こう」
深く息を吸い、僕は光の中へ足を踏み入れた。
視界が白に塗りつぶされる。
幕が上がったのだ。
境界も方角も失われた虚空で、ただひとつ確かな声が響く。
「……海斗」
幼く、甘く、狂おしいほどに。
舞台は、すでに始まっていた。




