第44話『私もお花が好きですから。お花が咲いたら嬉しいじゃないですか!』
夜が明けた。
宴会に参加していた全ての獣人さんとリアムさん達全員が地面に倒れて眠っている。
しかし、全員楽しそうな笑顔を浮かべていた。
そんな中、私は土の精霊さんと共に、風の魔術を使って飛び立つ準備をしていた。
目指すは森の東部にあるというオーガさんの住まう場所だ。
土の精霊さん曰く、そこに大きな力を持つ土の精霊さんが居るらしい。
「姉ちゃん!!」
「ん? あぁ、カー君。おはようございます」
「いや、おはようじゃなくてさ! どこに行くんだよ!」
「はい。ちょっとオーガさんの所へ行こうかと」
「オーガ!!? 駄目だよ! 一人でそんな!」
「んー。確かにそうですね。ではカー君も一緒に行きましょうか」
「え!?」
カー君はきょろきょろと周りを見た後、小さく頷いた。
私はそんなカー君を風の魔術で持ち上げて、一緒に北の方へと向かう。
一応リアムさん達にはオーガさんの所へ行くという事と、後で戻って来るとメッセージを残しておいた。
そして、風の精霊さんにお願いして一気に空を駆けるのだった。
どれくらい飛んでいただろう。
下に見える景色から森の姿がすっかり消え、辺りは荒野の様な場所になっていた。
そんな中で、見えたのは湖の近くでえっちらおっちら歩いているオーガさんの姿だった。
「見つけましたね。では降りましょうか」
「うん!」
元気に返事をするカー君と共に私はオーガさんの前に降り立って、こんにちはと挨拶をした。
オーガさんと会った事は無いが、どういう種族なんだろうかと考えながらジッとオーガさんの目を見つめる。
「……」
しかし、オーガさんは私やカー君の登場には特に反応を示す事なく、そのまま地面に座り込むと地面を掘り起こし始めた。
そして何かを地面に落としている。
おそらくだが、それは何かの植物の種に見えた。
オーガさんは種を植えた後、手でどかした土を上に掛ける。
それから湖のところまで歩いて行き、両手で水を掬って、先ほど種を落とした場所にかけるのだった。
なるほど!
「もしかして、お花の種ですか?」
「っ!」
オーガさんがビクッと震えた後、私から目を逸らして別の場所へと移動して、同じ事をする。
うーん。
嫌われているワケでは無いと思うけど、どうしたものかな。
いや、悩んでても駄目だよね。
こういう時は行動あるのみ!
「オーガさん。私もお手伝いしても良いですか?」
「っ」
「姉ちゃん? どうしたの。急に」
「私もお花が好きですから。お花が咲いたら嬉しいじゃないですか!」
「そういう物なの?」
「はい。そういう物です!」
私はオーガさんに向き直りながら、ね! と強気に聞いた。
オーガさんは戸惑いつつ、やはり私から目を逸らす。
うーん。
やっぱり嫌われているのかな。
「んー。でもオーガさんの邪魔をするのは申し訳ないんですよね」
「いや、そもそもさ。本当にオーガが花なんて育ててるの? 姉ちゃんの勘違いじゃ無いの?」
「いえいえ。そんな事はありませんよ」
「凄い自信。って事は、あの種が花の種だって姉ちゃんは分かったって事?」
「いえ! 全くわかりません!」
「えぇー!?」
「ですが、オーガさんからはお花好きの匂いがしました! これは間違いありません!」
「そんなの分からないだろ!」
カー君に怒られながらも、それはそれとしてどうしようか。と私が悩んでいると、オーガさんがノソノソと私の近くまで来た。
相変わらず視線は外れていて、地面を見ているけれど。
そして、オーガさんは私の前でしゃがむと、私の下がったままの手を掴んだ。
「姉ちゃん!」
「大丈夫ですよ。カー君。痛みは全然ないですから」
「でも!」
「大丈夫です」
そして、そのまま上にあげると私の手のひらの上に懐から取り出した種を落として握らせる。
「これは」
オーガさんはそれ以上何も言わず立ち上がってしまった。
しかし、私はこの行動の意味する所をしっかりと理解している。
そう! これは許可だ。
私も手伝っても良いよという許可だ。
「ありがとうございます! オーガさん!」
私の声にビックリしたのか。オーガさんはビクッと体を震わせているけれど、怒っている様な雰囲気はなかった。
むしろ、戸惑っている様にも見える。
しかし、嫌われていないのであれば、お友達になる事も出来るという事だ。
まぁ、嫌われててもお友達になる事は出来るけれども。
「という訳でカー君。私、ここでオーガさんと一緒にお花畑を作ります」
「いや、という訳でじゃないから。何も分からないよ。姉ちゃん」
「そういう事なので、リアムさんには遅れるとお伝えください」
「いや! 待ってよ! 姉ちゃん!? ちょ! 魔術はズルいって! 姉ちゃん!! 姉ちゃん!!!」
「では、また会いましょうー! カー君!」
「姉ちゃぁあああああん!!」
私は元気よく叫んでいるカー君をリアムさん達が居るであろう森の奥の宴会場まで送った。
そして、その行動にビックリしているオーガさんを見て、笑う。
「ごめんなさい。騒がしかったですよね。では早速。私もお手伝いさせて貰いますね!」
「……何故だ」
「え? 何がでしょう」
「何故。あの子供を返した」
ようやく聞こえたオーガさんの声に私は大きく頷いてから口を開く。
「確かに私の様な粗忽者が残るのは不安ですよね。分かります」
「違う! お前は、人間……だ。多分。そして弱い。俺が本気になれば、すぐ、潰せる!」
オーガさんはドカドカと歩きながら、私の前に来ると握った拳を空に上げた。
しかし、私はそんな振り下ろすつもりのない拳よりも大事なものの為に、体でオーガさんにぶつかり歩くのを止めさせる。
「なにを!?」
「ストップです。オーガさん。踏んでしまったら、お花が可哀想ですよ」
「っ!?」
オーガさんは急いで右足を上げたが、そのせいでバランスが崩れ背中から倒れてしまう。
ついでにオーガさんに寄りかかっていた私も倒れてしまい、投げ出されそうになるが、オーガさんが私の体を支えてくれた為、そのままオーガさんの体を下敷きにして、無事助かるのだった。
「オーガさん? 大丈夫ですか?」
「……お前、変な奴だ」
「ふふっ、よく言われます」
「本当に、変な奴だ」
オーガさんは大きなため息を吐きながらその大きな手で顔を覆った。
やはりとことん顔は合わせてくれない。
しかし、やはり嫌われてはいない。
なら、まぁ時間が解決する様に願うしかないかな。
土の精霊さんにお願いされた事もあるし。私自身がやりたい事でもある。
「では、これからよろしくお願いいたします。オーガさん」
「……分かった。湖には、気を付けろよ」
「はい!」
心配してくれる優しいオーガさんに感謝しつつ、私はよっこいせとオーガさんの上からどいた。
そして、改めて頑張るぞと気合を入れるのだった。
これからここを綺麗なお花畑にするのだ、と。
しかし、そんな私の決意に早速暗雲が立ち込めた。
いや、違う。単に陽の光が何かで遮られただけだ。
何だろうかと上を見上げると、私は先ほどのオーガさんよりも大きなオーガさんに囲まれていたのだった。
そして誰も彼もが怖い顔をして、私を見下ろしている。
私は、いつも通り元気に挨拶するのだった。
「こんにちは!」
だが、やはりその声に応える者は誰も居なかったのである。