第5話『私が行かねば他の方が危険な目に遭うだけです』
リアムさんから絶対に出るなと言われた部屋の中で大人しくしていた私だったのだけれど、気が付けば妹さんが病気だった男の子が住んでいた所の様な小さな家の集まる場所に立っていた。
宿屋の人に連れてこられたのだが、リアムさんが怒らないかだけが心配だ。
「よく来たな。聖人様?」
「いえ。私の事は聖人ではなく、アメリアと呼んでくだされば」
「んだよ。聖人って事は隠しておきたいってか? まぁ良いけどな」
「えっと」
「アンタが癒しの力を持っているってのは昨日露店で見せてもらった」
「あ、はい」
「そこでだ。お前に頼みがある」
「なんでしょうか?」
「貧民街の連中を治してやってはくれねぇか?」
「分かりました」
「そ、そうか。話が早くて助かるぜ。それで報酬の話だが、聖人様だって言うんなら相場より大分安くても……」
「報酬など要りません。そんな事よりも、病気か怪我の方はどちらですか?」
「……は? なに?」
「いえ。ですから、病気か怪我の方はどちらですか?」
「違う。そうじゃない。報酬が要らないだと? どういう事だ」
「どういうも何も、必要無いから必要ないと言いました」
「何故だ!」
「いや、何故と言われても困るのですが……」
だって、別に要らないし。
今の所お金には困っていないし。
お金無くて宿に泊まれないなら野宿すれば良いし。
ご飯も町の外に行けばいっぱいあるしね。
そう。森には食べられる物がいっぱいある。無理してお金を使う必要は無いのだ。
「お、お前は癒しの力があるんだろう!?」
「はい」
「なら、なんで金を欲しがらない!?」
「……?」
えっと、どういう事だ?
癒しの力を使えるのならばお金を欲しがらないといけない。
……ううーん。よく分からない!
「どういう事でしょうか?」
「っ! だから!」
それから幾度か話をしたけれど、何度聞いてもよく理解出来ない事ばかりだった。
しかし途中から、もしかしたらこれは町のルールなのかもしれないと思い始めた。
ならば、と私は男の人に自分の事情を話す事にする。
「何かご心配されているのかもしれませんが、大丈夫ですよ」
「何がだ!」
「私たちは旅の途中ですから。ここの人たちを癒しましたら、早急にこの町を離れまして、世界の果てを目指しますので」
「世界の、果てだと?」
「はい。世界の果てでは闇の力が強くなっていると聞きます。ですから、そこに行き、解決しようかと」
「……本気なのか?」
「え? えぇ。勿論」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「そうですね」
「なら!」
「ですが、私が行かねば他の方が危険な目に遭うだけです」
そう。
私がやらねば、リリィが危ない目に遭うのだ。
それだけは絶対に認める訳にはいかない。
リリィを護る為に私は旅に出たのだから。
「という事ですので、病気や怪我をされている方はどちらでしょうか?」
私は、私に出来る方法で世界を平和にする。
ただ、それだけなのだ。
それから私は貧民街と呼ばれる場所の方々を癒し、日が落ちる頃には魔力が削れ過ぎた為、宿屋の借りている部屋で泥の様に眠るのだった。
そして翌日私は目を覚ましてすぐ起き上がり、ベッドの横に座っていたリアムさんへ視線を向ける。
昨日の事がバレていなければ良いのだけれど、不安だ。怒られないだろうか。
それに、今日だって、まだ癒す人は残っているのだ。
それもどうやって説得するか……。
「あ、あの。リアムさん」
「アメリア。俺は今日も用事がある。お前はここで寝てろ」
「え!? 本当ですか!?」
なんと! 凄い幸運である。
まさかリアムさんから用事があると言ってくれるとは。
「……嬉しそうだな」
「そ、そそそそんな事は無いですよ!?」
「フン。なら良いがな」
私は何度も首を上下に振り、問題ないと告げる。
リアムさんはいつもの様に鼻を鳴らしながら、椅子から立ち上がると明日には町を出るからなと告げ、部屋から出て行った。
一人部屋に残された私はふぃーっと息を吐いて、よしと頷きながらベッドから起き上がって宿屋の主さんにお願いし、また貧民街へと向かうのだった。
そして、何とか全員を癒し終わり、ベッドまでたどり着いて眠りの世界へと旅立った。
達成感を胸に抱きながら。
翌日、私たちは予定通り町を出て、次なる目的地を目指す。
「占い師によれば次の町では聖なる刻印を持っている奴がいるらしい」
「そうなんですね!」
「はぁ。これでようやく三人か。先が思いやられるよ」
「大変ですね。リアムさん」
「……」
「リアムさん?」
「おい。アメリア」
「はい! なんでしょうか!?」
「ちょっとこっちに来い」
「はい」
私は少し離れていたリアムさんとの間にある距離を小走りで埋めて、すぐ間近に移動した。
そしてその直後に頭を掴まれて、締め付けられてしまう。
「あっ、あう! あぅぅ!」
「誰のせいだと思ってるんだ!? 誰の!!」
「ご、ごめんなさい! 私のせいですぅー!」
私はリアムさんに頭を掴まれたまま逃げようと暴れるが、その手が私の頭から外れる事はなく、惨い罰を受け続ける事になるのだった。
恐ろしい人だ。
なるべく怒らせない様にしよう。
私はそう心に誓いながら、街道をリアムさんと一緒に歩き、道端で座り込んでいる人に話しかけた。
「あの。大丈夫ですか?」
「……なんだい、お嬢さん」
「いえ。顔色が悪いので、体調が悪いのかなと」
「あぁ、すまないね。いつもの事さ。病気なんだ」
「そうなんですね」
私はお婆さんに許可を貰い、体を触らせてもらいながら、悪い所を見つけ、そこに癒しの力を使うのだった。
そして、それほど時間が掛からずにお婆さんは元気になり、私は腕を組みながら木に寄りかかっていたリアムさんの所へ向かった。
「お待たせしました!」
「あぁ」
リアムさんは無に近い様な表情で私を見ていたが、不意に私の頭に手を乗せると左右に撫でた。
なんだろう? 何か褒められる様な事をしたかな? と疑問に思っていると、段々リアムさんの締め付ける力が強くなってゆく。
「あっ、いたっ、痛いです! リアムさん」
「あー。なんだ? 最近ふと疑問に思うんだ。アメリアは自分の悪い部分について、どう考えているのかなと」
「あぅ!? あぅぅぅ」
ミシミシと頭で怖い音がしているのを感じながら、私は両手でリアムさんの手を外そうとしたが、外す事が出来ず、もがくばかりだった。
そして、そんな中でもリアムさんは淡々と言葉を紡ぐ。
「不思議だよなぁ。何度同じ事を言っても、その度に今度こそ大丈夫だ。約束は守ると言いながら直後にすぐ約束を破る。不思議だ。頭の中がどうなっているのか疑問だよ。なぁ。アメリア」
「あうあうあうあうあぁああー! ご、ごめんなさいー!」
「ったく。少しは反省しろ」
私は解放され、地面に座り込んで、リアムさんのお説教を聞く事になった。
「良いか? 俺たちの使命は他の誰にも出来る事じゃない。世界の果てで力を増してる闇の力を封印するっていう大きな仕事があるんだ。それ以外の事にうつつを抜かしている余裕はない。分かるな?」
「はい。よく分かります」
「なら、どうするべきだ。言ってみろ」
「困っている人がいても、なるべくその人に頑張ってもらいます! 無理そうなら手を貸します!」
「今と何も変わってねぇだろうがよ!!」
「え、えと。では、リアムさんには先に進んでいただいて」
「お前みたいな世間知らずを放置したらどうなるか分かったもんじゃねぇ!! ったく。しょうがねぇな! どうしようもない時に関しては許可する! ただし、どうしようもない時だけだ。良いな!?」
「はい!」
私は元気よく返事をして、リアムさんの手を借りながら立ち上がる。
そして、今度こそは気を付けようと心に刻みながら街道を歩くのだった。
「あ。そこの人! 大丈夫ですか!?」
「アメリアァアアアアア!!!」