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第51話『永遠の夜などはない。夜は明けるのだ。個人の夢や感情を置き去りにして』

お姉ちゃんが旅に出てからどれくらいの時間が経っただろう。


生まれた時からずっと一緒にいたお姉ちゃんが居ない。


それは耐えがたい苦痛を私に与え続けていた。


そう。まるで世界の全てが暗闇に包まれてしまっているようだ。


こういうのを明けない夜。というのだったか。


「リリィ。そろそろ眠りなさい」


「……うん」


「大丈夫。そんなに心配しなくてもアメリアは帰ってくるよ。いつも通り元気に笑ってね」


「……うん」


「リリィ」


心配そうに手を差し伸べるお婆ちゃんの手を握って、私は玄関先に座っていた体を立ち上がらせて、家の中に向かう。


今、私の世界は夜の世界である。


終わりのない。夜の世界だ。




お風呂に入りながら、私は酷くつまらないこの時間をただ淡々と過ごしていた。


昔は、お姉ちゃんが居た頃は、二人でお風呂に入るのが楽しみだったのに、今となってはただ苦痛なだけの時間だ。


何か変わらないかなと虚空に向かって、誰に聞かせるでもなく呟く。


「何かお話が聞きたいな」


「まぁ! リリィ。どんなお話が聞きたいのですか!?」


「そうだなー。なら、お姉ちゃんが大好きな人の話を聞きたいな」


「お姉ちゃんが大好きな人!? そんなのリリィに決まってるじゃないですか!」


「本当に!? お姉ちゃん! 大好き! ……なんて、私、一人で何やってるんだろ。馬鹿みたいだ」


私はお風呂から出て、体を拭く。


昔はお姉ちゃんに甘えて、全部やって貰っていたが、お姉ちゃんは居ないのだ。


全部自分でやらないといけない。


お風呂を出て、リビングへ来るとお婆ちゃんが椅子に座りながら本を読んでいた。


『ほら。リリィもこちらで一緒に本を読みましょう?』


『えー。でも本読んでても面白くなーい』


『私が読みますから、一緒に、ね?』


『はーい』


「リリィ? 出たのかい?」


「っ! う、うん。出た」


「そうかい。なら湯冷めしない様に暖炉の傍か、もう布団に入ってしまいなさい」


「……うん。分かった。なら、少しだけここに居る」


「あぁ。分かったよ」


暖炉の傍に置かれた椅子に座り、膝を抱える。


レッドリザードが付けた火は、彼らがどこからか運んできた木々を燃やし、パチパチと赤い炎を出していた。


お姉ちゃんが好きだった光景だ。


私は炎が何だか怖くて、あまり好きでは無かったけど、お姉ちゃんが好きなので、私も好きだと言っていた思い出がある。


しかし、今は、レッドリザードの炎が、お姉ちゃんと過ごした時間を思い出させてくれて嬉しかった。


『リリィ』


『良いですか? レッドリザードくんにはより良い物をあげる様にしましょう。私たちは家族です。であるなら、美味しい物を食べて笑い合った方が嬉しいでしょう?』


私はお姉ちゃんの言葉を思い出して、椅子のすぐ近くにあったレッドリザード用の餌箱を手に持った。


そして、餌の一つを指で掴むと、炎の中に手を伸ばして、レッドリザードに与える。


「きゅい!」


「美味しい?」


「きゅきゅきゅ!」


「そう」


私はいくつか追加で肉を与え、満足したであろうレッドリザードの家族たちから離れた。


そして、また椅子に座り、炎を見つめる。


家族は一緒に居るべきだろう。


なのに、お姉ちゃんはここに居ない。


それが、ただ寂しい。




お姉ちゃんが居なくなってから、凄く長い時間が経った。


私はすっかり大きくなって、お姉ちゃんが出て行った時と同じくらいの見た目になったと思う。


心なしか。お姉ちゃんに似てきた様な気もしていた。


「ふふ。お姉ちゃんそっくり」


「本当だねぇ。流石は魔法使いの姫という所か」


「ん? どういう事? お婆ちゃん」


「いや。大した事は無いさ。多分。リリィは長い事アメリアと一緒に居たからね。その魔力の影響を受けて見た目が似てしまったんだろう」


「ん? どういう事? 私とお姉ちゃんが似てるのは姉妹なんだから、当然じゃ無いの?」


「まぁ、そうだね。その通りだよ。リリィ」


「う、うん。そうだよね」


妙な事を言うお婆ちゃんに私は首を傾げながら考えるが、特に理由も分からなかったのでそのまま流した。


そして、再び視線を鏡に戻して、お姉ちゃんの服を着ている自分を見る。


うーん。可愛い。


やっぱりお姉ちゃんによく似てきたからか、見た目だけは完璧だ。


後はお姉ちゃんの柔らかくて、優しい雰囲気を再現出来れば、実質もう一人のお姉ちゃんが誕生する瞬間である。


「こんにちは! アメリアです! んー。違うな。アメリアでーす。違う。アメ、いや、ここか? アメリア。アメリ―ア。アメリア」


「あんまりハマり過ぎない様にね」


「はぁーい。あ。今のすっごくお姉ちゃんっぽかった。もっと練習しよ」


「ハァー」


溜息を吐いて去っていくお婆ちゃんをそのままに、私は鏡の前でお姉ちゃんのモノマネを練習し続けた。


より完璧にお姉ちゃんを再現する為に。


「はじめまして。私はアメリア。大好きなものは妹のリリィです。愛しているのも、妹のリリィです。それ以外の人に興味はありません。どう? どう? 完璧じゃない?」


「そうだね。言っている事以外は完璧だと思うよ」


「いよーし! これでお姉ちゃんに近づく奴は全員排除してやる!」


「……リリィ」


「ふははは! そうと決まればもっと完璧にお姉ちゃんをやるぞ!」


現実逃避をする様に始めたお姉ちゃんごっこにもハマり、私はただひたすらにお姉ちゃんを求めて日々を過ごした。


そんな日々はそれなりに幸せであったし。未来への希望も持てていた。


しかし、現実が大きくその姿を変えたのは、ある日の朝、目を覚ました時だった。




その日も、いつもと同じ様に目を覚ましてからお姉ちゃんごっこをするつもりだった。


しかし、何かがおかしい事に気づく。


そう。お姉ちゃんから貰った花が静かなんだ。


普段はもっと色々な感情を私に送ってくれるのに、今日は酷く静かだ。


私は心配になって花に呼びかけるが、当然ながら返事はない。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」


「朝から騒がしいね。どうしたんだい? リリィ」


「お姉ちゃんが! お姉ちゃんから貰った花が、何も言わないの!」


「アメリアから貰った花?」


お婆ちゃんは眉をひそめて、私から花を受け取ると、目を細めてそれを見た。


そして、次の瞬間には目を見開き、頭を抱えながら椅子に座る。


「そ、そんな……こんな事が」


「お婆ちゃん!? どうしたの!?」


「アメリア様……!」


「お婆ちゃん! どうしたのよ!!」


お婆ちゃんはお花を抱きしめたまま泣き出してしまい、私は何が何だか分からないままお婆ちゃんに問う。


しかしお婆ちゃんからの返答はなく、私はどうしたら良いか分からないままベッドに座り込んだ。


そして、ようやく落ち着いたのかお婆ちゃんは真剣な眼差しで私を見ると、信じられない様な事を口にした。


「リリィ。よく聞きなさい」


「う、うん」


「アメリアは……いや、アメリア様は、命を落とした」


「……は? いや、ちょっと待ってよ。意味が分からないんだけど」


「死んだという事だ」


「嘘だ!! そんな訳無い!! お姉ちゃんが死ぬわけ、死ぬわけないじゃない!! だって、帰ってくるって、言ってたんだよ! 世界を救って、帰って来るって!」


「それでも、アメリア様は亡くなられたんだよ。リリィ」


私はお婆ちゃんの言っている事が受け入れられず、ただ叫び、首を振った。




お姉ちゃんが出て行ってから始まってしまった夜の世界は、不意に壊れようとしていた。


そう。帰って来るまでは続くと思われた永遠の夜が、終わる。


しかし。永遠の夜などはない。夜は明けるのだ。個人の夢や感情を置き去りにして。


それが、当然の事なのだ。

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