第77話『でも、だからと言って、このまま何もしないという訳にはいきません。説得でも何でも出来る事はやらないと』
巨大化した影は、天を覆う様な大きさとなって、空に吠えた。
しかし不思議と恐怖はなく、聞いている私まで苦しくなる様な悲しい叫びであった。
「チッ。説得出来なかったか。暴走してしまった。すまんな。リリィ」
「いえ。どの道、どうやっても説得出来る雰囲気ではありませんでしたし。仕方ないです」
「そうだな。まったく。困った連中だ」
エルフさんは、まるで涙を流す様にドロドロとした液体の様な物を顔の辺りから流して、空に向かって吠えている巨人を見ながら呟いた。
「しかし、妙なものだな。私は奴らを救いたいと考えている」
「……! エルフさん。それは私も同じです」
「ドライアードもです!」
「……ドライアード」
「正直、エルフみたいな汚物も、陰魔みたいなジメジメキノコも、森には必要ないですけど。世界には必要だと思いました」
ドライアードさんは殆ど悪口みたいな物言いでエルフさんに言っているが、エルフさんは気にした様子も見せず、ただドライアードさんの話を聞いている。
そしてそんなエルフさんにドライアードさんは私の肩に乗ったまま、一生懸命話をするのだった。
「人間さんも森を荒らす害虫ですが、姫様は人間と共にありたいと言っていました。そして姫様は、いつだって、どんな汚らわしいゴミにだって、共に生きていく事を願っていました。だから、私たちは、ジメジメキノコな淫魔も見捨てません。姫様の願い通りに助けます! みんな! 行くですよ!!」
ドライアードさんは、私の肩から飛び降りると、どこからか集まってきたドライアードさんの仲間と共に、地面を両手で叩き始めた。
「大きくなれ」
「大きくなれ!」
「大きくなれー!!」
ドライアードさんがポコポコと地面を叩いた影響で、地面の下から木と思われる物が勢いよく成長し、天に向かって伸びてゆく。
「リリィ! 危ねぇ!!」
「っ!」
そして私が立っていた地面も巻き込みながら大きく、大きく成長していく木にはドライアードさんや、いつの間にやらやってきたのかエルフさんの仲間さんも掴まり、空へと向かっていくのだった。
空の上からはエルフさんの叫ぶ声が聞こえる。
「ドライアード! 力を貸すぞ!!」
「森の守護神! です!」
『な、なんだそれは……!』
大樹は大きな枝をまるで手の様に曲げながら、陰魔さん達が呼び出した大きな影の集合体に向かって枝の手で殴りつけた!
その衝撃たるや、影の顔と思われる部分が半分吹き飛び、影の巨人がよろけている。
「ここに居るとヤバいぞ! 逃げろ!!」
「リリィちゃん! 俺に掴まって!」
「はい!!」
私たちが立っている場所には空から、いくつもの黒い巨人の欠片や無数の枝葉が落ちてくる。
しかし、フィンさんは私を抱えたまま器用に走り、それらをかわしていくのだった。
『ぐぬぬぬ。やるじゃないか!! ならばこちらも……!! 最終……合体だ!! 承認してくれ!』
『了解ィ! 最終合体……! プログラム……ドラァアアアイヴ!!!』
『よっしゃぁ!! 最終……合体ォォォオン!』
「な、なんだ!?」
「な、何が起こってるです!? 陰魔の癖に生意気です!!」
フィンさんは私を抱えたまま山道を走り、私はフィンさんに抱えられたまま陰魔さんと、ドライアードさん・エルフさんの戦いを見ていた。
およそこの世のものとは思えない戦いを。
『うぉぉぉおおおおお!! だァァアアアアア!!!』
「何やら魔力が陰魔共に集まっているな!」
「なら、何かを起こす前に、さっさと決着をつけるです!!」
ドライアードさんは、大樹の右手と思われる部分を振りかぶって、陰魔さんが生み出した巨人に向かって叩きつける。
次に左、右と交互にぶつけた。
その攻撃で、陰魔さんの巨人は影を周囲に散らしてゆくが、ダメージを受けている様には見えなかった。
そして、その考えは正しかったらしく、陰魔さんは足元から黒い霧を大量に発生させると、渦を作りながら大樹を飲み込む。
「な、なんとー!?」
『いくぞ! 神の力を見せてやる……!』
渦はそのまま空に向かって巻き上がると、空で小さく収束して、地面に向かって真っすぐに落ちてくる。
「皆さん!! 伏せてください!!」
私は急いで走っている全員に声を掛けると、自分も頭を抱えながら地面に伏せた。
そして次の瞬間、陰魔さん達の居る方から全てを破壊し尽くす様な暴風が吹き荒れて、周囲にある全てを破壊してゆく。
木も、草花も、地面すらもえぐれて、遥か遠い空へと飛ばされていった。
私は、地面に剣を突き刺したフィンさんに支えてもらい、私自身も聖人の証を使いながら風の魔術で少しでも暴風を抑えるべく、向かってくる暴風を受け流していたのだった。
どれだけ長い時間暴風が続いていただろうか。
多分それほど長い時間では無かったと思う。
しかし、それでも周囲にあった木々は全てなぎ倒され、私たちは満身創痍のまま地面に座り込んでいた。
「リアム。キャロン。カーネリアン。無事か!?」
「あぁ。こっちは無事だ。リリィはどうだ?」
「はい。私も大丈夫です」
「とんでもない連中だな」
リアムさんの言葉を聞きながら、私は遠い向こう側で拳をぶつけ合う大樹と影の巨人を見た。
影の巨人は少しだけ見た目が変わっている様に見えたが、力はそれほど変わっていないらしい。
ただ、遊びの様に放った攻撃で、周囲ごと私たちが壊滅的な被害を受けただけだ。
まさにリアムさんの言う通り、とんでもない連中だった。
およそ人間がどうにかなる相手では無い。
しかし、このまま黙ってみているワケにはいかないというのも事実だった。
何故なら、陰魔さん達は勿論の事、エルフさんやドライアードさん達が人間の事を気にして戦っている様にはとても見えなかったからだ。
このまま戦い続ければいずれ人間の方にも被害が出る。
「止めないと」
「それはそうだけど。どうするか」
「あのサイズじゃ外から何かしても意味がないわよ?」
「でも、だからと言って、このまま何もしないという訳にはいきません。説得でも何でも出来る事はやらないと」
「なら……」
「どうやって声を届けるか。それが重要じゃな?」
「っ!?」
「お、お前は、陰魔か!?」
リアムさんが地面に刺していた剣を引き抜いて、それを構えながら私とフィンさんの前に出る。
そして、お爺さんの様な姿をした陰魔さんへ、その剣を向けるのだった。
「ほっほっほ。いかにも。そしてェ! ワシは主人公のピンチに回想シーンで現れる老師に憧れる陰魔! ほっほっほ。ワシの言葉で見事覚醒してみせい! 姫様の妹、リリィよ」
「覚醒……? 私にそんな力が?」
「いや、知らん」
「はぁ!? 知らない!? なら何しに出てきた!!」
「いや、何かいい雰囲気じゃったし。いつ出るの? 今じゃろ! をしただけじゃ」
「この面倒な状況で、コイツは~~!! ったくよぉ!」
「ほっほっほ。ワシがお主にかつて教えた事を思い出せ……! リリィよ」
「かつて、私が教わった事……!?」
「お前、リリィに会った事があるのか!?」
「いや、初めてじゃ」
「なんなんだよ! お前は!! さっきから!! なんなんだよ!!」
リアムさんの叫び声を聞きながら、私は自分の中に問いかける。
私が誰よりも信頼できる。お姉ちゃんに。
そして、小さな光と共にお姉ちゃんが再び私の前に姿を現したのだった。




