第39話『いつまでも悲しんではいられませんよね』
大佐さんの話を聞きながら、何とか体力を回復させ、再び歩き出した私たちはとんでもない道の上を歩いていた。
そう。そこは一応人一人が十分歩ける幅のある道なのだけれど、すぐ目線の下にはグツグツと燃える灼熱のマグマがあるのだ。
私たちはまさに火山の中心とも言える危険な場所を歩いていた。
「おい! 大佐! 本当にこの道で正しいんだろうな!?」
「あぁ。多少熱いがな。この道で正しい」
「多少熱いなんてモンじゃねぇぞ」
リアムさんは愚痴の様に呟きながら大佐さんのすぐ後ろを歩いて、私はそんなリアムさんの後ろを特に言葉を発する事もなく歩いていた。
何せ、喋ると熱いのだ。
喉が焼かれる。
「大丈夫? アメリアちゃん」
私はすぐ後ろから聞こえてきたフィンさんの言葉に無言で頷き、そのまま視線を後ろへと向けた。
カー君はこういう不安定な場所は慣れていると言い、キャロンさんは壁に手を付きながら何とか付いて来ている様だった。
落ちたら一巻の終わりだ。
慎重に進まないと……。
「なんだー! お前たち。元気がないな!!」
「こんな所を歩いて元気も何も無いだろ……」
「仕方のない奴らだ! よし。俺が良い話を聞かせてやろう! そうアレは俺がとある母息子を護る為に戦った時の事だ。俺は……あっ」
「あっ」
「大佐さん!!」
「駄目だ! アメリア!!」
私は道から足を踏み外してマグマの中に落ちてゆく大佐さんに手を伸ばすが、リアムさんに止められてしまう。
そして、大佐さんはどんどんマグマの中に飲み込まれて行き、最後は右手一本だけが見えている状態になってしまった。
「I'll be back」
「大佐さーん!!」
私はそのままリアムさんに抱えられ、道を駆け抜けた。
そして、広い場所にたどり着いてから、私はマグマの中をジッと見つめて、どこかに大佐さんが居ないかを探した。
しかし、居る訳が無い。
だってマグマだ。
山からあふれ出した時は、これに触れるだけで多くの人が命を落とした。
こんな大量に溜まった場所に落ちて助かる訳が無い。
「アメリアちゃん」
「姉ちゃん」
「いつまでもこうしてはいられん。進むぞ」
「……リアムさん」
「そうだな。俺も小僧の意見に賛成だ」
「そうですよね。いつまでも悲しんではいられませんよね……って!? 大佐さん!?」
「あぁ。いかにも俺は大佐だが」
私はリアムさんの後ろから現れた大佐さんを見て、思わず飛び出して抱きしめてしまった。
もう助からないと思っていた人が生きていたのだ。
当然だろう。
「うぉっ! ま、まぁ俺の妻は既に死別しているからな。ちなみに娘は可愛いぞ」
「誰も聞いてねぇよ。離れろアメリア」
「あの場所に落ちて無事だったんだな。アンタ」
「無事な物か! 見ろ。大事な髭が燃えてしまった!」
「……そうかい」
「亡き妻も好きだと言っていた髭が。ちなみにアメリアはどんな髭が好みだ?」
「すり寄って来るな。離れろオッサン」
「オッサンじゃない! アーノルドた・い・さ、だ!」
「そうかよ。まぁいいや。戻ってきたのなら、また案内してくれ」
「良いだろう」
こうして何ごとも無かったかの様に大佐はまた私たちを案内するべく歩き始めたのだった。
しかし、あのマグマが溜まった場所からそれほど時間を掛けずに、私たちは一つの大きな空間へとたどり着いた。
そこには大佐さんの様に、多くのドワーフさんがあちらこちらとせわしなく歩き回っており、何やら騒がしい様子だった。
「随分と賑やかだな」
「うむ。そうだな? 何かあったのだろうか。聞いてみよう。おい。シェパード。何があったんだ」
「おぉ。大佐。無事だったのか。何があったも何も。みんなアンタが居なくなったから探しにいこうってんで準備してるんだぞ?」
「そうなのか。だが俺はこの通り無事だ」
「そうらしいな。じゃあマーティンの奴にも知らせてくる」
「頼む」
私は駆けだしてゆくドワーフさんを見送りながら、慌ただしく動くドワーフさんをジッと見つめた。
始めてみる人たちだ。
多分種族としては精霊に近いのだろうと思う。
人間や獣人、魔族などの肉体を持つ種族はマグマの熱に耐えられないが、精霊ならば極端に生存が難しい環境でも魔力さえあれば生きてゆく事が出来るからだ。
「なんだ。アメリア。ドワーフがそんなに珍しいのか?」
「はい。そうですね。リアムさんは会った事があるのですか?」
「まぁな。街でそれなりに見かけるよ。まぁ、住処に来たのは初めてだが」
「俺も会った事あるぜ! 姉ちゃん!」
「あー。俺もあるな」
「私、もっ……、ごめん。アメリアお酒ちょうだい」
「お前は少しくらい自重しろ」
「体力が無い時は飲むのが一番なのよ。うっぷ」
「吐きそうになってんじゃねぇか」
フラフラになりながらもお酒を飲むキャロンさんに苦笑しながらも、私はキャロンさんに癒しの力を使う。
体力は回復出来ないが、これで酔っている気持ち悪さは無くなるはずだ。
「あー。ありがとね。アメリアー。二日酔いも楽になるわぁー」
「それは良かったです」
「おい。あんまりキャロンを甘やかすなよ。飲んで食って。ろくに動けやしない荷物を抱える趣味はねぇからな」
「うるさいわねぇー。良いでしょ。アメリアが癒してくれるんだから。ねぇー。アメリア」
「はい!」
「だからそれを甘やかしてるって言うんだ……ったく」
溜息を吐くリアムさんに軽く謝りながら、私はキャロンさんを癒す事に集中した。
そして、キャロンさんが元気になってきた頃、先ほど大佐と話していたドワーフのシェパードさんが戻ってきて、私たちに話しかける。
「そっちの人間は客か? アーノルド」
「そうだ。アメリアと愉快な仲間たちだ」
「まとめるな! 俺はリアム」
「フィンだ」
「カーネリアン!」
「きゃーろん、よ」
「あ、アメリアと申します」
「なるほどな。リアムと愉快な仲間たちか。覚えたぞ」
「覚えられてねぇだろうが!」
リアムさんは叫びながら、シェパードさんに言うが、シェパードさんはワハハと笑うだけだった。
「ちなみにアメリアはあのドラゴンと対等に話をしていたぞ」
「なるほどな。リアムと愉快な仲間たちではなく、アメリアと愉快な仲間たちか。覚えたぜ」
「誰か一人しか覚えられないのか? 覚える気が無いのか。どっちだ。どう考えても後者だと思うがな!」
「そうカッカするな。リアム。そうだ。シェパード。お前の伝説を話してやれ」
「ほぅ! 俺の伝説が知りたいか。なら、まずはマーティンの話から始める必要があるな。マーティンはな。かつて巨大な蛇を倒した事がある男なのさ。そいつは人喰い蛇なんてお前たち人間の間では呼ばれていたぞ。そして、俺はそこまで巨大ではないが、竜巻と共に襲ってきた大量の人喰い蛇を倒した男なのさ!」
「竜巻に、蛇? なんで?」
「知らん。おそらくは蛇が大量に生息している場所に竜巻が来てそれを巻き上げたのだろう。そして奴らは竜巻の中から俺たちドワーフを見つけると飛び出してきて、食らいついてくる。このままではいけないと俺は立ち上がったのさ。そして最後は黄金に輝く剣を使って、蛇共を真っ二つにしていった。というワケだな。そしてスネークネードを一度は撃退した俺だったが、なんと奴らは滅んでいなかった、二度目三度目と襲い来る奴らに俺は……」
そんなシェパードさんの話を私は面白く聞いていたのだが、リアムさん達は付き合っていられないとどこかへ行ってしまうのだった。