第42話『……私は神様なんかじゃないです』
獣人さん達に囲まれたまま森の奥地へと連れて行かれた私たちだったが、リアムさん達の扱いは最悪だった。
私の仲間だという発言を一応信じてくれたのだろう。危害を加えるつもりは無いようだが、それでも遠く離されているし、話をする事も難しい。
そしてそのまま獣人さんの村に到着して、一番奥にある家に招待された。
当然の様にリアムさん達は置き去りだ。
私がリアムさん達から見えない所へ移動した事で、酷い事をされなければ良いけど。
「アメリア様」
しかし、外の心配をする前に、どうやら私には対応しなければいけない事があるらしい。
私は名を呼んだ人の方を向きながら、案内されるままに多くの獣人さんに囲まれた場所に座るのだった。
「はじめまして。ですかな。アメリア様」
「えぇ。そうですね」
「貴女様にお会いする日を我々はずっと待ち望んでおりました」
「……私に?」
「はい。力なき我らに力を与えて下さった女神。アメリア様」
「……私は神様なんかじゃないです」
「我らにとってはアメリア様こそ神なのです。この世界を創ったとされる神よりも、尊く気高い存在」
私の正面に座っていた猫の獣人さんが放った言葉を、かつて獣人さん達に呼ばれていた時と同じ様に否定する。
しかし、獣人さん達は相変わらず頑固というか、なんと言うか。
いや、ここで言い争っていてもしょうがないか。
「本当は否定したいですが、今はそういうお話をしている時ではないと思いますので、その話は聞かなかった事にします。それで、こうして私をここへ呼んだという事は何か用事があるんですよね?」
「はい。アメリア様。どうか我らの元へ戻ってきていただきたく」
「お断りします」
「っ!? アメリア様! 何故。我らの何がご不満なのでしょうか!?」
「不満とかでは無いのです。私が居る事で、獣人さん同士で争いが起きてしまった。そしてその争いによって多くの獣人さんが亡くなりました。その事は記録に残っているでしょうか」
「はい。恥ずべき歴史です。ですか! 我らは以前の我らとは違います! 互いに協力し合い、手を取り合って、生きてきました」
「でも、人間さんと争っている。そうですよね?」
「っ! それは」
「先ほどもリアムさん達に、酷い事をしようとしていました。何もしていないのに」
「人間は!! 多くの争いを世界にまき散らしました。貴女を攫った事も! そして、我ら獣人を意味も無く傷つけ、憎しみをまき散らしている!」
「アメリア様は人間の味方をされるのか!?」
「我ら獣人を捨てたのか!?」
猫の獣人さんだけでなく、周りを囲んでいた様々な獣人さん達が怒りの声を上げた。
私はそれを見ながら、小さく息を吐いた。
そして、その音に反応したのか、一人の獣人さんが私に向かって飛び込んできた。
「レオ!!! 止めろ!!」
「っ! な、なんで逃げない」
「逃げる理由がありません」
私の首を、大きな犬の獣人さんが半分くらい獣となった体で捕まえ、私の体は床に押し倒された。
その直後、レオと呼ばれた獣人さんを他の獣人さん達が囲み、その急所に爪を向ける。
「皆さん。争いは止めてください」
「っ! しかし、我らはアメリア様を護る為に」
「だとしても、私には必要ありません」
レオさんに向けられていた爪は、ゆっくりと下がり、獣人さん達も少し離れた所から見守ってくれる様だ。
「何故、何故怒らない! 何故逃げない!! 何故抵抗しない!!」
「その必要が無いからです」
「俺が手を出さないと思っているのか!?」
「いえ。手を出されたとしても、構わないと思っているからです」
「っ!」
レオさんはよろよろと私から離れ、後ずさった。
それを見つめながら、私は起き上がり、再び座る。
「かつて私は皆さんの先祖を見捨てました。その争いを止める事なく、私が消える事が最良の道であると信じて」
「……」
「しかし、現実に私の行動は獣人同士の争いから人間と獣人の争いへと変えただけです。ただ意味もなく憎しみを広げただけでした」
「違う! アメリア様のせいじゃない!! 人間が! それも全て人間どもが!」
「私がここに留まり、皆の女神として存在していれば……その憎しみは生まれましたか?」
「っ! そ、それは」
「私は生まれなかっただろうと思います。無論種族間の争いを止める必要はありましたが、それも言葉を尽くせば良かった。全ては今更な事ですが」
「……アメリア様」
「はい。なんでしょうか」
私は左側から話しかけてきた狸の獣人さんに目を向けた。
そして、穏やかに笑う狸の獣人さんは表情を変えぬまま口を開く。
「過ぎた事はどうする事も出来ますまい。それよりも我らは未来の話がしたい」
「はい。それは私も同じです」
「アメリア様はどこかへ向かっているご様子であった。それは間違いないでしょうか?」
「えぇ。間違いないです。私はこの地で強い土の精霊を探しておりました」
「そうですか。ではそちらは我らも調査しましょう」
「ありがとうございます」
「それが終わった場合、その先は何をされるご予定でしょうか?」
「その後は世界の果てへ闇の力を封印しに行きます」
私が放った言葉を聞いて、獣人さん達はざわざわと騒ぎながら、互いに小さな声で囁き合っていた。
その表情には恐怖が浮かんでいる。
「闇の力が暴走すれば……」
「世界は以前よりも濃い闇の世界となるでしょう」
「お、おぉぉお……なんという事だ」
「ですが、土の精霊に協力いただければこちらは問題なく解決出来ます」
「それは……! 承知いたしました。全種族力を合わせて、即座に探しましょう」
「ありがとうございます」
私は頭を下げながら、少し心が落ち着いて、安堵の溜息を吐いた。
緊張がやや消える。
「闇を封印された後は」
「仲間と旅をしようと考えていますが、目的地は決まってませんね。ただ、ゆるりと世界を巡ろうかと」
「……左様でございますか」
狸の獣人さんはやや、考える様な仕草をした後、重そうな瞼をグッと開いて、つぶらな瞳で私を見据えた。
「では、その旅に我ら獣人の若者を連れてゆく事は可能でしょうか?」
「婆さん!? 何を言ってるんだ!!」
「そうだ。アメリア様の仲間といえば、あの人間どもだろう!? 人間と旅をさせるなど!!」
「私は、構いません」
「……っ!? アメリア様!」
「そうですか。そうですか。では、我が子は人に化けるのが得意ですので、是非ともご同行をお願いいたします」
「私は構いませんが、本当によろしいのですか?」
「えぇ。無論ですよ。アメリア様」
ニコニコと笑う狸の獣人さんは、笑顔のまま頷いて、周囲はその反応に困惑している。
いや、困惑しているのは私も同じだ。
あれほど人間を憎み、敵対していたというのに、何故。
「アメリア様。不思議そうな顔ですね」
「はい。そうですね。正直理由が分からないので」
「理由ならば、一つしかありませんよ。我らはアメリア様の加護無しに二百年間この森で生きておりました。しかし、その数は年々減っております」
「……」
「我らはアメリア様の慈悲により力を得ました。しかし心は変わらず弱いままなのです。知らぬ物を恐れ、傷つかぬ様にと牙をむく。それしか出来ぬ臆病者なのです。だからこそ、アメリア様のご加護が欲しい。何もせずとも見守っていただきたいのです」
「……見守る」
「はい。ただ我らが道を間違えぬ様にと、見ていて下さる。それだけで我らは正しくあれるのです。しかし、今のままではまた、アメリア様に失望されてしまうでしょう。故に人間を、世界を知る為の旅へ御同行させていただきたいのです」
「分かりました。そういう事でしたら、私も協力させて下さい」
「おぉ! ありがたい! 感謝いたします。アメリア様」
「いえ。私などは大した力もありませんが、皆さんが望む限り、見守り続けましょう。それが平和に繋がるのであれば」
私はようやく安心して心からの笑みを浮かべたのだった。