第53話『そんなの、私だって分かってますよ。お姉ちゃんなら、そういう風に言うって』
リアムさんと共に歩き始めた私は、ズンズンと先へ進んでいたが、ふとすぐ後ろにリアムさんが居ない事に気づいた。
何かあったのか? と後ろを振り向けば、リアムさんが道の途中で立ち止まり空を見ている所だった。
「何をやってるんですか?」
「……あぁ、少しな。空を見ていた」
「空ァ!? なんで空……」
「旅をするというのは、綺麗な物を楽しむという所に本質があるんだ」
「そうですか」
何だか思っていたよりも繊細な人なんだろうか。
前にチラっと見た時は横暴な人に見えたけど、闇の力の封印が終わったし、素の自分に戻ったとか?
まぁ、何でも良いけど。
「リアムさんの趣味か、何か知りませんが、私は早くお姉ちゃんの事が知りたいんです。こんな所で呑気に立ち止まってなんか居られません。そういうのは全部終わってからにして下さい」
「……そうだな。すまなかった」
「はい。ではさっさと行きますよ!」
私は再び足を速めて、先を急ぐ。
お姉ちゃんの見た景色を見る為に。
そして、地図を見ながら歩いていた私は、ある事に気づいた。
「リアムさん。思うんですけど、こちらの村には寄らず、真っすぐに町へ向かえば今日中に着くんじゃないですか?」
「あぁ、おそらく着く」
「なら、このまま真っすぐに行きましょう」
「……良いのか?」
「何がです?」
「村へはアメリアも寄ったが」
「確かにそうみたいですけど、別に何かがある訳でも無いんでしょう? なら行く意味を感じませんね」
私はハッキリとそう言い切って、村を無視して町へ向かおうとした。
しかし、そんな私の手を掴んで、リアムさんは立ち止まる。
「なんですか!?」
「……静かに。何か聞こえる」
「何かって」
リアムさんの言葉に、私も耳を澄ましてみると、確かに何か音が聞こえる。
これは……魔物の声だろうか?
「襲われているな。行くぞ」
「行くって、村へ!? 何故私たちが!」
「襲われているのを分かっていて、見捨てる様な真似をする訳にもいかないだろう」
「そんなの、騎士さんにやって貰えば良いでしょ!? 私たちが行く理由なんてない!!」
「そうかもな。だが、アメリアなら『隣村の人が襲われているのなら、その人たちを助ける事だって、世界を救うって事と同じ事だ』と言うだろうな」
「それは……そうかもしれませんが」
「なら、少しだけ付き合ってくれ。大した時間は掛けん」
「……」
リアムさんは私を抱きかかけて、隣村へ走り始める。
私が走るよりもずっと早く走るリアムさんは、真剣な眼差しで前を見据えていた。
隣村の事を心から心配しているのだろう。
自分の事しか考えていない自分とは違って。
だからこそお姉ちゃんは、この人と旅をしようと思ったのかもしれない。
そう思うと、何だか嫌な気持ちになってしまうのだった。
そして、リアムさんは私を安全な場所に下ろすと、腰から剣を抜いて、魔物に立ち向かっていった。
今にも襲われそうな村人を庇い、傷を負いながらも魔物を倒す。
その姿は、まさに英雄そのものであった。
「困っている人を助けるのは当たり前。そんなの、私だって分かってますよ。お姉ちゃんなら、そういう風に言うって。分かってるんです」
しかしその言葉が、呪いとなってお姉ちゃんの命を奪った。
だから、私はそれが正しい事とはとても思えないのだった。
でも、このままただ見ている事も出来ない。
私はそう考えて、お姉ちゃんから貰った花を握り締めて願う。
「お姉ちゃん。私に、力を貸して」
このまま見ているだけの人間になりたくない。
お姉ちゃんの妹として相応しい人間になりたい。
そういう想いが、どこか遠くにいるお姉ちゃんと繋がった気がした。
「……これは」
リアムさんが戦闘を始めてからそれほどしないで、村を襲っていた魔物は全て倒された。
村人たちは何度も何度も頭を下げながらリアムさんに感謝している。
「一度ならず二度までも。本当にありがとうございます」
「いや、構わない。怪我をした奴は居るか?」
「いえいえ! どこにもおりません!」
「そうか。なら良かった」
「……っ! リアムさん!」
「どうした……あー。いや、どうした?」
「おぉ、アメリア様。お久しぶりでございます。またお会いする事が出来て、嬉しい限りです」
リアムさんが戸惑った様に私を見た後、元気よく村の長と思われる人が私に駆け寄ってきて手を握る。
おそらくはお姉ちゃんと勘違いしているのだろう。
見た目だけは似せてしまった弊害か。
「……お久しぶりです」
「本当に。皆を呼んでまいります! 少々お待ちください!」
村長さんは凄い勢いで村の方へ向かうと、人々に声を掛けている様だった。
そして、そんな人々を見ながら私は溜息を吐く。
「良いのか?」
「何が?」
「お前は『リリィ』だろう?」
「分かってますよ。それでも、私がお姉ちゃんだと信じて笑ってる人に、なんて言うんです? お姉ちゃんは死にました。って言うんですか?」
「……」
「だから、私は別に気にしてません」
「そうか。すまないな」
「いえ」
私とリアムさんは短く会話をして、村人たちが集まるのをジッと見ていた。
しかし、そこで私はアッと思い出した事があり、リアムさんの方を見る。
「リアムさん」
「なんだ?」
「背中を向けてください」
「あぁ」
素直にこちらに背を向けてくれるリアムさんに複雑な思いを抱えながら、私はその痛々しい背中に手の平を向けた。
お姉ちゃんと同じ様に。
「……力を貸してください」
静かに呼吸を繰り返しながら自分の中にある力に語り掛けた。
そして、奇跡が起きる。
「……っ!? これは、お前も使えたのか」
「いえ。昨日までは使えませんでした。ですが、お姉ちゃんに願った所、使える様になりました。多分、お姉ちゃんが力を貸してくれているんだと思います」
「そうか」
リアムさんは複雑な声で返事をしながら、やや震えた体で地面を見つめていた。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
きっとリアムさんはお姉ちゃんと同じ様に優しい人だから。
お姉ちゃんの力が、心が、私の中にある事が嬉しくて、悲しいのだろう。
「リアムさん。ごめんなさい」
「……何故謝る」
「何となく、です」
「……そうか」
私は悔いた。
お婆ちゃんの言っていた私の罪がよく分かる。
自らの役目を放棄して、怯えて、逃げて、その結末がこれだ。
お姉ちゃんを失って、世界の為にと戦った人の心を傷つけている。
本当に、どうしようもない人間だ。
それから、リアムさんを癒し、私たちは村の復旧を手伝った。
怪我をしている人を癒し、壊れた壁を直して、ついでに料理も手伝った。
結局その日は泊まる事になり、村を出たのは明け方になってからだった。
「……申し訳ございません。結局こんな時間になってしまいましたね」
「いや、構わない。旅とはこういう物だ」
「そうですか」
慰めか、よく分からないリアムさんの言葉を聞きながら私は小さく頷いた。
そして、遠くから駆けてくる女の子を見て、私は地面に膝を付けながらしゃがみ込む。
「聖女様! あのね! あのね! またお母さんを助けてくれて、ありがとう!」
「いえ。元気になって良かったです。今度は無理をしない様にとお母さんに伝えてください」
「うん! あ、そうだ! 聖女様のお名前を聞いてなかった! 教えてください!」
「私は……」
私は一瞬ためらった後、笑顔を作ってその名を答えるのだった。
「私はアメリア。聖女アメリアですよ」




