第90話『お姉ちゃんのとっておきですね。これを食べると、数日はこの味が口から離れないんですよ。美味しすぎて』
メーラスくんと空の旅を少しの間楽しんだ私だったが、お父さんに紹介したいと言われ、一緒にドラゴンの巣の中央に降り立っていた。
ドワーフさん達の話では、ドラゴンさんは巣に入る者を許さないとの事だったが、特にそういう事もなく歓迎ムードである。
『そうか。メーラスという名を貰ったか。ふむ。良かったな。メーラス』
『おー!! これでオレも一人前だぜ!』
『それはどうかな』
『なにぃー! じゃあ戦おうぜ! 父ちゃん!』
『良いだろう。まだまだお前は子供なのだと教えてやる』
何だかんだと言い争いをして、メーラスくんと、メーラスくんよりずっと大きいブラックドラゴンさんは空の上で戦い始めた。
衝突する度に空気が揺れるが、ドラゴンの皆さんは気にしている様子もない。
『しかし、人間の客とは珍しい』
『しかも我らの言葉が通じる者だ。珍しいどころの騒ぎでは無いだろう』
『確かにな』
私はドラゴンさん達に囲まれながら、地面に座っているが、特にやる事は無いし。出来る事もない。
出来るなら目的を果たして、先へ行きたい所なのだけれど、そういう訳にもいかないようだった。
何せ、私が話を聞きたい方は空の上に居るのだ。
しかも、戦いはまだまだ終わりそうにない。
助けて、お姉ちゃーん! と私は心の中で助けを呼ぶ。
「はい。呼びましたか? リリィ」
「っ!? お姉ちゃん!?」
「はい。お姉ちゃんですよ」
当たり前の様に、私のすぐ横に現れたお姉ちゃんは笑顔のまま私の頭を撫でて笑う。
そして、どうしよう。と空を見ながら視線で訴えると、お姉ちゃんは分かりましたと言い、空に向かって魔力を込めた一撃を放つのだった。
空での親子対決をしている時に、無防備な下からの攻撃を受けたブラックドラゴンさん達は、地面に寝ころびながら不貞腐れた様な顔をしていた。
『お前はいつも考えなしで行動するな。アメリア』
「えへへ。そうですか?」
『褒めておらんわ。まったく。しかし、その点、お前の妹は優秀だな』
「当然です。だってリリィですから」
私はメーラスくんの傷を癒しながら、話を聞いていたのだが、何か嫌な褒められ方をされている事に気づき、気づいていないフリをする。
しかし、目の前にいるメーラスくんも背後からの会話に同意している為、気づかないフリというのは難しいようだった。
『よし。息子の嫁とするか』
「駄目です」
『何故だ。我が息子はドラゴンの中で最強だぞ! 我の次にな!』
「だとしても、決めるのはリリィですから」
『なら、簡単だな!』
「脅すのは駄目ですよ」
『何ィ!?』
ドタバタワイワイ、きゃいきゃいと話は盛り上がっている。
しかし、相変わらず私は知らないフリをするのだった。
『リリィはオレの事、どう思ってるんだ?』
「嫌いじゃ無いですよ。格好いいと思ってます」
『おぉ! じゃあ、良いか? オレの子を産んでくれるか?』
「いえ。それは難しいんじゃないでしょうか」
『そうなのか?』
「はい」
『そうか。人間は難しいな』
まぁ、人間というか。私の問題なのだけれど。
その辺りは別に言わなくても良い問題だ。
「あー。そう言えば、お姉ちゃん。アレ、アレ。アレに付いて聞かないと」
「あ。そうでしたね。ブラックドラゴンさん! ドワーフさん達から聞いたんですけど、ちょっと前に近くの村で人を背に乗せながら戦ったと聞いたのですか」
『人? あぁ、オリヴィアとレーニの事か』
「オリヴィアちゃんとレーニちゃん!!? そうです!そうです。その子たちの事です!! お二人がどうして、ブラックドラゴンさんと一緒に戦う事になったのか。教えていただけますか!?」
『あぁ。そうだな。事の始まりは、お前たちがこの山を通過していった少し後だ。オリヴィアとレーニが山の中に入ってきて、そこで住み始めたんだよ』
「山で、住み始めた?」
『そうだ。理由は簡単だ。オリヴィアが闇の力に目覚めたからだ』
「……っ」
『お前もよく知っているだろう。アメリア。人間は闇の力を受け入れない。排除しようとする。一応村長なる者は村人を止めようとしたらしいがな。恐怖に怯える村人を止める事は出来ず、寿命で倒れたらしい。それから、オリヴィアを排除しようと村人は騎士なる連中を呼んで、その刃を向けた。故に我は友を助けるために村を襲ったというワケだ。まぁ、連中はそれから森の方へ逃げたが、恐らく魔物の餌にでもなったのだろう。それ以降は見ていない』
ブラックドラゴンさんは不快そうな顔を隠さないまま、空を見上げて息を吐いた。
『少なくない時間を共に過ごしたが、オリヴィアは素直で良き娘だったよ。生意気なレーニとは違ってな。闇の力を持つオリヴィアであれば、我らと会話も出来るし、意思疎通も出来る。魔力もかなり多かったから、一族に入るか? と聞いたんだが、アメリアの所へ行きたいと言っていてな。お前が歩んだ道の先を目指して、山を去っていった。獣人の里の方へ行ったのだろう』
「……そう、ですか」
『お前が責任を感じる事ではない。確かにお前がオリヴィアの病を癒したからこそ、あの子は自由に動き回れる様になり、それに怯えた村人がオリヴィアを排除しようとした。それは事実だ。しかし、横になったまま動けぬ人生に何の喜びがある。お前は間違いなくオリヴィアを救ったのだ』
「ブラックドラゴンさん……」
『ここから去る時にな、オリヴィアはもしお前がまたここに来る事があれば、そして、自分の命が途中で尽きていたなら、お前に深く感謝していると伝えて欲しいと言っていた。お前のお陰で自由になれたとな。言っておった。それが全てだ』
「……はい」
『だが、あの子が今、一人でいる事は確かだ。気になるのであれば、追ってやると良い。心配なのだろう?』
「はい。そうですね!」
お姉ちゃんはブラックドラゴンさんの言葉に大きく頷いた後、何かに気づいて顔を上げた。
「あの!? 一つ確認したいのですが、レーニちゃんは!」
『あのクソガキなら、オリヴィアと別れ、一人でどこかへ飛んでいった。恐らくは空からお前を探す為だろう。行く先は分からん』
「そう、ですか」
『まぁ、レーニについては気にする事も無いだろう。エルフの寿命は永い。あの種族に終わりなど無いのだ。魔法使いであるお前と同じでな』
「はい。そうですね」
『という訳だ。話疲れた。何か飯を用意しろ』
「分かりました。ではドワーフさんもお呼びしても?」
『構わん。とにかく急げ。腹が減ってしょうがない』
「分かりました。では、急ぎ準備をしますね」
それから。
お姉ちゃんは洞窟の方へドワーフさん達を呼びに行き、私も一緒に準備をしようとしたのだけれど、メーラスくんが離してくれなかった為、そのまま傍で話す事になった。
食事が出来てからも一緒に食事をして、話をする。
『おぉー! これ、美味いな!!』
「えぇ。お姉ちゃんのとっておきですね。これを食べると、数日はこの味が口から離れないんですよ。美味しすぎて」
『それは凄いな!!』
喜ぶメーラスくんと話をして、ついでに服の内側に隠れていたレッドリザードくん達も紹介する。
我が家の大事な家族だ。
最初は怯えてしまうかもしれないと思ったが、メーラスくんがとても優しく寛大であった為、レッドリザードくん達も怯えず、喜んでいる様だった。
特にメーラスくんから貰ったお肉は美味しそうに食べていたので、私も一緒に喜んでしまうのだった。




