第8話『私はー! ダンコとしてー、自由の為に戦います!』
新たにフィンさんを仲間に加えた私たちの旅は順調である。
そう。一部を除いては。
「……あのー」
「で? 次はどこに行くんだ?」
「次はここだ。城塞都市の隣。商業都市ダキンだな」
「……聞こえてますかー?」
「ふぅん。なるほどな。てことはここから歩いて三日という所か。食料は問題ないが、水が少し心配だな」
「その辺りは、途中の村に寄って買う事にする」
「少し外れるが……確かにこの方が現実的か」
私を無視して話を続ける二人に、私は頬を膨らませて腰に巻き付いたロープを取ろうと、手で引っ張る。
「んー! んー!!」
「勝手な事をするな」
「あぅ!」
しかし、ロープを引っ張られて私はそのままリアムさんに捕まってしまった。
理不尽だ! 理不尽である!!
ちょっと道行く人に駆け寄っていただけで、私は腰をロープで縛られ、自由を奪われてしまったのだ。
この理不尽に抗議しなくてはいけない!
「私はー! ダンコとしてー、自由の為に戦います!」
「そうか。好きにすると良い」
「ではこのロープを外してください!」
「断る」
「そ、そんなぁ! フィンさん! フィンさんは私の事を助けて下さいますよね?」
「うん? そうだなぁ」
私はキラキラとした目でフィンさんを見つめる。
しかし、現実は残酷であった。
「まぁ、無理かな」
「ガーン!」
「アメリアちゃんは放っておくとあっちへフラフラ、こっちへフラフラ落ち着かないからね。こうして動きを制限している方が安心出来る」
「そ、そんなぁ」
「甘えた声を出すな。アメリア。この世界はな。お前が考えている以上に危険なんだ。お前が誰かを助ける為に草むらへ飛び込んで、魔物に食われたなんて事があれば笑えねぇ。分かるな?」
「……はぁい。分かりました」
「うむ」
「では、反省したので、このロープを」
「駄目だ。お前は反省した。反省したと口で言いながら何度も俺との約束を破っている。このロープを外す事は出来ない」
私はガッカリしながら、限られた範囲の中で動く事にした。
一応ロープにはそれなりに余裕があるし、普通に旅をする分にはそこまで困らない。
ただ、心配なのは途中で困っている人を見つけた時なのだが……。
なんと、なんと! 早速私は見つけてしまっていた。
歩いた先にある小さな茂みの中からこちらを伺っている人が居たのだ。
しかも私と目が合うと、こちらへ来る様に手で合図をしている。
これは! きっと怪我か何かで動けないに違いない!
助けなくては!!
「あ、あのー」
「なんだ。助けなきゃいけない奴なんかいないぞ。まぁ居たとしても無視しろと言うが」
「えぇ!?」
「当たり前だろう。一人、一人手を差し伸べていたら、闇を封印するのに、どれだけ時間が掛かるか分からん」
「そ、そんなぁ」
「甘えた声を出すな。キビキビ歩け!」
私は怒られながら、それとなく草むらの方へ視線を向ける。
草むらの中に居る人は、真剣な眼差しで私を見ていた。
助けを求めている!!
こんなにも強く!!
頑張らないと!
「あ、あの!」
「なんだ。人助けなら駄目だぞ」
「お手洗いに行きたいです!」
「……」
「あれ? あのー!! お手洗いに!!」
「分かったから、そうデカい声を出すな。ったく。羞恥心ってモンはねぇのか。ほれ。隠れてやれ。少し離れた所に居るからな」
「はい!」
私は限界まで伸ばされたロープに喜びつつ、草むらの中へと向かった。
そして、地面に座り、驚いた様に私を見ている男の子へコッソリと話しかける。
「あ、あのー。何か困っているんですよね?」
「……いや、困っているのはそっちだろ?」
「え?」
「奴隷商人か。悪い奴だ。今助けてやる」
「え!? えぇ!?」
「どうした!! アメリア!!」
その男の子は私の腰に巻き付いていたロープを小さな刃物で斬り落とすと、小さな体だというのに、容易く私を抱き上げて、木の上に跳んだ。
「な、なんだぁ!?」
「何者だ! 貴様!!」
私を抱えたまま木の枝に立つ男の子に、木の下からリアムさんとフィンさんが叫ぶ。
しかし、男の子は何も動じた様子は見せず、堂々とした姿で二人に応えるのだった。
「俺はカーネリアン! 盗賊だ! そして盗賊らしく、この子はいただいてゆく!!」
「ふざけるな!! このクソガキ!!」
「アメリアちゃんを離せ。今なら少し怒るだけで許してやるぞ!」
「うるさい! 悪人どもめ。このお姉ちゃんを奴隷にして売るつもりだろう!? 俺には分かるぞ!」
「アホ抜かしてるな! チッ。このクソガキ。今すぐとっつ構えて、教育してやる!」
「おい! 早く降りてきた方が良いぞ! 怒り狂ったリアムは危険だからな!」
「フン。俺は悪党なんかに負けない。いくってばよ! 煙玉!」
「んだ!? これは!?」
「お、おいおいおいおい! こっちに落ちてくんな! おい!! ぐあっ!」
「ふはははは! 悪は滅びるのだ! 正義の盗賊! これにてさらば!」
そして、私はもくもくと煙が上がる場所から離れ、男の子に抱えられたまま、森を進んだ先の小さな小屋に来たのだった。
小屋に着いてから私は、地面に下ろされ、男の子が用意した椅子の上に座る。
「すぐに町へ向かうとアイツらが追ってくるかもしれないからな。ここで少しの間過ごすと良い!」
「それはありがとうございます。ですが、ここはカーネリアンさんが一人で住んでいるのですか?」
「そうさ。俺は大人だからな! あぁ、それと呼び捨てで良いぜ」
「そうですか? あー、でも折角なので、カー君と呼んでも良いでしょうか?」
「っ! ま、まぁ良いぜ? 俺は大人だからな! 大丈夫だ!」
カー君の反応に私は笑みを浮かべながら、遠く置いて来てしまったリアムさん達を思う。
無事だとは思うけれど、私を捨てて旅を進めてくれるだろうかという不安があるからだ。
まぁ、使命に燃えている二人なら大丈夫か。
私はとりあえずカー君と別れてから、二人の後を追おうと決める。
「では、助けていただいたお礼に何かお手伝いさせて下さい」
「えっ! 良いよ! そんなの! 父ちゃんが言ってたんだ。女の子はみんなお姫様だから、大事にしろって」
「そうですか。それは素敵なお父様ですね。しかし、お姫様も誰かの喜ぶ顔が見たくて行動する事もあるのですよ」
「そ、そうなんだ」
「はい。ですから。何かお手伝いさせて下さい」
「……な、ならさ」
「はい」
「料理とか、出来るか?」
「出来ますよ。ではとっておきの料理を披露しましょう」
「っ! うん!」
年相応の少年らしい顔で笑うカー君に、私は笑みを返しながら、家の中へと入った。
そして、長い間使われていなかったと思われる調理場に立って、道具の確認をする。
正直、何も無いかと思っていたが、結構綺麗に整理されている様だった。
「へへっ、綺麗なモンだろ。母ちゃんが居なくなってからもずっと綺麗にしてたんだぜ?」
「そうなんですね」
何となく、カー君の言葉を聞きながら私は、一つの嫌な話を想像していた。
そう。お婆ちゃんが話していたよくある話を。
「あの、ご両親は……私が勝手に入ってしまっても、大丈夫でしょうか」
「あぁ! 大丈夫! 父ちゃんも母ちゃんもずっと前に魔物に喰われちまったからさ!」
何でもない事の様に、そう言うカー君を、私は思わず抱きしめていた。
だって、カー君の言葉は酷く悲しいものだから。
笑っていても、その心は泣いている様に見えたから。
「なっ、なんだい? その」
「アメリア。私はアメリアと申します」
「アメリア……姉ちゃん?」
「はい。なんでしょうか。カー君」
「……少しだけ、こうしてても、良いかな」
「えぇ。いくらでも。私で良ければ」
「……うん」
カー君は私の服をギュっと握って、私に顔を押し付けたまま体を震わせていた。
泣いているのだろう。
私ではカー君の寂しさを埋める事は出来ないが、少しでも辛い気持ちが薄れれば良いと、考えるのだった。