第29話『そうみたいですね。酷い状態になってます。みんな傷つけあって』
それは、よく分からない争いだった。
かつて世界が暗黒に包まれていた時、様々な勢力が争っていた時の様に、私たちと陰魔の勢力が森を舞台にして争っている。
ただし……その内容は私が知っている様な血生臭い物では無かった。
「はぁー? 恋から始まって? デートして、二人の気持ちを確かめ合って? 初めてのセッ〇ス? 随分と気が長いんだなぁ。陰魔ってのは! カビが生えるんじゃないのか? だからお前らはいつまで経っても陰魔なんだよ!」
「な、なにを! 人間はな! お前らエルフみたいに、ビッ〇じゃ無いんだ!」
「ハッ! お花畑みたいな妄想をまき散らして、いっそ哀れだな! んー。なら見せてもらおうか。お前らの妄想をさ。ふっ、コイツか」
「や、止めろー!! ソイツは私の傑作!」
「ふぅん。花屋の娘が騎士と恋仲になる話しか。ふふ。ふははは!! 一つ面白い話を聞かせてやろう。ある町の花屋の話だ。その花屋の娘はある騎士に恋をしていたそうだ。そして騎士もまた同じ様に花屋の娘に恋をしていた」
「素敵な話じゃないか! 素晴らしい未来が待っているに違いない」
「まぁ、焦るな。それでな。ある日騎士が遠征に行ったんだが、その時に町の支配者である貴族の息子が花屋の娘に近づいた」
「な、なに……?」
「貴族の息子も花屋の娘に恋をしていた訳だなぁ。しかし、いつまでも奥手で告白すら出来なかった情けない騎士とは違い、この貴族の息子は花屋の店主に近づき、娘を自分の妻として差し出す様に言った。しかし、店主は拒否した。娘の想いを知っていたんだなぁ。そこで、貴族の息子は花屋の娘の部屋に押し入り、娘を襲ったのさ!」
「うっ、うぅ……なんてことを」
「傷物となった娘はもはや騎士には嫁げぬ、しかもこれ以上抵抗すれば両親は罪人として裁かれる。悩んだ末に娘は貴族の息子に嫁ぐ事にした」
「お、オエー。オロロロロ」
「しかし、貴族の息子は確かに娘を愛しており、娘もその愛に応えて、子供たちを愛したという。どうかね? 体の関係から始まる恋愛もあるのだよ。ちなみに貴族の夫婦は生涯互いを愛して過ごした様だぞ?」
「ぐぇええええ。うぇっ、ウェエエエエ」
「ワッハッハ。どうした。お前の愛はそんな物か? うん?」
酷い。惨い。怖い。
相手の好きな事を全力で否定して、踏みつけて、笑っている。
エルフとは恐ろしい方々の集まりだったようだ。
「アメリア。向こうは大丈夫そう。いっぱいエルフも応援に来たし」
「そうみたいですね。酷い状態になってます。みんな傷つけあって」
「アメリアの体の所へ急ごう」
「そうですね。レーニちゃん」
私は激しく争いを続ける陰魔さんとエルフさんを横目に見ながら、レーニちゃんに抱きかかえられて陰魔さんの里の中を走る。
しかし、どうやら陰魔さんの中でもエルフさんに対抗できる者もいるらしく、里の奥へと進むと、エルフさんを逆に倒している陰魔さんも居るのだった。
「ふ。聞いたことがあるぞ。エルフ。貴様らはビッ〇のフリをして、とんだロマンチストだと」
「な、なに!?」
「貴様らには運命の相手が居るんだろう? 魂で繋がった運命の相手が、だからこそ色狂いなフリをしながら、その相手を探している。素晴らしい事じゃないか。だが、考えた事はあるのか? お前のその行動で運命の相手とやらが、お前に対して疑いを持つ可能性をな」
「疑いだと!?」
「そうさ。浮気だよ。浮気」
「私はその様な事はしない! 運命の相手が見つかったのなら、後は運命の相手だけを……」
「甘い!!」
「うっ」
「その様な考えなど相手には通じない! 故にお前の運命の相手はこう考えるだろう。『相手も浮気してるし。私も少しくらい良いかな』とな」
「ぐわぁぁあああ!!!」
「『一晩くらい。だってあの人も、私以外の人と寝てるんだもんね』」
「ぐぅぅううううう!!」
「これで終わりだ!! 『あのね。私のお腹にね。あなた以外の子供がいるの』」
「うわぁぁぁああああ!!」
「ふっ。愛とは口ではなく行動で示すものだ。いつまでも貴様らエロフの好き勝手にされてたまるか!」
大きなダメージを受けて倒れてしまったエルフの方を足で踏みつけ、高笑いしている陰魔さんと、そんな陰魔さんに襲い掛かるエルフさんに隠れながらレーニちゃんは奥へと進む。
そして、私たちは遂に陰魔の里の最奥にある祭壇の様な場所にあった私を見つけるのだった。
「見つけた! これで」
「これで、完全な姫様が手に入るという訳だ」
「っ!?」
その突然現れた何かは、レーニちゃんを弾き飛ばし、私をレーニちゃんの手の中から奪い取った。
そして、私の体の前に移動して高笑いをする。
「ふはははは!! 感謝するぞ。小さなエルフよ。抜け殻であった姫様の魂をわざわざ運んでくれるとはな!」
私は陰魔さんの手の中で、レーニちゃんに手を伸ばすが、陰魔さんは私をしっかりと捕まえていた為、逃げる事は出来なかった。
しかし、こうなる事は既に予測済みだ。
こうなる事は容易く予測されたからこそ、私たちはレーニちゃんと私を囮にして、本命であるリアムさん達にこの瞬間を狙わせたのだから。
そして、リアムさん、フィンさん、カー君、キャロンさんが、聖人の証の力を使って、私を捕まえている陰魔さんに仕掛けた。
「っ!? なにぃ!? ぐはっ!!」
「これで……終わりだ!!」
「こんな事もあろうかと!! 用意しておりましたァ!!」
「っ!?」
陰魔さんの完全な隙を突いて仕掛けられた攻撃は、確かに陰魔さんを倒した。
しかし、その手から逃れた私は、別の陰魔さんに捕まってしまう。
さらに籠の様な物に放り込まれ、地面に強く叩きつけられた。
「きゃあ!」
「アメリア!!」
「おっとぉ。それ以上動くな。姫様を傷つけたくはないだろう?」
私が悲鳴なんて上げてしまったせいで、リアムさん達は武器を握ったまま動きを止めてしまった。
申し訳ない気持ちだ。
私は籠の中から上を見上げて、どんな陰魔さんがそこに居るのかを確かめた。
その淫魔さんは、最後に私たちを捕まえようとした淫魔さんで、確か名前はロージさんという陰魔さんだった筈だ。
そして、ずっと姿が見えていなかったが、地面に倒れているレーニちゃんを踏みつける様にして現れたのは、陰魔さんの里で私たちと話をしていたもう片方……イシュラさんという方だった。
「さてさて。これで侵入者は全てでしょうか。ふふ。姫様は本当に可愛らしい御方ですね。自分を囮にすれば私たちを騙せると思ったのでしょうけど」
「逆に怪しいんだよなぁ。姫様の護衛がこんな小さなエルフだけなんてあり得ない!」
「そうね。こんなチビガキだけなんてね!」
「っ!」
「止めて下さい! レーニちゃんに酷い事をしないで下さい!」
「それは姫様の態度次第ですよ。ふふ。コレにもいい使い道があるという訳ですね。あぁ、これからの日々が楽しみだわ!!」
イシュラさんは笑いながらレーニちゃんを足蹴にしていた。
私は、先ほどまでの言い争いとは違い、実際に傷つける様な行動に陰魔さん達が出た事で、私はこの戦いを戦争なのだと正しく認識した。
戦争だというのなら、何でもアリという事だ。
私は息を大きく吸い込んで、森のどこかに居るであろう存在に呼びかける。
「ユニコォォォォオオオオオン!!!」
伝説の神獣を。
全ての争いを終わらせるために、この地へ呼び寄せるのだ。




