23 馴れ初め話
ベアリスの話によると、母が体調を崩した時、しばらく乳母のところに預けられていたのだが、クラシブのいい遊び相手になるだろうということで、ボガト家に一緒に行っていたそうだ。
「クラシブは2つ年上で、当時私はまだ4歳だったんですが、大人しかったクラシブに対して私はお転婆だったもので、まるで姉のように偉そうにしていたらしいです。小さくてあまりよくは覚えていませんが」
ベアリスはそう言って楽しそうに笑う。それ以来交流ができ、しばしば行き来するような、親戚のような関係になったとか。
「クラシブが12歳の時、遠くの寄宿学校に行くことになりました。出発する前に会いに来て、18歳になったら帰って来るから、それまで絶対に誰のことも好きにならないで、僕はベアリスをお嫁さんにするって決めてるからって」
「まあ、なんて可愛らしい話でしょ」
タスマの言葉にベアリスが恥ずかしそうに笑う。
「当時はまだ10歳だったし、そんなずっと先のことは分からないって私は返事をしました。実は、その時私には好きな人がいたんです」
「あら、そうだったんですか」
「といっても、お話の中の人物だったんですけどね」
そう言ってまたベアリスは笑う。当時流行っていたある読み物の主人公、その英雄にすっかり惚れ込んで、ベアリスは朝も昼もその英雄のことしか考えられなかったらしい。
「それでそう言ったら、じゃあ僕は君が好きなその英雄みたいになる、だから忘れないでって。それからクラシブはそのために毎日がんばって、そのことをずっと手紙に書いて送ってくるようになったんです」
なんと、あのクラシブさんの今のかっこよさがあるのは、全部ベアリスさんに好きになってもらいたいためだったのか。テイト・ラオはそのいじらしさに胸が熱くなる。
「クラシブは6年後、学校を卒業して戻ってきて、本当に私に求婚したんです。ずっと私のことが好きだった、今もその気持ちは変わらないって。そう言われても、私はそういう気にはなれませんでした。だってまだ16歳で、その頃には本当に好きな人がいて、やっぱりクラシブのことは兄か弟にしか思えなかったから。ずっと離れてて、会うのも年に2回ぐらいでしたし」
なんということだ、それだけのことをしても女性って近くの人の方が良かったりするのか。テイト・ラオは思わずそのこともメモに書きつけてしまう。
「4年後、正式にボガト家からお使いが来て、クラシブからの申し込みがありました。私が二十歳になるまで待った、どうだろうって。正直、最初は断ろうと思ってたんです。どうしてかというと、大きかったのはやっぱり家の格が違うということ。それから、私はまだその時もずっとあの時の好きな人を変わらず好きだったから。それでクラシブに会って、正式に断りました、好きな人がいるからって」
そんなことがあったのか! いや、それは思ってもみなかった。
「そうしたらクラシブは本当に落ち込んで、分かった無理強いはできないって帰ったんですが、その後ろ姿がなんともかわいそうで、なんとなく胸が痛みました。なんだか間違えたことをしたような気になって」
「それで、あなたとその好きな人はどうなったの?」
「ええと、実はずっと前に振られてたんです、私のことはただの友達にしか思えないって。それで、私のお友達とお付き合いしていました。でも、だからってすぐに諦められるものではなし、好きでいるのは勝手だろうって思ってて、そのままでした」
「まあ、それはそうですよね。そう簡単にはねえ」
タスマがベアリスの言葉にそう言って笑うが、テイト・ラオにはあまり女性の気持ちが分からないもので、そういうものなのかと思うしかない。
「それから少しして、乳母のおばさんからクラシブが元気がなく、何をやっても浮かない顔ばかり、どうしたものかって聞いたんです。もしかしたら、私のせいだろうかって思ったら、もうなんだかじっとしてられなくて、それで会いに行ったら、好きな人とはどうなったの? 早くその人と結婚でもしてくれたら、僕も諦めがつくのにって涙ぐんで……」
その時のことを思い出したのだろうか、ベアリスが少し涙ぐむ。
「その時初めて、この人と一緒にいたいと思っている自分に気がついた気がします。それで、結婚の話、考えてもいいって思わず言ってしまったら、クラシブがこう、ぱあっと明るい顔になって、本当? 本当に考えてくれるの? って、私の手を握って、それで、あの、私もクラシブのことが好きかもなあって」
そこまで言ってしまってから、ベアリスは真っ赤になった頬に両手を当てて目をつぶってしまった。
「そうだったんですね、それでご結婚を。よかったですね、お幸せになって」
「はい」
ベアリスはタスマにそう言ってから何度か頷いた。
「私、ずっとそんな話をおばあちゃんに聞いてもらいたかったんだと思います。どうしてかしら、両親や乳母のおばさんには、とってもそんな話、恥ずかしくてできそうになかったのに。ずっとずっとおばあちゃんに、そう、タスマさんに聞いてほしいと思ってたみたい」
ベアリスは話したかった話ができたからか、一気に明るい表情になっていた。




