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第59話『でも、お姉ちゃんは空の向こうにいる。それは確かなんです』

おそらくカーネリアン君の家だと思われる場所にたどり着いた私は、家の中で様々な物を見せられていた。


「なぁ。これ、覚えてるか? この家に来た時に、姉ちゃんが使ってた包丁なんだ」


「……私はこの家に来た事はありませんから、知りませんよ。カーネリアン君」


「カー君だろ!!」


「っ!」


「あっ、ごめん。違うんだ。怒鳴るつもりじゃなくて、そうじゃなくて、違うんだ!」


「大丈夫。分かってますから」


「姉ちゃん……ごめん」


私は震えるカーネリアン君を抱きしめながら、大丈夫。大丈夫。と囁く。


しかし、それをしたところで何も事態は好転しないのだ。


「そうだ! 前にさ。前に、話した事、覚えてるか? ほら、俺の父ちゃんと母ちゃん。もう死んじゃったんだけどさ。それでもいっぱい遺してくれたものがあったって言ったじゃんか! それでさ。その中に凄いのがあったんだよ」


「……なんでしょうか」


「じゃじゃーん! どう? どう? ほら、これ、あの時の奴だよ。ほら、草原でオークに見せて貰ったじゃんか。あの飛行機。あれの絵なんだよ! 昔さ。父ちゃんと母ちゃんはここじゃないどこか遠い所に住んでてさ! そこの宝物だって言って、物置の奥に置いてあったんだけど、これ! もしかしたら二人はあの草原に居たかもしれないんだ」


「そうなんですね」


「そうなんだ! だから、また行こうよ! ほら、また空を飛ぶレースが開かれる時に行ってさ! 今度は俺たちも飛行機作って参加して、それで、それで!!」


「……」


嬉しそうに、楽しそうに話していたカーネリアン君は、不意に表情を凍らせたまま、黙ると私の前で広げていた絵を床に落として崩れ落ちてしまった。


両手で顔を覆いながら、苦しそうに声を漏らす。


「……本当に、お姉ちゃんじゃ、無いのか?」


「……はい」


「そう、なんだな」


カーネリアン君は、大粒の涙を流しながら、私を見つめて、顔を歪めた。


どうしようもない現実に押しつぶされている様な姿で。


その姿を見て、私はいつかの自分を思い出していた。


お父さんやお母さんが亡くなる夢を見て、血の海に沈んだ二人に泣いて縋っていた日の事を思い出し、お姉ちゃんに二人に会いたいと我儘を言った日の事を。


「カーネリアン君。いえ、カー君。お姉ちゃんに会いたいですか?」


「……あいたい」


「では、一つカー君に希望を教えますね」


「きぼう?」


「はい。希望です。カーネリアン君と話していて思い出しました」


私はお姉ちゃんが私に教えてくれた話を思い出しながら、カー君に言葉を送る。


「遠い空の向こう。遥か雲の彼方。どこまでも広がる蒼の世界には、永遠に続く世界があるとお姉ちゃんが言っていました」


「……」


「そこは争いのない。ただ、皆が同じ光を受けて、同じ未来を見て、同じ希望を持って生きていける場所だそうです。そして、その世界には失われた親しき人がいつまでも待っていてくれるのだと」


「……そこには、父ちゃんも、母ちゃんも……姉ちゃんも、居るのかな」


「はい。間違いなく。お姉ちゃんが私に嘘を吐くハズがありません。そこへ行けば、きっと大切な人にまた会う事が出来ます。少なくとも私はそう、信じています」


「……君は」


「私はリリィ。偉大なるアメリアお姉ちゃんの妹にして、今日からあなたと一緒に旅をするリリィです」


「リリィ。リリィか」


「はい。貴方の名前を教えていただけませんか? 共に旅をする御方」


「俺は、カーネリアン。勇敢な父ちゃんと、優しくてあったかい母ちゃんの息子で、アメリアお姉ちゃんと一緒に旅をしてた、カーネリアンだ!」


「そう。ではカーネリアン。私と一緒に旅をしましょう」


「……うん!」


涙はまだ止まっていない。


流れ続けている。


しかし、腕で乱暴にそれを拭って、カーネリアン君はキッと前を向く。


真っすぐに『私』を見据えた。


「迷惑をかけて、ごめん。リリィ」


「いえ。気にしないで下さい。カーネリアン君」


カーネリアン君は男らしい顔つきになって、家の中を歩き回り、様々な物を持ってきて、テーブルの上に置いた。


そして、それをバッグの中に詰め込み、自分の体に付けて、旅の支度をしてゆく。


「リリィのお陰で、俺、ようやく前を向けた。父ちゃんと母ちゃん、姉ちゃんに会いたいから、なんて邪な理由かもしれないけどさ。それでも、また旅に出たいんだ」


「カーネリアン君。昔、お姉ちゃんが言っていました。未来は前にばかりあるワケではないと、後ろを向いて、過去を見ながら未来へ進む事も出来るのだと」


「アメリア姉ちゃん……!」


「だから、一緒に進みましょう。私も後ろばかり見ていますが、お姉ちゃんの居る場所まで、未来まで進みたいのです」


「そうだね」


「お姉ちゃんの後を追いかけていくのは怖いです。この道の果てに何があるのか、何も見えない。何も分かりませんから。でも、お姉ちゃんは空の向こうにいる。それは確かなんです。そう思えばどこまでも行けます」


私は手のひらをカーネリアン君に向けながら、二ッと笑った。


そして、カーネリアン君も何をするのか察したらしく、私の手に向けて自分の手のひらを打ち付ける。


少し痛くてヒリヒリとするが、その痛みがどこか心地よかった。


そのまま私とカーネリアン君は手を握り合い、友情を結びあうのだった。


「カーネリアン!!」


「無茶はするな! その子はアメリアちゃんじゃない……って、あれ? どうしたんだ? 二人とも」


「ん? あぁ、フィン兄ちゃんにリアム兄ちゃん。今日からまたよろしくな!」


「お、おう。それは構わないが、そいつはアメリアじゃ無くて」


「分かってる。アメリア姉ちゃんの妹、リリィだろ?」


「分かってるのか。いったい何があったんだ?」


「あー、まぁ、色々だよ」


「色々、か」


フィンさんもリアムさんも息を吐きながら、なるほどと呟いていた。


何となく察するものがあったのかもしれない。


「とりあえず落ち着いたんなら良い。ただ、出かけるならそれなりの準備はしろ。今度も長旅になるだろうからな」


「そうなんだ。分かった」


「ゆっくり待っててやる。ゆっくり準備しろ」


「あぁ! 分かったよ!」


カーネリアン君はそう言うと、先ほどまで準備していた物とは別に家の中を走り回り、片づけたり、荷物に追加したりしている様だった。


私は邪魔にならない様に家の外に出て、リアムさんやフィンさんに合流する。


「大丈夫だったか? リリィちゃん。まぁ、無茶はしないだろうけどさ」


「はい。問題ありません。カーネリアン君も色々と抱えていた様でしたが、話し合いで何とかなりました」


「そうか。それなら良かったよ」


フィンさんはどこか遠い場所を見る様な目で、カーネリアン君を見つめ、やがてリアムさんと同じ様に何かを思い出す様にそっと目を閉じているのだった。


前に、お姉ちゃんたちと旅をしていた時の事を思い出しているのかもしれない。


それから。それなりに長い時間を掛けてカーネリアン君は全ての準備を終えて外へと出てきた。


「お待たせ!」


そして、後ろを振り返り、家の中に向かって明るい声で話しかける。


「父ちゃん。母ちゃん。それに、姉ちゃん。俺、行ってくるよ! 今度こそ、メソメソしないで、未来を見つけてくる。だから、待っててくれよな」


「じゃあ行ってくる!!」


そう言うと、カーネリアン君は扉を閉めて、鍵を掛けた。


また新しい旅が始まろうとしていた。

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