第28話『むぎゅ、むぎゅ、むぎゅ』
深い、深い眠りの中に落ちていた私は、頬を叩かれる様な感触に目を覚ました。
「ん? ふぁああ。朝ですか?」
「何を寝ぼけてやがる」
「ふぇ?」
パチパチと目を開き、閉じるのを繰り返すと、目の前には巨大なリアムさんが怒った様な悲しそうな顔をして私を覗き込んでいる。
そのまま視線を横に動かしてゆくと、フィンさん、カー君、キャロンさん……そしていつかの時に会ったエルフさん達が居た。
「アメリア! 起きたの!?」
「レーニちゃん?」
そしてリアムさんの影から現れたレーニちゃんが私をリアムさんから奪い取って、手のひらの上に乗せて、ポロポロと溺れそうな程大粒の涙を流して喜んだ。
「良かった。目を覚ましてくれて」
やや激しい涙の雨を手で防ぎながら、私は頬を寄せてくるレーニちゃんを手でどかしつつリアムさんに尋ねた。
「今、どういう状況なんでしょうか? 状況が知りたいです」
「俺たちが聞きたいくらいだ。あの淫魔共の里で意識を失って、気が付いたら水の中に叩き込まれてた。それで、お前は小さくなってて近くに落ちてたってのが俺らの分かってる事だ」
「リアムさんやフィンさん。カー君やキャロンさんは何も異常は無いのですか?」
「あぁ。全員問題ない」
「良かったです。では、今度は陰魔さんの里を避けて行かないと駄目ですね。少し遠回りして行きましょうか」
「何言ってんだお前」
「え?」
「そうだよ。アメリアちゃん。一人無事じゃない人が居るでしょ?」
「一人……?」
私は周囲を見渡しながら無事じゃない人を探すが、どこにもそんな人は居なかった。
首を傾げながら考える。
が、やはり答えは出なかった。
しかし、そんな私に対して、私の目の前にいる全員が私を指さして声を揃えながら叫ぶのだった。
「アメリアだろ!!」
声自体はリアムさんの声が大きくて、他はぼんやりとしか聞こえなかったが、確かに聞こえた。
全員が私の事を言っている。
「あ、なるほど。私が水の精霊と最上位契約しているから心配しているんですね? 大丈夫です。この姿になっても、ちゃんと魔術は使えますよ」
私はレーニちゃんの手のひらの上に立ちながら水の魔術を使う。
そして、威力を高めながら空へと打ち出した。
水の塊は上空で破裂し、大雨を周囲に振らせる。
これだけの力を出せるのであれば、問題ないだろう。
と、私は思っていたのだけれど……リアムさん達の顔はどこか怒っている様な雰囲気を滲ませていた。
「バカが……おい。レーニとかって言ったか」
「何?」
「アメリアの事を頼む。俺たちは「嫌だ」あァ!?」
「陰魔の奴ら。アメリアに酷い事した。レーニが全員倒す」
「まぁまぁ落ち着きたまえよ。レーニも。リアム君もね。慌てていては見えない石に躓く事になる。そうだろう?」
「なんだテメェ」
「僕かい? 僕は愛の伝道師さ。普段は寂しがりな女の子を喜ばせているよ」
リアムさんは急に現れたその人に、不快そうな顔をして、レーニちゃんは私を柔らかく抱きしめながら遠ざけた。
そして以前お会いしたエルフの長は、大きなため息を吐きながら口を開く。
「コイツは気にしないでくれ。頭がおかしいんだ。ただ、戦力にはなる。淫魔と全面戦争をするなら戦力は多い方が良いだろう」
「おいおい酷い言いようだな。僕はみんなを幸せにしてるんだよ?」
「黙ってろ。お前が口を開くとエルフの品位が下がる。またエロフに戻りたいのか」
「やれやれ。手厳しいな。この汚名は、アメリアちゃんを見事救い出す事で返上してみせよう。僕の活躍を見ていてくれ。アメリアちゃん」
「は、はい」
「おぅ。なんて可愛らしいんだ。素晴らしいね。レーニ。君が居ない時は僕が彼女の孤独を埋めても?」
「アメリアに近寄るな。ゴミ」
「んー。レーニ。君の罵倒も良いね。興奮するよ」
「消えろ」
レーニちゃんは今までに見た事が無い程冷たい顔で、そのエルフさんを遠ざけながらリアムさん達の近くに移動した。
そして、リアムさんはレーニちゃんを庇う様に前に出る。
もうこんなに仲良くなっていたとは……!
「とにかくだ。このままって訳にはいかない。アメリアの体を取り返す。こんな! チビになって! 世界の果てを目指すなんて不可能だからな!」
「むぎゅ、むぎゅ、むぎゅ。もう! リアムさん! 私で遊ばないでください」
「アメリア。かわいそう。よしよし」
私の頭を指で上から押さえつけながら、フィンさん達に語り掛けるリアムさんに抗議するが、リアムさんは私の言葉など聞こえていないとばかりに話を続けた。
「だが、奴らは危険だ。少なくとも正面から挑めば同じ結果にしかならんだろう。最悪はこのチビすら居なくなる。故に、作戦を立てる必要がある」
「それは分かるけどよ。結局何がどうなって俺らは倒れたんだ? 霧が出て来て、気が付いたら倒れてたんだが」
「麻酔毒。と陰魔の方々は言っておりました」
「ふむ。麻酔毒か。それは厄介な物を使っているな。陰魔は」
「知ってるのか?」
「あぁ。勿論だ。これでも私はエルフの長をやっているからな。植物には詳しいよ。おそらく使われたのは永眠草だ。永遠に眠る草。なんて洒落にもならないものだが。真実ヤバイ草なんだ。コイツは。人間の間じゃあ人喰い草なんて名前で呼ばれてたんじゃ無かったか?」
「アイツか」
「知ってるのか。カーネリアン」
「あぁ。昔父ちゃんによく覚えとけって絵と一緒に見せられたよ。コイツには絶対に近づくなって」
「ほー。それは素晴らしい。私たちも正確な姿は知らないからな。では君を頼りにして、陰キャ共の罠を突破するとしよう」
「あぁ。任せてくれ」
力強く頷くカー君に、私たちは全員で頷いて拳を合わせた。
私は小さすぎて合わせる事が出来なかったけど、レーニちゃんが人差し指で私の拳に合わせてくれる。
そして、私たちは再び陰魔さんの森を目指す事となったのだった。
夜。
私はレーニちゃんと一緒にみんなが居る火の傍から離れて、近くにあった小さな湖の傍に来ていた。
遠くからはリアムさん達の楽しそうな声が聞こえるが、ここは私とレーニちゃんが出す音しか聞こえない。
「わぁー。見て下さい。レーニちゃん。月が綺麗ですよ」
「うん。ほんと」
「こうして月を見ていると、ぐわーっと元気が出てきますね!」
「うん。ほんと」
ニコニコとレーニちゃんに話しかけながら私も笑う。
レーニちゃんはあんまり感情を出すのが得意では無いようだけど、楽しんでいる様に見えた。
「こんな夜には歌でも歌いたくなりますね」
「うた……」
「レーニちゃんは歌がお嫌いですか?」
「ううん。でも、レーニは下手だから」
「ダイジョーブですよ。ここには私しか居ません! それに私も大した歌は歌えませんから」
「……でも、ごめん」
「あぁっ! いえいえ。大丈夫ですよ。歌いたくないのに、無理して歌う必要はありません! ですが、こうして話を持ち掛けた以上、私が歌いますねー! へいっ! へいっ!」
「ふふ。アメリア。おかしい」
レーニちゃんの広げた手のひらの上で、私は踊りながら即興の歌を歌う。
そして、踊りつかれてからは、手のひらの上に座りながらレーニちゃんと一緒に月を眺めた。
本当に良い夜だ。
昔、ジーナと一緒に見た月を思い出す。
楽しかった家族との日々を、思い出す。
「いつか、あの月の向こう側へ行く事が出来たら」
「アメリア……?」
私はレーニちゃんの手の上で立ち上がり、振り返りながら問うた。
「レーニちゃんは月が好きですか?」
「え? うん。嫌いじゃない。あ、いや……好き」
「そうですか。では、いつまでも月が輝くと良いですね。いつまでも……」
私は空を見上げながら願いを口にする。
いつかと同じ願いを。




