第25話『ただ、お話をしたいなと考えているのです』
困った。
非情に困った事になった。
「ふ、ふひ、ふひひ。本物、本物だ。本物のお姫様だ。ふひ。ふひひ。お人形じゃ無いぞ」
「えと」
「っ!? ひゃ、な、なんだ? お、おおおおお、お前ぇ!?」
「あー。いえ。何でもありませんよ」
どうしよう。
私は思わず頭を抱えたくなったが、おそらく私が動けば、目の前の少女は再び動揺してまともに言葉も話せなくなるだろう。
なら、このままで居るべきなのだけれど、ずっとこのままという訳にもいかないのだ。
「あの」
「ひゃい!!? な、ななななななに!? わた、わた、私を、食べるつもりね!?」
「いえ。その様な事はしません。ただ、お話をしたいなと考えているのです」
「お話ィ!? 私の事が好きになったって事!? 私と生涯共に暮らしたいって事!? 私と同じ墓で眠りたいって事ォォオオ!?」
「そこまでは言ってません」
「同じ事でしょォ!? お話するって事は! 結婚するって事でしょ!!」
「まぁ、確かに恋愛とはお話から始まる物ではあると思いますが」
「やっぱり!! やっぱりそうなんだ!! お話に出てくるお姫様みたいな姿して、ジメジメした陰魔のことが好きなんだ!? だからわざわざ私の家の前に来て!? 本当はずっと好きだったって事ォ!? どっかで私の事を見つけて、それで、ずっと私の事を考えてたんだ!! そうなんだ!! しょ、しょ、しょうがないな!? 私ってば本当はキラキラした王子様とお姫様の恋愛見るのが好きだったけど、私の事が好きだって言うんなら、しょうがないな!! だって好きなんだもんね!? その気持ちは誰にも止められないもんね!! あー!! あー、あぁぁああああ!!」
うーん。困った。
どうしてこうなったんだろう。
私は、意識を半分くらい飛ばしながら、こうなった経緯を考えていた。
が、特にそこまで深く考える事は無い。
ただ、空を飛ぶオークさんが居るという南東の草原地帯に行こうとして、その途中にある獣人の森へ入ったら、道を間違えてしまい、リアムさん達とはぐれて、気が付けば陰魔さんの家の前に居たのだ。
そしてリアムさん達と合流しようと家の扉をノックしたら……これだ。
突然中から伸びてきた手に引き込まれて、椅子に座らされ、目の前で陰魔さんがずっと暴走し続けている。
この状況をどうすれば良いのか。私にはもう答えが分からなくなっていた。
「陰魔さん」
「マーセ!!」
「あー。マーセさん」
「なぁに!? 私のお姫様! あれ? この場合だと私が王子様になるの!? どうしよう。私、王子様なんてやった事ない! どうすれば良いの!? でもお姫様にリードされる王子様なんて私の理想じゃない!! そう! 王子様は格好良くて完璧でいつだってお姫様を導いていて……」
「あの。まず訂正したいんですが、私、お姫様じゃありません」
「嘘だ!!!!!」
マーセさんの声の勢いで、家が揺れ、外で鳥が飛び去って行く音が聞こえた。
「ど、どどどどどうしてそんな嘘を吐くのかなぁ! カナカナカナァ!」
「いえ。嘘ではなくて、ですね」
「うしょだ!! だって、そんなに綺麗でお姫様じゃなかったらなんだっていうの!? 生まれた瞬間からプリンセスフォームで生まれてきたみたいな見た目してぇ! レインボーバーストしながら産声を上げたんでしょぉおお!?」
「お待ちなさい! マーセ!」
「この声は! お姉様!!」
どこから聞こえてきた声に、私はその声がしているであろう方へ目を向けると、怪しげな仮面を付けた人が腕を組みながらやたら大きな窓の向こうに立っていた。
窓はおそらく勝手に開かれている。
「生まれた時からプリンセスな方なんて居ないわ! 皆、絶望を抱えながらも希望と共に夢を追いかけて本当のプリンセスになるハズよ!! つまり、彼女もそうなのだわ!」
新しく現れた陰魔さんは、やや高い窓を乗り越えて中に入ろうとしたが、足を引っかけてしまい部屋の中に転びそうになってしまった。
私は咄嗟に風の魔術を使って移動して、その新しく現れた陰魔さんを支える。
「っ!!!?」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、貴女は、もしや私のお姉様?」
「え?」
「そんな! お姉様のお姉様だなんて、薔薇さまだと言うの!? では、お姉様は」
「私は薔薇のつぼみという事になるわ。そしてマーセ! 貴女は薔薇のつぼみの妹よ!!」
「なんて事!! 私、まだまだお姉様方から遠い存在だったのですね!?」
「いいえ。そんな事ないわ。マーセ。貴女もいずれ一輪の薔薇になるのですから」
「お姉様!!」
なんだこれ?
もうここまで来ると彼女たちが何を話しているのかさえ分からない。
完全に置いてきぼりである。
しかし、長い間見てなかった間に陰魔さん達も独特の文化を築いているんだなと感慨深い気持ちになる。
楽しそうだし。
多分良い事なんだろう。
「ところでマーセ。そちらの方はどなたですか?」
「えと、お姫様です!」
「お姫様って……まさか貴女! 妄想を拗らせすぎて、遂に攫ってきてしまったの!?」
「そんな事する訳無いじゃないですか!! エルフ共じゃあるまいし!」
「そうよね。エルフじゃないですし」
「いえ。あの。実はですね。私旅をしているのですが、道に迷ってしまいまして、それでマーセさんの家にたどり着いたんです」
「まぁ。そうでしたの。この辺りは複雑ですからね。仕方ありませんわ。ところで差支えがなければ、どの様な旅をされているかお聞きしても?」
「はい。実は世界の果てで力を増している闇の力を封印する為に旅をしております」
「まぁ! それは大変。ですが、大切な使命ですね。再び闇の時代が帰ってきては我々も、こうして趣味に生きる事も出来なくなりますから」
陰魔さんはうんうんと頷きながら理解を示してくれた。
そして、そんな陰魔さんに安堵しながら、私は一応証拠にと手袋を外し手の甲を見せる。
「これがその聖人の証で」
「聖人の!!! 証!!!? え!? という事は今の話は本当に!!? 本当の本当!!?」
「え?」
「お、おおおお、おねおね、お姉様!? 聖人の証ですよ! 聖人の証!!」
「お、おおおち、おちおち、落ち着きなさいマーセ」
「いえ。二人とも落ち着いてください」
「この時がいつかは来ると私は信じておりました!! お姉様!!」
「まさか、貴女!」
「はい!! 神話にあったマフラーと体操着は既に準備済みです! お姉様の分もありますよ!!」
「なんて……なんて素晴らしい妹なの? 貴女は私の誇りです」
「い、いえ。その様な事は」
あぁ、と私は遠くを見ながら暴走を始める陰魔の二人を見つめた。
きっと彼女たちの暴走は止まらず、また私は見ているだけになるのだろうと。
「さぁ、お姉様!! こちらを!」
「良くってよ!!」
「一つ一つは! 小さな火ですが!!」
「二つ合わせれば炎ですわ!!」
「「炎となった、私たちは無敵!!」」
「さぁ、危険な魔物たちの巣へ向かいましょう! 聖人がここへ来たという事はこれは私たちの出番が来たという事!!」
「星の海と見間違える様な大量の魔物を倒し! お姉様が使命を果たす為の道を切り開きます!!」
「魔力の準備はよろしくて? マーセ」
「はい! いつでも大技を放つ事が出来ます!!」
「素晴らしいわ!!」
私はバッグから水筒を取り出して、新鮮な水を一杯飲んだ。
そして、ふぅ。と息を吐いて窓から空を見る。
遠い遠い空の向こうでは白い雲が呑気に流れていた。




