表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

 1 呪いの診察

「あ~、これは呪われてますね」

「やっぱりそうですか……」


 ここは「呪医(じゅい)テイト・ラオ診療院」の診察室。今日の最初の患者は17歳の少女だった。


 「呪医」とは人の肉体に起こる諸々(もろもろ)の不具合が医療的原因からであるか、それともこの世のものならぬ「何か」の要素が原因であるかを見極め、その症状に合った治療、処方を行う医師のことだ。同じ症状でもそれを引き起こす原因を見極めないと、いくら力を尽くしても症状が軽くなることはない。


「このところ寝ると金縛りにあうんです。それに続けて怖い夢も見ます」


 少女はそう訴えてここに来た。


「どんな夢でした?」


 少女の訴えを男はさらさらと紙に書きつける。


「昨夜はなんだか分からない動物がぐるぐると周囲を走り回る夢です。その前の夜は人形のような女がじっとこちらを見ていました」

「ふむふむ」


 男は少女の言葉を一文字も逃すまいとするように書いていく。汚い字だ、他人が見ても何を書いているのかすぐには判別できないだろう。


「で、他には何かありますか?」

「いえ、今のところ思い浮かぶのはこのぐらいです」

「ふむふむ」


 男は今まで聞いた話を総合してこう結論を出した。


「多分、恋敵(こいがたき)に恨まれてますね。心当たりはありますか?」

「恋敵、ですか?」

「そう、恋敵」


 少女は困ったように首を傾げる。


「いえ、心当たりはありません」

「えっと、こんなこと聞くと失礼かも知れませんが、まあ呪いと関係があると思って許してもらいたい。あなたの交際相手には何か心当たりはないですかね? というか、そもそもお付き合いしてる方は?」

「あの、それは、あります……」

 

 少女は男の言葉に恥ずかしそうに俯いてしまった。


「えっと、あるというのはお付き合いしてる方が? それとも心当たり?」

「あ、あの、お付き合いしてる方です」

「ふむふむ」


 男はさらに書き足す。


「まあ生霊(いきりょう)でしょうね」

「生霊!」

「とりあえず(まも)(ふだ)と呪いよけのハーブ、それから精神安定のハーブティーをを7日分ずつ出しておきます。守り札は症状がなくなるまで身に付けておいてください。ハーブは毎晩寝る前に部屋の中で燃してね。火の始末には気をつけること。お茶は寝る半時間ほど前に飲んでください、落ち着いてよく寝られると思いますよ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

「もしも7日やってもあまり効果がなかったらまた来てください」

「あの、効き目がないこともあるんですか!」


 少女がビクッとしながら男に聞く。


「あ~、まあねえ、多少やり方が違うってこともありますし、本人の自覚があるかないかも関係します。それから、言いにくいんですが、あなたのお付き合いしてる方、その人とどういう関わりのある相手か、そんなことでも違ってきますしね」

「そ、そうなんですか……」

「場合によってはその男性にも来てもらう必要がある場合もあるんですが、う~ん、まあ、その必要はなさそうに今のところは思えます」

「それは、どういうことでしょう?」

「えっとですね」


 男は一瞬、どう言ったものかと考える風に言葉を切ったが、さっきまで走らせていたペンの尻で頭をカリカリかきながら、


「その男性が浮気してるとか、その女性を(もてあそ)んでいる、そういうことはなさそうかなということです」

「!」

 

 少女の目がまん丸に見開かれた。


「あ、大丈夫! 少なくとも今の見立てではそういうことではなさそうだなと思います。もっとも、僕はその男性に会ったことがないから、そうじゃないかなと思うだけですが」

「とても優しい人なんです!」


 少女が身を乗り出すようにして男性の弁護を始めた。


「だから浮気とか、ましてや女性を弄ぶなんてこと、する人じゃないです!」

「あ、あ、そう?」


 男は困ったなという顔になる。


(こういうケースでは大体がそういうこと言うんだけど、これが結構あることなんだよなあ)


 男はまたカリカリとペンで頭をかいた。


「まあ、僕もそうじゃないかと思いますよ。ですから、きっとあなたのお付き合いしてる方を好きな人がいて、その人の念があなたに来てるんじゃないかと思います。だからとりあえず7日ね」


 そう言ってサラサラと何かを書いた紙を少女に渡す。


「はい、これを隣の処方箋窓口で出してくださいね、お大事に」

「ありがとうございました!」


 少女は書きつけをしっかり抱きしめると、お礼を言って部屋を出ていった。


「今日の1人目は嫉妬の生霊、と……」


 男、この「テイト・ラオ診療院」の院長テイト・ラオは、忘れないうちに今の患者のことで気がついたことを書き足していく。


「えっと、こんなもんかな」


 書いた文字をふむふむと言いながら確かめ、最後に締めくくりの斜線を引く。書き終わったらそれは「一時預け箱」に入れておき、また新しい紙を出す。初診の時の決まった手順だ。再診の患者の時には受付兼処方箋窓口係うけつけけんしょほうせんまどぐちがかりのミユーサが棚から前の診察記録を出しておいてくれる。


「次もまた初診だな。次の方どうぞー」


 そうしてこの日の午前中は5人の患者の診察をした。これは普段の平均的人数だと言えるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ