第96話『お姉ちゃんなら、そう……言うでしょうね』
私は座り込んでいるオリヴィアちゃんの手を取って、彼女の中にある闇の魔力を自分の中に移してゆく。
それはそれなりに苦痛を得る行為だったが、既に私の中にある精霊が暴れている痛みに比べれば大した事はない。
「え? あれ……私の中の」
「はい。オリヴィアちゃんの中にあった闇の魔力は私の中に移しました」
「リリィさんは、苦しくないの?」
「はい。私の中には世界の力がありますから。闇の魔力も拒絶する様な物では無いんですよ」
「そうなんだ」
オリヴィアちゃんは落ち着いた顔で、座ったまま私の方に視線を向ける。
私はそのままオリヴィアちゃんの隣に座って話をする事にした。
「オリヴィアちゃん」
「うん」
「オリヴィアちゃんのお話を聞かせて貰っても、良いですか?」
オリヴィアちゃんは私の事を少しは信頼してくれたのか、私に寄りかかりながら少しずつ話をしてくれる。
「私、うんと小さな頃に変な病気になったの。さっきの、闇の魔力がっていうやつ。手も足も胸も、全部痛くて、苦しくて、起きていても、寝ていても、ずっと、辛かった」
「……」
「だから、そんな私が嫌になって、お父さんとお母さんがいなくなって、それで、私、ずっと一人で居たの」
「うん」
「でも、でもね。苦しくて、苦しくて、どうしようも無かった時に、アメリア様が来てくれたんだ」
オリヴィアちゃんは涙を流しながら、苦しい息を吐き出し、それでも笑う。
本当に嬉しかったのだと、その笑顔でよく分かった。
「私、だからアメリア様の為に何かがしたかったの。それに……リリィさんも」
「私も?」
「うん。だって、痛いのを、取ってくれた」
「そうですか」
私はフッと笑いながら、オリヴィアちゃんの背中を撫でた。
もう痛みは無いだろうけど、それでもかつて痛かった場所であるならそこにあったであろう痛みを取り除きたかったのだ。
「……?」
「どうしました?」
「いえ。むしろ……その、どうしたのかな、と」
「うーん。特に深い意味は無いんですけど。ただ、こうしたいなと思ったんですよ」
オリヴィアちゃんは私の言葉に俯いて少し考えると、素直な何もない表情で空を見上げた。
「リリィさん……ううん、リリィ様も、アメリア様と同じ?」
「同じでは無いと思いますよ。私はお姉ちゃんの妹ですし」
「ううん。同じ。同じだよ。暖かくて、ずっとここに居たくなる」
「そう……ですか」
「だから、ね。私は、リリィ様のお願いも、叶えたい」
「私の願い、ですか」
「うん。あるでしょう? 私には聞こえるよ」
「っ!」
その、オリヴィアちゃんの言葉に私は思わず息を呑んだ。
だって、その言葉は、オリヴィアちゃんに世界と繋がる力がある事の証明だったから。
勿論お姉ちゃんほど強い訳じゃない。
でも、確かにあるのだ。
オリヴィアちゃんの中に。
「……オリヴィアちゃんは、お姉ちゃんと再会した時に、何かしたい事はありますか?」
「なにか、したいこと……」
「はい」
「私……アメリア様と同じものが見て見たい。リリィ様やアメリア様が見ている物と同じものが」
「そうですか」
私はオリヴィアちゃんの言葉に目を閉じて、考える。
おそらくオリヴィアちゃんの願いを叶える事は出来る。
今、私の中に渦巻いている力は、このままいけばある程度の所で安定し、人間でも扱う事が出来る物になるだろう。
そうなれば、オリヴィアちゃんも癒しの魔法が使える様になり、お姉ちゃんと同じ世界を見る事が出来る様になる。
けれど、それで良いのか? という思いも私の中には確かに存在するのだった。
「オリヴィアちゃんは、本当にそれで良いのですか?」
「え? うん、でも、リリィ様は、嫌なの?」
「あまり好ましくは思っていませんね。癒しの魔法……いえ、癒しの力は危険な物ですから」
「きけん」
オリヴィアちゃんは呆然と呟いて、自分の手を見た。
そして、すぐに顔を上げると、小さく頷く。
「私は……いいよ。大丈夫。痛くても、危なくても、大丈夫」
「命を短くするかもしれないんですよ?」
「それでも良いの」
「……!」
「このまま、何もなく生きても、何も無いから。だったら、アメリア様やリリィ様みたいに生きたい。私が長く生きてやりたい事がある訳じゃないから、それなら生きていて良かったって、思える様に生きたい。私だけじゃなくて、アメリア様やリリィ様がそう思って貰える様に。私を助けて良かったって思って貰える様に」
「……オリヴィアちゃん」
「だから、もし。リリィ様が私に力をあげても良いって思ってくれるなら、私は、欲しい」
「……分かりました」
私はオリヴィアちゃんの手を取って、私の中にある力と、オリヴィアちゃんの中にある力を繋げる。
でも、このまま真っすぐに渡す事なんて出来ないから、精霊として変わりつつある私の体で力の大半を処理して、力を使う時だけ、オリヴィアちゃんの体を通す事にした。
これならオリヴィアちゃんへの負担は限りなく少なくなるだろう。
しかし、それでも負担はあるのだ。
「オリヴィアちゃん」
「うん……あ、いや、はい」
「今オリヴィアちゃんの中に力があるのがわかりますか?」
「はい……温かい何かがある。いや、あります。これは……光の力?」
「光の力……ですか」
私は、この……世界が渦巻いている力を光と称したオリヴィアちゃんに、お姉ちゃんと同じ物を見た。
そう。二人にとってこの世界は光に溢れている様に見えるのだ。
「オリヴィアちゃん。一つ約束をしてください」
「約束……ですか?」
「そう。約束です」
私はオリヴィアちゃんの手を取って、そしてその手を両手で包み、笑った。
「オリヴィアちゃんがこの力を使うのは、大人になってからです」
「大人?」
「そう。この世界の事をちゃんと知って、そして自分自身の事もちゃんと理解して、その上で力を使うべきだとオリヴィアちゃんが判断した時だけ使う様にしてください」
「……でも、アメリア様やリリィ様は……どんな人でも、助けていたのですよね?」
「そうかもしれませんが、それでも力を使う負担が違いますから」
「……」
「オリヴィアちゃんが無理をして傷ついてしまうなら、私もお姉ちゃんも悲しいです」
「分かり、ました」
「ありがとうございます」
私はオリヴィアちゃんに微笑んで、一応力を封印しておいた。
オリヴィアちゃんがちゃんと大人になるか、これからここに来るであろうお姉ちゃんがオリヴィアちゃんの前から居なくなるまで癒しの力が使えなくなる様に。
そして、そこまで力を使ってから、私はいよいよ終わりの時が来たと深く息を吐いた。
「リリィ様?」
「ごめんなさい。もう少しオリヴィアちゃんと話をしたかったのですが……終わりの、時が来たみたいです」
「え? 終わりって……っ! リリィ様!」
私は座り続ける事も出来なくなり、仰向けで倒れた。
オリヴィアちゃんを巻き込まない様に上手く私の上に倒れる様にとしたが、上手く出来たか、それは分からない。
「リリィ様! しっかりして! リリィ様!」
「……世界では、泣いている子の為、生きる」
私はオリヴィアちゃんを見ながらその頬に流れる涙を指で拭う。
「お姉ちゃんなら、そう……言うでしょうね」
世界が終わる前に私はお姉ちゃんを想いながら、静かに終わりへと足を踏み出した。




