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第33話『まだ、彼らの願いは生きていたのですね』

オークさんの家に入り、目にしたのは木造の家と、その横に置いてあった一機の飛行機であった。


遥かな昔。世界がまだ暗闇の中にあった頃、雲の向こう側にある光を求めて、人が造り出した空を飛ぶ魔導具。


だが、多くの人の夢と希望を乗せたこの船は、結局空を飛ぶ事無く、果てのない戦火の中に消えていった。


私は懐かしさに胸の奥に生まれた苦しさを噛み締めながら、飛行機に触れる。


「まだ、彼らの願いは生きていたのですね」


子供の様な顔で、いつか空の向こうに連れて行ってやると笑っていた、あの人たちの笑顔を思い出して、涙が一筋流れる。


「アメリア」


「っ! あ、ごめんなさい。触れてはいけなかったのに」


「いや。良いんだ。お前は、コイツの事をよく知っているんだろう?」


「……はい」


「少し昔話をしようか」


ウィルバーさんは近くの椅子に座りながら遠い空の向こうを見て、瞳を閉じながらゆっくりと語り始めた。


とても懐かしい話を。


「あれは四百年ほど昔の話だ。俺たちは女神の奇跡により、魔物から知性を持った魔族へと姿を変え、この草原近くの洞窟で生活をしていた」


「あの頃は、まだ俺たちもこんな姿になって、色々な事が考えられる頭を手に入れて、どうすれば良いか戸惑っている頃だった。まぁ女神様もその辺りは教えてくれなかったからな」


「だから、俺たちは力を示す事にした。それが魔物の世界では常識だったからだ」


「俺たちと戦おうっていう奴らは魔物だろうが、獣人だろうが、人間だろうが気にせず戦ったよ。そうあるべきだと思ったし。どの道、あの頃の草原は争いが絶えなかったからな」


「しかし、そんなある日。草原に変な物が落ちてきた」


「そいつは空の上から黒い煙を出しながら、緩やかに俺たちの前に降りてくると、中から人間二人を吐き出した」


「それが、ソイツだ」


ウィルバーさんは飛行機を見ながら、懐かしい事を思い出す様に目を細めた。


「飛行機と呼ばれる魔導具に乗っていたその男たちは、一歩間違えれば命を落としていたかもしれない状況だったというのに、失敗した。失敗した。と笑いながらフラフラと歩いていた」


「その姿は、何と言えば良いか。こう……胸の奥がかき回される様な、感覚でな。今思えば、俺たちはあれを見た瞬間、強烈に惹きつけられていたんだと思う。その『生きている』とでも言うような姿に」


「俺はその当時も、今も変わらず生きてるってのにな。不思議なモンだ」


ウィルバーさんが深く息を吐いた時、木造の家で物音がした。


何だろうかと視線を向けると、大きな扉からウィルバーさんによく似たオークさんが出てくる。


「なんだ? 客か?」


「あぁ。飛行機の事を知ってるお客さんだ。オーヴィル」


「そうか……人間でも知っている奴は居るんだな」


オーヴィルさんはそんな風に呟きながら、ウィルバーさんの近くに座った。


そして、彼が座った事を確認してから、ウィルバーさんは先ほどの話の続きを語り始める。


「それでだ。今は居ないんだが、俺たちの一番下の弟であるマルコがな。人間たちと話してみたいと言って……俺もオーヴィルも何となくそれに頷いて、その人間たちを匿う事にした」


「それからの日常は嵐の時の空の様に変わっていったよ。俺たちは彼らの話す夢にのめり込んでいった。いつか空の向こうに居る女神様に会いに行くんだという彼らの途方もない夢にな」


「しかし、時間の流れは残酷だ。魔族である俺たちは長い時を生きるが、人間はそうじゃない。彼らはいつしか老いて、やがてその命を静かに閉じた。俺たちにこの魂を遺してな」


私はここに降り立ったという、おそらくは彼らの子孫を思って目を閉じた。


もっと早く私がここへ来ていれば、彼らに何か出来たのではないかと思う。


「……っ! ……だ!! ……に!!」


「ん? なんだ。外が騒がしいな」


オーヴィルさんの言葉に、私も何だろうと外へ目を向けて、何となく椅子を立ち上がった。


そして、一番外への出口に近かった事もあり、私が外へ行こうとして、不意に現れた何かに弾かれる。


「アメリア!!」


「っ! っと。なんだ? 子供、か?」


しかし、その外から入ってきた主に私は支えられ、何とか地面に寝る事なく助かったのであった。


「あなたは」


「俺はマルコって言うもんだ。ここに住んでる。お嬢ちゃんは?」


「私はアメリアです。ウィルバーさんに誘われて、家の中にお邪魔していました」


「兄貴に……? 人間を招待とは、中々珍しい事もあるもんだ」


その外からやってきた黒く丸い眼鏡を掛けたオークさんは、マルコと名乗って、そのまま私を抱えて家の中に入り、私を元々座っていた椅子に座らせてくれた。


「おぅ。マルコ。連中はどうだった?」


「準備万端って所だな。今度は負けねぇと息まいてたよ」


「相変わらず口ばかりデカい連中だ」


「ちげぇねぇ。ワハハハハハ!!!」


大きなお腹を抱えながら笑うマルコさんは、外側の壁近くに置いてあった木の箱から三本の瓶を取り出すと、お兄さん達に投げ、そして自分もその瓶を開けて中の飲み物を飲む。


「今度も優勝は俺たちだ!」


「おぉ!」


「腕の違いって奴を教えてやるぜ!!」


「な、なんだ……?」


先ほどまでのしんみりとした空気から、突然激しく盛り上がる様な空気に代わり、カー君が怯えた様な声を上げた。


私は椅子から立ち上がり、レーニちゃんとカー君を抱き寄せる。


「さて。話が途中だったな。アメリア。それから四百年経った今の話をしよう!! 俺たちは偉大なる男たちの名を貰い、マルコは男たちが話す最も勇敢だった男から名を貰った。そして俺たちは男たちの名を永遠のモノとする為、飛行機の改良を進め、現代まで繋げた」


私は風の魔術で二人を護りながら、自分もこれから吹いてくるであろう突風に耐える為、足に力を入れる。


そして、直後に私たちを拭き飛ばす様な突風が吹き荒れて、家を護っていた魔術やらテントやらが吹き飛んでいった。


「そして、今!! もはや空を目指す男たちは俺たちだけじゃない。この草原には、俺たちと同じ夢に魅せられた連中が集まり、いつしか、大いなる空の覇者を決めるレースが行われる様になった!!!」


「お、おぉー!」


カー君は驚きと歓喜が混じった様な声を上げ、私もまた草原のあらゆる場所に存在する大型の飛行機たちを見据える。


あの人たちの夢が繋がり、一つの形となった景色を目に焼きつけていた。


「うぉぉおお!! 始まりの風が吹いたァ!! 俺たちの戦いが始まるぞ!! 豚共ォ!!」


「お前も豚だろうが」


「こまけぇことは良いんだよ! 今度こそ俺たち、マンマ……む? むむむ? どういう事だ。豚のテントに可憐な人間のお嬢さんがいるじゃねぇか!!」


「っ!」


やや離れた所に居た、マルコさん達よりも大きなオークさんは私を見つけるとすごい勢いで突っ込んできた。


そして、目を覆うゴーグルの中から私をジッと見つめる。


「どこのどなたか。お名前をお聞きしても?」


「えと。はい。私はアメリアと申します」


「アメリア……何だろうか。妙に懐かしい気持ちになるお嬢さんだ」


「おいおい。モテな過ぎて遂に人間の子供にまで手を出す様になったのか?」


「黙れ!! これはそんなんじゃねぇ!! なんつーか。こう。魂に響く様な感覚なんだ。お前らには分からんのか?」


「……まぁ、分からんでも無いが」


「とにかくだ。お嬢さん。ここで会ったのも何かの縁だ。是非。俺の船に乗ってくれ。最高の景色を見せるぜ。だー! 返事なんか待ってられねぇ! 早速行こう!!」


「アメリア!!」


「おい! このバカ!!」


私は不意に現れたその大きなオークさんに抱きかかえられ、そのまま少し離れた所にあった黒い大きな飛行機に乗せられてしまう。


「ボス! どうしたんですか!?」


「え? なんだ。このお嬢ちゃん」


「ボス! この可愛い子は!」


「アメリア嬢だ! 傷つけんじゃねぇぞ!」


「ボス! 外からアメリアちゃんの名前を呼んでるチビッ子エルフが居ますが!?」


「何ィ!? アメリア嬢。あの子は」


「あ、お友達です」


「なるほど。じゃあ乗せろォ!!」


「えぇ!? 人間とは言え二人も増やすんですか!? 重量オーバーですよぉ!?」


「馬鹿野郎! お友達を置いてったら可哀想だろうが! それになアメリア嬢はハーピーの羽みたいに軽い! 問題はねぇ!!」


「無茶苦茶言うなぁ!」


「よーし。そろそろ二度目の風が吹くぞォ!! 開始の合図だァ!! 野郎ども! 飛行準備ィ!」


私は飛行機の中に飛び込んできたレーニちゃんを後ろから抱きかかえて、やや狭い飛行機の中で小さく固まった。


そして、飛行機の正面にある透明なガラスから向こうの景色を見て、呟く。


「来る」


直後、全てを吹き飛ばす様な風が吹き、飛行機はガタガタと大きな音を立てながら空へ飛び立つのだった。

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