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第94話『私はここに居るよ!! 来て!!』

結局夜が明けるまで大して眠れなかった私であるが、夜明けと共に私たちはオーガさんという種族が住む場所を目指して進み始めた。


とは言っても、その歩みはゆっくりであるし、私自身もそれほど早く歩く事が出来なかった。


しかし、それでも進み続ければいつかはたどり着くという事で、私たちは一か月ほど掛けてオーガさんたちの住処へとたどり着いた。


「わぁー! ここが、そうなんですか!?」


「えぇ。ここも大分綺麗になりましたね」


「前は違ったの?」


「はい。前は荒野だったんですよ」


「そうなんだ」


私は目の前に広がる一面の花畑に、思わず笑みを溢れさせながらゆっくりと走り出した。


そして花を踏まない様に気を付けながら、一歩、一歩と進んでゆく。


色とりどりの花に囲まれて、良い匂いもしているこの場所は、まるでこの世に残された最後の楽園にも見える。


「リリィ! あんまり一人で離れては危ないですよ!」


「大丈夫!」


私は手を振るお姉ちゃんに手を振り返して、さらに奥へと進むべく足を一歩踏み出した。


しかし足元ばかりを見ていたせいか、私は何かにぶつかり、倒れそうになってしまった。


「っ!」


「……」


そのまま倒れそうになってしまうが、何か大きな手の様な物で体が支えられて、空中で止まっている。


私はぶつかった衝撃で閉じた目を恐る恐る開いて、その人を見た。


大きな、それはそれは大きな人だった。


頭に生えた角は、とても強そうで、ドラゴンさんとは違った威圧感の様な物も感じる。


「……お前、アメリア、か?」


「ふぇ?」


「アメリアは私ですよ。オーガさん」


「っ! アメリアが、ふたり!」


「この子は妹のリリィです。お久しぶりですね。オーガさん」


「あぁ。そうだな」


私はそのままオーガさんが倒れない様にと地面に立たせてくれ、お姉ちゃんと並んでオーガさんを見上げる。


しかし、オーガさんはすぐに私たちの前にしゃがみ込むと視線を合わせて、近くの花を一輪ずつ私たちに渡してくれるのだった。


「約束の花だ。アメリア」


「まぁ! とても綺麗な花ですね」


「あぁ。あれからな、何度か失敗を重ねて、ようやくここまで育った」


「それは、それは……とても素敵ですね」


お姉ちゃんは遠くを見るような目で花畑を見つめると、小さく息を吐いて目を閉じた。


「昔、魔王様に聞いた事があるんです」


「……」


「この世界とは違う別の世界には、死者がたどり着く天国という場所があると」


「……天国」


私はお姉ちゃんの言葉を繰り返して、お姉ちゃんと同じ景色を見た。


大きな湖の傍に咲き乱れる綺麗な花の世界を。


この世の物とは思えない程に綺麗な景色を。


「それは、きっとこんな景色なのかもしれませんね」


「……アメリア。俺たちは、まだ死んでいないぞ」


「えぇ。分かっておりますとも。でも、死した後、そんな素敵な場所へ行くことが出来るというのなら、生きている間にも見てみたいじゃないですか」


「相変わらず、お前の言う事は、よく分からないな」


「ふふ。そうですか?」


お姉ちゃんはオーガさんを見つめながら笑い、オーガさんもまた微かに笑う。


そんな姿に私は怖さを感じて、お姉ちゃんの手を握った。


「ん。どうしました? リリィ」


「ううん。ちょっとだけ、怖くなっちゃった」


「まぁ、ここの景色はとても綺麗ですからね。そう思うのは当然かと」


「違う! 違うよ。お姉ちゃん!」


「……?」


「私はお姉ちゃんが怖いの」


「私ですか?」


「うん」


私は俯きながら小さく言葉を漏らし、お姉ちゃんの手を強く握る。


「お姉ちゃんは、また、空の向こうに還るつもりなの?」


「えぇ。いずれは」


「……」


「リリィ。全ての物は必ず滅びます。それは私も同じです。ここにある花だって、生と死を繰り返してこの世界を」


「そういう事が聞きたいんじゃない!」


「リリィ」


「今、お姉ちゃんの前にはチャンスがあるんだよ。もう一度やり直せるチャンスが」


「……? 何を言っているんですか? 私はもう」


「終わりじゃない。終わりなんかじゃないんだ」


「リリィ。貴女何を言って……」


私はその場所でさっきからずっと聞こえていた声に応えた。


「私はここに居るよ!! 来て!!」


そう叫んだ瞬間、立っている足の向こう側から私の中に力が溢れた。


それは力というのはあまりにも暴力的で、まともに立っている事も出来ない程に、体の中を暴れまわる。


「くっ、うぅ」


「リリィ!! 駄目!! 精霊をすぐに体から離して!!」


「い、やだ」


「リリィ……!」


お姉ちゃんの縋る様な声を切り捨てて、私は自分の体を抱きしめた。


痛みが、この体の中から消えない様にと。


四つの精霊が、私の中で何かに変わろうとしているのを感じながら、閉じ込める様に、強く、強く自分を抱きしめる。


吐きそうだ。


倒れそうだ。


意識を保つ事が出来ない。


でも、消してはいけない。


消えてしまえば、精霊は消えてしまう。


だから、繋ぎ続けないといけない。


この永遠に続くかと思われるような苦しみの中で。


体がバラバラにされてしまう様な痛みの中で。


それでも私はたった一つの希望を掴むために、もがき続けた。




どれだけ時間が経っただろうか。


私は花畑の上に倒れ、暖かい日差しの中で目を覚ました。


目の前には私を心配そうに見下ろしているお姉ちゃんやリアムさん達の目がある。


「リリィ! リリィ!!」


泣きそうなお姉ちゃんの顔に手を当てて、零れ落ちた涙をぬぐった。


精霊は、私の中で今もまだ暴れまわっている。


それが私には酷く嬉しかった。


成功したのだ。


私の体はお姉ちゃんの器として完成した。


「お姉ちゃん……繋がったよ。世界と、私と、お姉ちゃんが」


「え?」


私はお姉ちゃんの中にある力を握りしめ、それを私の中にある力と繋げた。


「これは……」


「おい! アメリア! リリィ! 何が起きてる」


「そんな……」


「アメリアちゃん!」


「リリィの力が、世界と繋がってしまった」


「どういう意味なの?」


「リリィが、人では無くなってしまったという事です」


「え?」


驚き、固まる四人を見据えながら、私は笑う。


良かったと。


この体が間に合って良かったと。


全てをやり直す事が出来るのだと。


「人じゃなくなったってどういう事だよ。姉ちゃん!」


「そのままの意味です。リリィの中にある力はリリィの人であった部分を全て食べつくし、精霊に近い状態へと変えてしまいました」


「……そうなると、どうなるんだ。アメリア」


「いずれ、人であるリリィは消え。新たな精霊として世界に生まれる事となる」


「バカな」


「何でそんな事をしたんだ! リリィ!」


「……ふ、ふふ」


「リリィ……?」


「これで、良いんですよ。これで、お姉ちゃんはまたこの世界で生きていく事が出来る」


「……リリィ」


「私が歪めてしまった、世界を、お姉ちゃんを正しい場所へと戻す事が出来る。私が殺してしまったお姉ちゃんを、再び世界に呼び戻す事が出来る」


私は涙が零れ落ちるのを感じながら、叫んだ。


この旅の間、ずっと考えていた、想っていた事を。


私が始めてしまった罪を。


ただ、世界に向けて放つのだった。

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