第9話『大丈夫ですか!? 私が居ますからね! 大丈夫ですよ!』
カー君の家に来てから三日ほど経った。
今の所カー君との関係は良好である。
問題らしい問題はない。
「じゃあ俺、魔物を捕まえてくるから。姉ちゃんは家から出ちゃ駄目だぞ。危ないからな!」
「はい」
「誰か来ても返事しなくて良いからな!」
「分かりました」
「この間の奴らがまだ居るかもしれないからな!」
「大丈夫ですよ」
カー君は心配性なのか。家から出る度に、あれやこれやと言葉を並べていた。
おそらくご両親を亡くしてから、親しい人が居なくなるのではないかと心配なのだろう。
可哀想に。
あまり長い時間は一緒に居られないけど、居るうちは姉として家族として過ごそうと思う。
しかし……私は小さな窓から外を見て思う。
あれから三日程経ったが、リアムさん達は無事目的地としていた街に着いただろうかと。
「……私もちゃんと後から追わないと駄目ですね」
世界を救わなければ、リリィが世界の果てに行くことになる。
そうならない為にも、私が頑張らなくては。
私は両手を握り。気合を入れるのだった。
「……おい。ここじゃないか?」
「確かにそれらしい建物だな」
家の中で独り気合を入れていた私は外から聞こえてきた声に身を硬くした。
怖い人だろうか?
もしかしたら、そうかもしれない。
私はとにかく息をひそめて、外の会話に集中した。
怖い人ならば、見つからない様にしなくてはいけないからだ。
「おい! 誰かいるか!?」
コソコソと隠れていると、外から激しく扉が叩かれる。
その音に震えるが、私に出来ることは何もない。
強いて言うならば、この家から脱出して、カー君に逃げる様に言うくらいだ。
しかし入り口が一つという状況では、まだ大人しくしている方が良いだろう。
「返事が無いな」
「やはり違うんじゃないか? まさかまだ森の中に居るってことは無いだろう」
「いや子供の足だ。そう遠くへは行けないだろう」
「だがな」
「まぁ、待ってろ。俺に良い考えがある……ぐあっ! 誰か居ないか? 腹から血が止まらんのだ。このままでは死んでしまうかもしれない!」
私は聞こえてきた言葉にテーブルの影から飛び出して、扉を開けていた。
苦しんでいるであろう人を助けるために。
「大丈夫ですか!? 私が居ますからね! 大丈夫ですよ!」
しかし、そこに立っていたのは邪悪に笑うリアムさんと、驚いた様な呆れたような顔をしているフィンさんだった。
「まさか本当に出てくるとは」
「言っただろう? コイツはそういう奴なんだ」
リアムさんは私の腰を持ち上げると、そのまま荷物を持つかの様に歩き始めた。
「ま、待って下さい! 少しだけ、待って下さい!」
「待たん。もう三日も無駄にしているんだぞ。今は一日でも早く前に進む。良いな。お前に拒否権は無い!」
「そ、そんな。カー君にお別れの言葉だけでも」
「必要ない。全てが終わってからにしろ!」
「姉ちゃんを離せ!!!」
「っ!?」
カー君の声が森に響いたと思ったら、リアムさんが私を抱えたまま跳び、次の瞬間には地面に小さな刃物を持ったカー君が立っていた。
その顔は怒りに染まっている。
「お前たち、まだ姉ちゃんを狙っていたのか! 姉ちゃんは俺の姉ちゃんだ! 勝手に連れて行くな!」
「フン。クソガキ。この女はお前には勿体ない。家族ごっこがやりたいのなら別の奴とやれ」
「うるさい! 家族なんて俺にはもう居ないんだ! 姉ちゃんだけが俺の家族なんだ!」
「チッ。めんどくせぇな。たった三日で懐かれやがって」
「ご、ごめんなさい」
「そう思うんなら気を付けて貰いたいもんだ」
「いやっ、そっちで喋ってないで、少しは手伝ってくれよ!」
私はリアムさんに抱えられたまま、話をしていたが、フィンさんは一人でカー君の相手をしており、心なしか押されている様にも見える。
森で一人で生きているカー君はどうやら大人と同じくらい強い様だった。
「やれやれ。普段デカい口を叩いている割にはガキに押されてるのか。大したこと無いんだな。お前」
「そう言うなら、お前がやれ! このガキ、なんかやけに強ぇんだ!」
「はぁ?」
リアムさんは訳が分からないとでも言いたげな顔で私をその辺に捨てると、そのまま剣を抜いてカー君に迫った。
しかしカー君は二人を相手にしているというのに、それほど苦労せず攻撃をかわしているようだった。
「チッ! おい! 邪魔だ!」
「邪魔なのはお前だ! リアム!」
「あァ!?」
いや、違う。
リアムさんとフィンさんの仲が悪すぎて、喧嘩しているだけだ!
三日間二人きりで過ごしていたのに、全然仲良くなってないんだ……。
「姉ちゃんは、渡さない!!」
「っ!」
「コイツ! その証は」
そして、リアムさんとフィンさんの仲が悪すぎる以外にも、カー君が強い原因があった様だ。
それはカー君の右手に輝くモノ。聖人の証だ。
リアムさん曰く、証の力を使うだけで普通の人よりずっと強くなるらしい。
だから、証の力を使っていないリアムさんとフィンさんはカー君に負けているという事だろう。
しかし、カー君が証を持っているというのであれば、ここで争う理由はない。
「リアムさん! フィンさん! カー君! 争いはそこまでです! カー君! 私達も同じ証を持っているんですよ! 争う必要は無いんですよ!」
私は偽物の証を掲げながら、三人に止まる様に言う。
しかし、その争いは一瞬止まったが、それほどしないですぐにまた始まってしまった。
「な、なんでっ!?」
「コイツも聖人だって事は分かった。分かったが、それはそれとして躾は必要だろ。クソ生意気に勝手な事ばっかりしやがって、三日も無駄にしたんだぞ」
「そうだね。ちょっとお仕置きは、必要かな!」
「姉ちゃん。俺、姉ちゃんが俺と同じだったなんて嬉しいよ。でも、英雄になるなら、俺と姉ちゃんだけで良い! こいつ等は要らないよ!」
どうしてこうなったんだろうか。
既に三人の戦いは普通の人では近寄る事すら出来ない状態になっていて、私はやや離れた場所から見ている事しか出来ない。
一応声を掛けてみるが、誰も彼も自分勝手に自分の想いを叫ぶばかりだった。
協調性が足りない……!
「仕方ない。私は皆さんが満足するまで、ここで待っていましょうかね」
「ゴホン! ゴホン! あー、苦しい! 苦しいー!」
「むむ!? そこのお婆さん。どうかしましたか!? って、先日お会いしましたよね? まだ体調が良くないのでしょうか」
「ゴホッ! ゴホォ! そーなんだよ。もーツラくて、ツラくて」
「それは大変ですね。ではもう一度癒しましょうね。どうですか? 治りましたか?」
「おぉー! とても元気になった。いやーしかしな。ワシの体はボロボロでなー。すぐに駄目になってしまうんだよ」
「それは……! 心配です」
「そうかそうか。優しいお嬢さんだ。だからな。お嬢さんがウチに来て、息子の嫁になってくれたら良いと思うんだ」
「あー。いえ。それは大変申し訳無いのですが、私には行かねばならない所があるのです」
「……」
「ごめんなさい。お婆さん」
「グホァ! ガハ! ゲホッ! ゲホォ! あぁ苦しい! 苦しい!!」
「大丈夫ですか!? す、すぐに治しますね」
「あー。そんな事より、今すぐ家に、家に帰りたいー。連れて行ってくれー」
「分かりました! ではすぐに行きましょう!」
「「「行くな!!」」」
「あぅ!」
私は首根っこを掴まれて、お婆さんから引き離されてしまう。
そしてそのまま草の上を転がって、投げた人を見た。
まぁ、当然ながらリアムさんである。
「何度言ったら学習するんだお前は」
「おい。婆さん。人の気持ちにつけ込むのは感心しないな」
「だから言っただろ! 姉ちゃん! 世の中には危ない奴がいっぱい居るんだって!」
「えー。ごめんなさい?」
何だかんだ。皆さんの争いは止まり、私達はまた旅を始める事になったのだった。
カー君を連れて。