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第60話『それがなんですか。例えお姉ちゃんが嫌がっても、拒絶しても無理矢理連れて帰ります。それだけです』

カーネリアン君も旅の仲間に加わって、今、旅のメンバーは私、リアムさん、フィンさん、カーネリアン君の四人だ。


ここまで大人数になるとは思っていなかったけど、何だかんだとメンバーが増えていったのは運命の様にも感じる。


そう。今私と共に旅をしている人は、少し前までお姉ちゃんと一緒に世界の果てを目指して旅をしていた人たちばかりなのだから。


という事は、全員が聖人だ。


それはもう運命を感じるという物だろう。


もしくはお姉ちゃんの導きかな。


なんて私はパチパチと燃えるレッドリザードくんの炎を見ながら、思った。


「寝れないのか?」


「……リアムさん」


みんなが火の近くで横になり寝ている中、一人ちょうど良い高さの木に座りながら火を見ていた私は、いつの間にか起きていたリアムさんに話しかけられた。


それに少しだけ驚くが、思えばリアムさんが寝ている所を見た事は無かったなと思い直す。


多分彼の眠りは酷く浅いのだ。


「リアムさんこそ、眠れないんですか? 前にも言いましたが、レッドリザードくんの炎は周囲の魔力を奪って燃えています。魔力が極端に低い場所を魔物は嫌がりますから、この辺りは安全ですよ」


「あぁ。らしいな。昔……ってほど昔でも無いが、アメリアに聞いたよ」


「そう言えば、前もそう言ってましたね。しつこくてごめんなさい」


「いや、良いさ。そうやって同じ事を聞くのも、同じ事を言うのも、嫌いじゃない。悪くないって思える様になってたからな」


「……そうですか」


何となく、リアムさんの話し方からお姉ちゃんの事を言っているのだろうなと察する。


私は炎の向こう側に居るリアムさんを見ながら、目を細めた。


この人はどういう気持ちでお姉ちゃんと旅をしていたのだろうか。


お姉ちゃんはこの人をこんな寂しい世界に捨てて、何故一人で遠い空の彼方に行ってしまったのだろうか。


私には分からない。何も。


「……リリィは、この旅が終わったらどうするつもりだ」


「旅が終わったら、ですか」


私はつい先日カーネリアン君に言った、空の果てにお姉ちゃんを探しに行くという話を思い返しながら、口を開く。


「微かな可能性ではありますが、お姉ちゃんを連れて帰る事が出来るかもしれないので、何が何でもそれをやって、それでまたお姉ちゃんと一緒に暮らします」


「そうか……アメリアが帰ってくるかも、か」


「リアムさんは、信じられませんか?」


「まぁな」


リアムさんは自分の右手を見つめながら握り締めて、呟く。


しかし、それからすぐにリアムさんは顔を上げると私を真っすぐに射抜いて口を開いた。


「アメリアは拒絶するかもしれないぞ」


「それがなんですか。例えお姉ちゃんが嫌がっても、拒絶しても無理矢理連れて帰ります。それだけです」


「そうか……分かった。なら、お前やカーネリアンの希望を否定するつもりはない。俺に出来る事があるのなら、協力しよう」


「……ありがとう、ございます」


「いや、構わない。気にするな」


リアムさんは素っ気無く言うが、その言葉には確かな優しさが含まれていた。


何となく不器用な人なのだなと思う。


「リアムさんはこの旅が終わったらしたい事は無いんですか?」


「何もない」


「えぇー。いや、何か無いんですか? 何でも良いんですけど」


「何か……何か、か。あぁ、そう言えば一つ夢があったな」


「夢?」


「あぁ。ガキの頃から思ってた夢さ。くだらない、ガキ臭い夢だ」


「聞かせて貰っても良いですか?」


リアムさんは私と視線を絡ませた後、ゆっくりと星々が輝く空を見上げて、言葉を流した。


「俺は、平和な世界って奴が欲しかった。選ばれた人間だけじゃなくて、誰もが幸せを手に入れられる世界が欲しかった。ガキが飢えず、親が子を捨てず、集落が家族を追いやらない。そんな世界が当たり前にあれば良いと思っていた」


「……」


「現実の見えてない子供じみた夢さ。アルマが世界に光を与えようが、シャーラペトラが魔術という武器を与えようが、アメリアが闇を消し去ろうが、この世界は変わらない。闇があろうが無かろうが、魔物は人を襲うし、魔術は人と人の争いを増やすだけだった。人は自分の事しか考えていないし、他人を思いやれる奴なんて居ない。居たとしても、そんな奴は他人に利用されて全て奪われるだけだ」


リアムさんは暗闇の向こうに輝く星々に何を見ているのだろうか。


彼の言う、利用されて全てを奪われてしまった人たちの事だろうか。


でも。私は『でも』と思う。


「でも、お姉ちゃんはこの世界を変えますよ」


「無理だ。アメリア一人に何が出来る。無駄だ。何も変わらない。何も!」


「変わりますよ。だって、私は変わりました」


「……は? お前が一人変わって、世界にどんな影響があるって言うんだ」


「ハァー。リアムさんは本当に世界が見えてませんね」


「あァ!?」


私の挑発に、リアムさんは苛立った様に声を上げた。


それは今までの紳士的な振る舞いとは違う。恐らくは彼の本心に近い姿だったと思う。


「リアムさん。世界とは何ですか?」


「……」


「世界とは人です。そして人は人を見て生きてゆきます。私は生まれてからずっとお姉ちゃんを見てきました。その姿を、生き方を、世界へ向ける愛情を」


「……アメリア」


「だから、私はお姉ちゃんが命を捨ててまで世界を変えた事に、それだけの行動をした事に、意味を求めて、こうして旅に出ました。きっとお姉ちゃんが旅に出なければ私も旅に出ようなんて思わなかったでしょう。ですが、私はこうしてリアムさん、フィンさん、カーネリアン君と共に居る。レッドリザードくんの炎を挟んで、リアムさんと話をしている。これは偶然でしょうか」


「つまり、お前は一人一人が変わっていけば世界が変わると、そう言いたいのか? 気の長い話だ」


「いえ。私はそうは思いませんよ」


「……」


「だって、リアムさんはお姉ちゃんと一緒に旅をしていたのでしょう? 多くの人と出会ってきたのでしょう? 多くの人がお姉ちゃんと話をし、その心、その姿に理想を描いたのではないでしょうか。リアムさんの言ったような、世界が平和になる夢を」


私は空に向かって両手を伸ばし、決して手は届かないが、そこに輝き続ける星を掴んだ。


「かつてお姉ちゃんが言っていました。星に手は届かないけれど、星に願う事は出来るよ。と」


「星に願う。か、アメリアらしい物言いだな。それで? 願ったら何が起こる」


「決まってるじゃないですか。奇跡ですよ。アルマが光をもたらした様に。シャーラペトラが魔術を与えた様に。お姉ちゃんが奇跡を人に届けるんです」


「もう、アメリアは居ない」


「居ます」


「居ない!! もう、アメリアはその体すら残っちゃいない!!」


「居ますよ。私が確かにその姿を覚えています。そして、リアムさんも、フィンさんも、カーネリアン君も、そしてお姉ちゃんが旅先で会った全ての人が、お姉ちゃんの事を覚えています。ここまで来るのに、どれだけ多くの人がお姉ちゃんに感謝していたか。与えられた希望で未来を変えていこうとしていたか。リアムさんだって見ているでしょう?」


「だが、人は忘れる。どんな素晴らしい行動だって、奇跡だって、人は欲望で塗りつぶす!」


「させません。私がそんな事は絶対に許さない」


「っ」


「私は、生涯、この命が果てるまで、お姉ちゃんの偉大さを語り続けましょう。世界中で。お姉ちゃんが残した希望を消さない為に」


「……リリィ」


「だから、リアムさんも諦めないで下さい。お姉ちゃんが遺した希望を、消さないで」


私は縋る様にリアムさんに伝えた。


この胸の内に眠る、まだ小さな灯を。

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