11 幼馴染
テイト・ラオの質問にクラシブは困ったような顔になる。もしかしたらキュウリルがテイト・ラオの師匠だと知って気を遣っているのだろうか。
「あの、診断に必要になるかも知れませんので、できれば話していただけると助かります」
「あ、すみません。ただ、なんというか大した理由ではないもので。実は、魔女タスマさんがベアリス、妻の亡くなったおばあさんに似ているというだけの理由なんです」
「そうなんですか」
師匠はどうも関係ないようだ。
「あの、実は、ベアリスの祖母は私の伯母なのです」
「あ、乳母さんのご親戚でということですか。えっと、伯母さんのお孫さんということは、どういう関係になるんでしたっけ」
「伯母の娘、つまり私のいとこの娘で『いとこ半』と言えばいいですかね」
「はあ……」
聞いてはみたもののあまりよく分からない。まあ親戚でいいか。
「そのご親戚のベアリスさんがクラシブさんの奥様ということですね」
「ええ、そうです」
なんでもベアリスの母、乳母のいとこがベアリスの妹を出産した後で体調を崩し、しばらく預かっていた次期があるのだそうだ。
「なので、その時以来の幼馴染なんです」
「ふむふむ」
思わぬことでクラシブ夫妻の馴れ初めを知ってしまった。
名家ボガト家の御曹司ということで、まだ幼い頃から縁談はひっきりなしに持ち込まれていたのだが、クラシブは気の良い幼馴染で乳母の孫同然のベアリスを好ましく思い、年頃になるとぜひともベアリスを妻にとの想いを両親に打ち明けた。
最初は家柄の違いに難色を示していた両親だったが、二人共ベアリスの人となりはよく知っているし、何より息子の強い想いに結婚を許すことにしたのだ。
「幸せでした。ベアリスは気立てがいいだけではなく、いつも自信がない私のことを励まし続けてくれた心強い味方でもあるんです」
「え、そうなんですか!」
テイト・ラオは話を聞いて驚く。だってそうだろう、こんな何も欠けるところがないような完璧な人が、自信がないなんてそんなこと、とても信じられない。
クラシブはテイト・ラオの顔を見て、考えていることが分かるように苦笑し、こう続けた。
「今でこそ私はまるで他に並ぶ者がない人のように言われますが、本当は全然そんなことはないんです。私が自分に自信が持てるようになったのは、それこそベアリスのおかげなんです」
クラシブは大商会の長男として生まれ、それこそ風にも当てぬように大事に育てられた。だが、そのために人見知りで恥ずかしがり、しかも体も弱くよく熱を出す子どもになってしまった。
「私も精一杯お育てしたつもりだったのですが、大事に大事にと思うあまり、坊ちゃまをかえって囲い込むようなことをしていたようです」
乳母も当時を思い出してため息をつく。
それが、ベアリスが乳母の元に預けられ、一緒に遊ぶようになってからみるみる明るく、元気な子どもになっていった。
「ベアリスはいつも私を励まし、明るく接してくれたんです。年下ですがまるで姉のように私を守り続けてくれました」
宝物と言えば聞こえはいいが、ある部分腫れ物に触るように扱われていたため、誰もが間に何か一枚紙か布を挟んだようによそよそしくしか接してくれなかった。その薄い壁を取っ払い、素のままでクラシブに接してくれた存在、それがベアリスだったそうだ。
「ですから、ベアリスは私にとって他に代えることのできない大事な存在なんです」
「ふむふむ」
テイト・ラオはクラシブから聞いたことを丁寧に書き取っていく。内容に反して文字は他の人には読めないぐらいにのたうってはいるが、本人に読めればそれでいい。
「それが、結婚をされてしばらくして様子がおかしくなったと。そのために魔女タスマのところに足繁く通うようになり、今では魔女タスマなしではいられないという状態に、ということなんですね」
「はい、そうです」
「その様子がおかしくなった原因に何か心当たりはありますか」
「はい、最近になってやっと話してくれたんですが、自分は恨まれてその人たちに呪いをかけられていると」
「その人たち?」
テイト・ラオが書く手を止める。
「特定の誰かではなく複数なんですか?」
「ベアリスが言うにはですが」
「ふむふむ」
記録再開。
「それで、その恨まれるような覚えが奥様にはあったと」
「はい、この間やっと私が聞き出したんです」
乳母がクラシブに替わって話し始めた。
「ベアリスが言いますには、その、坊っちゃんがあまりに素晴らしい人なので、結婚をした自分に恨みの目を向ける人たちが自分を呪っている、そういうことでした」
「あ~」
なんとなく分かった。なるほど、それならありそうだ。今までにもそういう症例はあった。たくさんの人に愛されている誰かに特定の存在ができると、選ばれなかった人の中には暗い目を向けてしまう人もいる。それが意識的でも無意識的でも。そしてそれを跳ね返すだけの強さがなければ、その人に不調が出てきてしまうのだ。
「それで以前からマツカで見かけていた魔女タスマに相談に行った、それが始まりということでいいですね」
「はい、そうだと言っていました」
乳母がこくりと頷いて認める。




