第41話『彼らが敵だというのなら、私も敵という事になります』
朝になり、リアムさん達が起きてから、火の精霊と最上位契約が出来た事を告げた。
皆は驚きながらも、アメリアだしなと納得してくれたようだ。
その信頼が何だか申し訳ない様な気持ちになるが、こうなってしまった以上はしょうがない。
せめてこの証が本物であったなら、こんな気持ちにはならなかったのだろうかと自分の右手を見つめた。
「何考え込んでんだ。お前は」
「リアムさん」
「暗いのはらしくないよ。アメリアちゃん」
「フィンさん」
「何か悩みがあるのなら、聞くぜ? 姉ちゃん」
「カー君」
「そうそう。普段から癒しの力で助けられてんだしさ」
「「それはお前だけだろ」」
「キャロンさん」
私は少しだけ、胸がチクりと痛むのを感じながら笑う。
嘘ばかり吐いて、信じている人を騙して、どれだけ時間が経っても私という存在は、ろくでもない存在なのだろう。
それでも、そんな私でも出来る事がある。
リリィを危険な旅へ向かわせない為に、リアムさん達のここまでの努力を無駄にしない為に、この世界で生きる人たちの願いや希望を繋げる為に。
私は、己の役目を果たすのだ。
「私、皆さんに会えて良かったと思ってます。こうして旅に出て、良かった」
「アメリア……何を突然終わりみたいな事言ってるんだ。まだ最後の精霊が残ってるし、闇を封印するのだって、まだ出来てないんだぞ」
「そうそう。それにさ。この旅が終わっても、また新しい旅が始まるんだよ。アメリア」
「キャロン達の旅が終わったら、俺の所に来ても良いしな。ちょうど数年経って良い感じになってそうだし。幸せにするぜ?」
「まだこのガキを狙ってたのか。フィン。狙うにしても年相応の相手を狙え」
「いやいや。世界中の女の子は全て俺が幸せにするって決めてるからな。アメリアちゃんもその対象ってワケだ」
「女は誰も彼もって言うんなら、キャロンにも声かけろよ」
「確かに! 確かにね! 私もおかしいなって思ってたわ!」
「キャ、キャロン」
「ねぇ? どういう事? この超絶美人を放置するってどういう事よ」
「あー。いや。そのな? キャロンは強い女性だから一人でも生きていけるだろう? 俺はか弱い子専門なんだ」
「何格好つけてふざけた事言ってんのよ! アンタァ!」
「うぉ! 魔術は使うな!!」
「燃えろ!! 女の敵!!」
キャロンさんの放った火の魔術をフィンさんは華麗にかわしながら、逃げ回る。
しかしキャロンさんは逃がすまいと魔術を連続で放つのだった。
みんな笑っており、私もみんなと一緒に笑うのだった。
涙が出るほどに楽しいこの日々を。
そして、私たちはドワーフさん達の里を出て、次なる目的地を目指して進み始めた。
ドワーフさん達から土の精霊についての情報を得る事は出来なかったが、土の精霊だと言うのなら、土と関わりの深い場所に向かう方が良いだろうというアドバイスを聞き、獣人の森へと向かう事にした。
獣人の森。そこは、獣人さん達が多く住む場所であり、人はあまり近寄らない場所でもある。
「獣人について、お前らはどの程度知ってる?」
「人間とは仲良くないくらいしか知らないな」
「仲良くないというのはどの程度……」
「アメリアちゃん!!」
「え?」
私が獣人さんについて聞こうとした瞬間、フィンさんに抱きかかえられて、リアムさんの背後に移動した。
そして、私が居た場所には何人かの獣人さんが鼻息を荒くしながら、立っている。
「やはり」
「一目見てそうかと思ったが」
「人間どもめ」
獣人さん達は最後に会った時とは違い、何故か強い敵意を持っている様に見えた。
何かあったのだろうか。
私は何とか説得できないかとフィンさんから降りて声を掛けようとしたが、また私が居た場所に向かって草むらや木々から獣人さん達が飛び出してきて、襲い来るのだった。
そして、それをフィンさんは危うげなくかわし、やがてリアムさん達と目で会話しながら一緒に逃げ出した。
「どうなってるんだ!? リアムは何か知ってるか!?」
「分からん! だが、どうも奴ら、アメリアを狙ってるらしい」
「……っ! やっぱり」
「何か心当たりはあるのか?」
「いえ。私には何も」
「そうか! なら、何だか知らん所で恨みを買ったかだな!」
「ゼェ……ゼェ……アンタら、はやいっ! うぷっ」
「死ぬ気で走れ。捕まったら死ぬぞ」
「ひぃぃ。もう、何なのよぉ!」
リアムさんの言葉に私はうむむ。と考えながら走ってきている獣人さん達に目を向けた。
しかし、見た事はない獣人さん達だ。
少なくとも私が最後に獣人さんと話をしたのは、ニ百年以上前だし。
獣人さんの寿命を考えれば、生きている人が居るとは思えない。
でも、走って逃げているフィンさん達を追いかけてくる位には何か恨んでいるようだ。
しかも、このまま逃げても、どこまでも追って来そうな気概も感じる。
「あっ」
そして、そんな獣人さん達の前でキャロンさんが限界を超えていた為、転んでしまった。
そんなキャロンさんを見て、獣人さん達は腕を構えながら、目つきを鋭くする。
考えている暇は無かった。
「キャロンさん!!」
「駄目だ!! アメリアちゃん!!」
私はフィンさんの腕から風の魔術を使って飛び出し、キャロンさんの前に降り立った。
そして、両手を広げながらキャロンさんを護る様に走って来る獣人さんを見据えるのだった。
「アメリア!!!」
「……っ!!」
獣人さんはやや走る勢いを落としつつも、変わらず私に向かって走ってきており、後ろからはリアムさん達が叫びながら近づいてくる音が聞こえる。
時がゆっくりと流れていく世界で、私は状況を把握しながら、間に合わない事を悟り目を閉じた。
ここまでか……。
「アメリア様ァァアアアア!!!」
「……ふぇ?」
正面から聞こえた声は、やけに低い場所から聞こえており、何かがおかしいと目を開けば地面に頭を擦りつける獣人さん達がいた。
何が起きているんだろうか。
「なにが」
「アメリア!」
「アメリア様に触れる!! 薄汚い人間どもめ!!」
何が起きているのかと獣人さん達に問おうとした瞬間、私の体は先ほどまでと同じ様に今度は獣人さんに抱きかかえられ、獣人さんに囲まれた場所へと移動した。
そして、リアムさん達は多くの獣人さんに囲まれ、その鋭い爪や牙を向けられる。
「それ以上近づくな! 人間」
「くっ、アメリア」
「誰の許可を得て、その名を呼んでいる。口にしている!」
「え? え? あの?」
「アメリア様。どうぞこちらへ。ここは少々荒れます故」
「いや、そうではなくてですね。争いは何も生みませんので、リアムさん達に酷い事をしないでください!」
「……酷い事と言われましても、我らは敵を排除するのみ」
「リアムさんは私の仲間です。彼らが敵だというのなら、私も敵という事になります」
「……アメリア様とこの者らが仲間? ほぅ」
「はい!」
「手下という事ですかな? 人間の町へ入る為には必要ですからな」
「いや、そういう訳では」
「では騙されているという事になる。お前たち」
「あー!! そうでした! そうでした! 手下でした! 手下です!」
「なるほど。では、アメリア様。証明していただけますか?」
「え」
「普段やっている様に命令すれば良いのです。それだけで我らは信用します」
獣人さん達の目線が突き刺さる。
そして、多くの獣人さん達に囲まれ、その牙や爪を向けられているリアムさん達の視線もまた、刺さる。
私は絞り出したような声で、命令を下すのだった。
「り、リアムさん」
「……」
「その、頭を撫でてください」
「分かった」
リアムさんは無表情のまま私に近づくと、いつもよりも優しい手つきで私の頭を撫でてくれるのだった。