第31話『……やりたい事。ですか』
全てが終わった後、私はリアムさん達にこっぴどく怒られた。
特にリアムさんの怒りは凄まじく、ユニコーンの様に魔力を当てるだけで怒りを収めてはくれないのだった。
そして、頭にそれはそれは痛い拳骨を受ける事になった。
「うぅ……まだ痛いです」
「アメリア可哀想。リアムは酷い奴だ。レーニが仕返ししてくる?」
「止めておいた方が良いぜ」
「フィンさん!」
「おっす。頭のたんこぶは治さないのかい?」
「はい。反省の為にも、痛みはちゃんと残しておきます。冷やしはしますけど」
「そっか。それは良い事だ」
フィンさんは穏やかに笑いながら、私の横に座った。
それが嫌だったのか反対側からレーニちゃんが私の体を引っ張り、ピッタリとくっつく。
まるで子供みたいなその仕草に私は笑ってしまった。
「なに?」
「いいえ。レーニちゃんは可愛いなと思いまして」
「え? そう? レーニ。可愛い?」
「はい」
「そっか。えへへ」
嬉しそうにはにかんで、私の足の上でゴロゴロと寝始めたレーニちゃんの頭を撫でつつ、私はフィンさんに視線を向けた。
「リアムさんはまだ怒ってましたか?」
「そりゃあもう。激怒も激怒。宴会だってのに、近づく奴が誰も居ないぜ」
「それは申し訳ない事をしました。次からはもっと上手くやりますね」
「違うだろ」
フィンさんは私のデコを人差し指でピンと弾くと、やや真剣な表情で口を開いた。
私は足の上で暴れるレーニちゃんを撫でて落ち着かせながら、フィンさんの話を聞く。
「アメリアちゃんが駄目だった所は俺たちを頼らなかった事だ。世界の危機だってんで気負ってるのかもしれないけどさ。命を張るのは大人の役目だ。アメリアちゃんはもっと気楽に、旅行気分で良いんだぜ?」
「旅行気分……ですか。考えた事も無かったです」
「そう。例えばそうだな。アメリアちゃんはどっか行ってみたい所とか、やってみたい事は無いか?」
「うーん。うーん。ちょっと思いつかないです」
「なら、少しずつ探していこう。君はまだ子供だ。それが許される年齢だろう? 大人には大人の。子供には子供の役割があるんだ。無理して背伸びする必要は無いさ。それよりもだ。もっと自分のやりたい事を優先しても良いんだぜ」
「……やりたい事。ですか」
「そう。アメリアちゃんが心から望む事さ」
私はフィンさんの言葉を自分の中で溶かしながら、目を閉じて大きく息を吸って、吐いた。
そして目を開き、昨日よりやや欠けた月を見上げながら、今度は小さく息を吐く。
「私の心から、望むもの。うん。考えておきますね」
心に浮かんだ。微かな気持ち。願い。私はまだ小さなそれを抱きしめて、フィンさんに笑いかけるのだった。
翌日。
私たちは陰魔の里を後にして、森の先にある草原を目指して進む事にした。
別れの時には陰魔の皆さんがわざわざ見送りに来てくれて、何だかんだと一晩騒いでからそれなりに仲良くなったのか、エルフの方々も一緒に見送りしてくれるのだった。
レーニちゃんはと言えば、私たちだけで旅をするのは心配だと付いてくる事になり、今は私と手を繋ぎながら笑顔で歩いていた。
「しっかし。はた迷惑な奴らだったわね」
「ロクな連中じゃないな。淫魔もエルフも」
「そう言うなって。何だかんだと面白い連中だったじゃないか」
「世界の危機にふざけてる神経が気に入らん」
先頭を歩くリアムさんはいつもと変わらない姿で、ズンズンと進んでおり、その横を歩くキャロンさんもいつも通りだ。
しかし、私は昨日から全然リアムさんと話をしていない。
このままという訳にはいかないだろう。
私は足を止めて、リアムさんを呼んだ。
「リアムさん!」
「あァ? なんだ。アメリア」
そしてリアムさんも私の声に足を止めると、こちらを振り向いて威嚇する様な言葉を放つ。
ギロリという音が付きそうな程、鋭い目で私を見据えるリアムさんは、思わず逃げ出したくなるほどに怖かったけれど、私は勇気を振り絞った。
「あの、ごめんなさい!」
「……」
「昨日は無茶をしてしまい。申し訳ございません。リアムさん達にも心配を掛けてしまいました」
「……反省してるのか?」
「それはもう」
なんといっても今回は流石に雑過ぎた。行き当たりばったりだったし。
あんな杜撰な作戦では、一人でやるなと怒られても仕方ないだろう。
やるからには確実に、だ。
「はぁ。分かった。今回だけだ。今回だけな」
「はい」
「次やらかしたら、お前の家に縛り付けてやるからな」
「分かりました!」
「相変わらず、返事は良いんだがな」
リアムさんは溜息を吐きながら前を向いて歩き始めた。
先ほどよりも進む速度が緩やかになった様な気がする。
「ふふ」
「アメリア。ご機嫌?」
「はい。とっても」
「そっか。ならレーニも嬉しい」
レーニちゃんと手を繋ぎながら歩き、ちょっと大きな町に着いてからは、キャロンさんとレーニちゃんを連れて三人でお茶と甘い物を食べに行った。
本当はリアムさん達も誘いたかったのだけれど、リアムさんとフィンさんは甘い物が苦手だと言うし。
カー君は恥ずかしいからと拒否されてしまった。
実に悲しい事だ。
そして町を巡り、人を癒して、困っている人の手助けをする。
また別の小さな村に着いては、魔物を退治して、壊された建物や壁を直し、人も癒す。
実に充実した旅だ。
出会ってきた人たちの笑顔を受けて、まだこの世界は生きているんだという実感が持てる。
かつて、出会ってきた人間の王たちが求めてきた物が何だったのか分かる様な気がした。
そして、私たちは長い旅を続け、ようやく南東にある大きな大きな草原にたどり着いた。
地平線の果てまで続くその場所は足元に広がる緑の世界がどこまでも続き、風が強く吹き抜ける世界だった。
どこか懐かしい様な気持ちにさせるのは、この場所から見える景色が心に刺さるからか。
もしくは、果てしない空の向こうに光る陽の陰りが、懐かしい世界を思わせるからか。
「うーん! 広いですねぇ!」
「アメリア。勝手に走り出すんじゃねぇぞ」
「大丈夫です! 私はちゃんとここに居ますよ!」
私は両手を広げて、全身で風を受ける。
耳元で聞こえてくる風の声は、精霊の歌声が混ざり、空の果てに飛んでいる様な気分にさせた。
「ラー。ララー。ラー。ララ。ラララ」
「……」
軽い足取りで草原の中を歩きながら、いつか聞いたメロディーを奏でる。
あれはどこの国で聞いた歌だっただろうか。
あぁ、そうだ。どこまでも果てしない世界を駆ける、流浪の民の歌だったと思う。
「アメリア?」
昼と夜が同居する世界で、私は閉じていた瞼を開き、少し離れた場所に居るリアムさん達を見た。
彼らは陽の光を背にしながら、呆然と私を見ており、私は夜の世界に足を踏み入れている。
あぁ。そうか。
この歌は、あの人が奏でていた歌だったんだ。
王様の奥さんが、友として一緒に過ごしていた私の為に奏でてくれた故郷の歌だ。
『世界はまだ、闇の中にいる。いつかこの世界にも光が満ちるのかもしれない。そんな日が来れば、貴女とあの人と共にこの世界を見て回りたいわね。貴女に、故郷の世界を見せたいわ。どこまでも広がる果てのない美しき世界を』
「……ここが、そうだったんですね。ドルマ―」
私は記憶の底に沈んでいたかつての友を思い出し、黒と蒼の入り混じった空を見上げて涙した。
「この景色を、私は決して忘れませんよ」




