第36話『すぐ良くなりますからね。苦しいのも、痛いのも、もう終わりです。終わっても良いんですよ』
マルコさんと共に無事地上へ帰り、リアムさん達へ風の精霊と最上位契約を結んだという話をすると、リアムさんはやや呆れた様な表情をしながら私の頭を軽く三度叩いた。
そして、次なる精霊を求めて私たちはオークさん達に情報を聞く。
「ふむ。強い火の精霊が居る所か。なら、テナシア山脈の辺りにドワーフ共が住んでいてな。ソイツらなら何か知ってるかもしれん。奴らは火口近くで生活しているからな」
「わざわざありがとうございます」
「いや。構わん。色々と面白い話を聞かせて貰ったしな」
「来年もまた来ると良い。今度はマルコの船に乗りな」
「はい! その時は是非! では、マルコさん! またお会いしましょう!」
「……あぁ」
私たちはそれから草原を離れ、飛行機に乗った時い見えたドラゴンの多く住むという山へ向かう事にした。
オークさんの住んでいた草原を離れ、一日ほど歩いて、私たちは山の近くにある人間の村にたどり着いた。
その村の近くで大物の魔物を討伐したからか、私たちは村の人たちに歓迎され、倒した魔物の肉を共に食べながら宴会を行うのだった。
「いやー。まさか聖人様御一行だったとは! 長生きはするものですな!」
「これから闇を封じる為に世界の果てまで向かわれるのでしょう? 是非この村でゆっくりと休んでください」
「お肉も沢山食べて!」
「こらこら。これは聖人様に倒していただいた魔物の肉だろう?」
「あ、そうでした!」
「「ワハハハハハ」」
何とも賑やかな村の人たちに私たちは笑顔を返しながら、この場を楽しんでいた。
しかし、どんな時間にも終わりは来るもので。
すっかり夜も遅くなった時間に、宴会は終わりへと向かい、私たちは食後のお茶を頂いてのんびりとしているのであった。
「あまり、大きな村ではないモノですから。良い宿は用意出来ませんが、ゆるりと休んでください」
「いや。ありがたい。最近はずっと野宿だったからな。貸していただけけて感謝している」
「おぉ、それは大変でしたな」
「それが使命だからな」
いつも通り、ぶっきらぼうな態度で話すリアムさんだったが、村の長と思われる人は特に気にした様子も見せずニコニコと笑っているのだった。
しかし、そんな笑顔が不意に無表情へ変わる。
「あー。一つ言い忘れておりました。この村の外れに、小さな家があるのですが、そこには決して近づかぬよう」
「何かあるのか?」
「はい。それはそれは恐ろしい病にかかった娘がおります。両親はその恐ろしさからあの子供を捨てました。そして我らも同じ村に住むという事で、食料の援助等は行っておりますが、近づくだけで体を蝕むその病に我らはそれ以上何も出来ません。どうか聖人様方も決して近づかれぬよう、よろしくお願いいたします」
私は窓の外に目を向けながら、村の中がどうなっていたか考える。
そして、おそらく家があると思われる場所を頭の中に描いて、また視線を部屋の中に戻した。
「あぁ。了解した。俺たちは近づかん。お前らも良いな?」
「あぁ。女の子が苦しんでるってのは見過ごせないが、やるにしても封印の後だな」
「そういう事だ。分かったな? アメリア」
「はい! 分かっています!」
「……なら、良い。そういう訳だ。俺たちは近づかん。だが、旅が終わってからはその病を癒す方法を俺たちも探そう」
「おぉ……! 何と言う。心まで素晴らしい方々なのでしょう。オリヴィアもこれできっと救われます」
オリヴィアちゃんか。
私はその名前を心に刻み込んで、小さく頷いた。
そして夜遅く。
私はコッソリと宿を抜け出して、その家の前に来ていた。
のだが……。
「おい」
「ひぅっ!? り、りりり、リアムさん!?」
「あぁ。俺だ。ちなみに長も居る」
「これから何をしようというのですか?」
家の前に立つ私をジッと見つめるリアムさんと長さんに、私はごめんなさいと頭を下げながら家の中に突入した。
「聖人様! いけません!!」
そして、全身が濃すぎる魔力に晒される。
しかもここ数百年は感じていなかった闇の魔力。
魔王様の魔力だ。
「……だれ?」
「はじめまして。オリヴィアちゃん。私はアメリアと申します」
「あめりあ」
「はい」
家の中は暗く、どこに何かあるのかも分からない。
けれど、かつて闇の世界に生きていた私にとって闇の中は懐かしい故郷の様なものだ。
私は夜よりもなお暗い世界に一歩踏み出して、少女の元へと歩いていった。
ベッドの上で自分を護る様に両手で自分を抱きしめている少女を。
「なにしにきたの!?」
「私はオリヴィアちゃんの病気を治しに来ました」
「うそだ!」
「嘘じゃありませんよ。私は病気も治す事が出来ますから」
「そんな事言って、みんな私を見捨てた! お父さんもお母さんも、私の事、汚いって捨てた! それなのに……今更なんだ!」
「……」
「偉そうな事言って、触れもしない癖に!」
「これで、良いですか?」
「っ!?」
私は黒い痣の付いたオリヴィアちゃんの手を握った。
辛そうに震えているその手を。
「な、なんで……」
「っ」
「駄目! 離して! 移っちゃう!!」
「離しません」
私は意識を集中させて、自分の中にある治癒の力を呼び起こした。
そして、手から通じて、オリヴィアちゃんの手に、腕に、肩に、そして体に治癒の力を向けてゆく。
オリヴィアちゃんの体を蝕む闇の力は、治癒から逃げる様にオリヴィアちゃんの体から私の体に移ってゆくが、関係ない。
「駄目! お姉さん! 駄目!! 離して! お姉さんが死んじゃう!!」
「大丈夫。すぐ良くなりますからね。苦しいのも、痛いのも、もう終わりです。終わっても良いんですよ」
魔王様の魔力と見間違えるほどに強い闇の魔力は、耐性を持たない人間にとって毒と同じだ。
他の精霊の様に魔力を制御してくれる存在が居れば話は別だが、闇に精霊は居ない。
かつて闇の力を管理していた魔王様も今は封印されて動けない。
それは死病にもなると私は溜息を吐いた。
オリヴィアちゃんが闇の力に他の人より耐性があったから、命を落とす事は無かったものの、相当長い間苦しんだのだろう。
彼女の中にある憎しみや怒りが、闇の魔力をより強くしていた様だった。
しかし、それも今日終わる。
「あ……あぁ」
「これで全部ですね」
私はオリヴィアちゃんの体を全て癒し、自分の中にある闇の魔力を他の精霊の魔力で相殺する。
そして、この部屋にあった闇の魔力が消えたからか、伸ばした指の先さえ見えない様な暗闇は消え、窓から差し込む星と月の灯りが部屋を照らすのだった。
「……あなたは、だれ?」
「私はアメリア。アメリアと申します」
「アメリア……様」
オリヴィアちゃんは私の手を握って涙を流した。
今まで流していなかったのだろう。手から溢れてしまう程の大粒の涙だ。
「おぉ……! 奇跡だ」
「ったく。しょうがない奴だ」
「オリヴィアを救っていただき、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「礼なら、アメリアのアホに言え。俺は何もしていない」
「ありがとうございます! アメリア様。いえ、聖女アメリア様! 貴女こそまさに救世主だ!」
私はそのまま縋りつく様に泣き続けるオリヴィアちゃんを抱きしめながら、オリヴィアちゃんの家で一緒に眠るのだった。
どこかに置いてきた懐かしさを感じながら。