第22話『皆さんは、子供が欲しかったという話ですか?』
エルフは、森の民として生涯を森の中で生きる清廉な種族である。
その為、欲に溺れた人を嫌っており、近づく事さえも許さないという。
「話だったと、私は聞いたのですが」
「うんうん。イメージアップ作戦成功だな」
「最近になって覗きに来る奴が増えたからな。やはりこの作戦は正しかったという事だ。流石は長」
「そんなに褒めるな。照れる」
私とキャロンさんは何だかんだあり、エルフさん達に囲まれながら水浴びをしていた。
そして、この湖にエルフさん達が来ている本当の理由を知ったのである。
「つまりだな。退屈だったんだよ」
「退屈、ですか?」
「そう。退屈だ。エルフはほぼ永遠に生きる種族なのだが、永遠というのは退屈なものだ。何せ森には娯楽がない。弓で遊ぶのも良いが、極めればただの作業。森で植物を育てるのも良いが、アイツらは気が長すぎる。成長するまで結局待つのだから退屈だ」
「はぁ」
「そこで、我らは考えた。どうにかこの退屈を紛らわせる術は無いかと。そしてある名案を思いついたんだ」
長と呼ばれたエルフさんが体を一切隠さずに水から立ち上がった。
空から差し込む光にその全身が照らされ、輝いている。
「そうだ! セッ〇スをしよう! と」
私は全てが聞こえる前に、キャロンさんに耳を塞がれてしまった為、全部を聞くことが出来なかった。
しかし、何となく想像は出来る。
要は繁殖行動をしようとしたという訳だ。
「皆さんは、子供が欲しかったという話ですか?」
「いや? 私と人間の間に子供は出来ないよ。私らはこうして人の様な見た目をしているが精霊に近い存在だ。似たような物を持っていたとしてもそれが機能する事はない。そもそも私たちの子供は大樹から生まれるからね」
「なるほど? では、何故……」
「気持ちいいからに決まってるだろうが!」
「はぁ」
私は首を傾げながら、エルフの長が話す話に耳を傾ける。
キャロンさんは酷く嫌がっていたが、一応話は聞かないと、話しかけた以上申し訳ないと思うのだ。
「しかも人は短い生涯で様々な特殊プレイを思いつくというじゃないか!」
「プレイとか言わないでよ! 子供が聞いてるのよ!?」
「む? これは失礼。行為。行為だな。行為と言おう。背徳的行為だ」
「どっちも同じでしょうが! さっきから黙って聞いてれば! この変態エルフ……いやエロフ!」
「な、なんて名前で私たちを呼ぶんだ」
「な、何よ! 本当の事でしょ!」
「……くっ、少し感じてしまったぞ」
「黙れ!!! その口、二度と開くな!!」
キャロンさんは怒りながら、私の耳を塞ぎ、エルフたちを怒鳴りつけていた。
恐ろしい表情だった。
「そもそも、んなヤリたいんだったら町にでも行けば良いでしょ。その辺に男なんて転がってるわ」
「それでは駄目なのだ! 君たち人間は、迫られる事に弱い!」
「は?」
「私たちは長い時間を生きてきたと言っただろう。その経験から語るが、人間というのは迫られる事に弱い! 私たちが人間好みに魔力を調整し、見た目を整え、声! 表情! 言葉遣い! 全てを完璧にして迫った所、ほぼ全ての人間に逃げられてしまった!」
「そりゃそうでしょ。アンタらみたいな美女が何の脈略もなく迫ってきたら恐怖だわ」
「まぁ、一部には自信満々な者もいたがな。それも三日三晩遊んだだけで心が折れて消えてしまった。しかし、しかしだ。ある時、気づいたのだ。人間は迫られるより迫りたい生物なのでは無いか! 愛されるより愛したいのではないか! 真剣で。と、私たちは路上で見かけたガラスの様な少年たちの歌に気づかされたのだ!」
「なるほど?」
「という訳で私たちは長い年月をかけて、この湖で水浴びをする、清楚で色事の事なんて何もしらない無垢なエルフという、誘い受けスタイルを確立させた。ちなみにエルフは淫乱。何をしでかすか分からないという様な噂は五十年ほど掛けて、全て陰魔の話とすり替えておいた。所詮は恋愛小説読んで自家発電する事しか出来ない引きこもりの陰キャ共だ。陰魔から淫魔に名前が変わったても大した影響はないだろう」
「なんか、今凄い衝撃的な話を聞いてる気がするんだけど。もしかして私たち人類の知識ってとんでもない年数単位で歪まされてない?」
「そして! この作戦は成功し! 私たちエルフに、ありったけの夢を叩きつけるべく、この世の全てのエルフを探し始める者達が現れたという訳だ。世はまさに大冒険者時代という訳だな」
「暗黒時代、人が生きる場所を作る為に戦った人たちの名誉を穢すの、止めてくれる?」
「まぁまぁそう怒るな。キャロンと言ったか? 気に入らぬ事があるというのであれば、良いんだぞ。その欲望を私に叩きつけても」
「誰がするか!!」
「なんと! 残念だな。やはり人間は迫られる事に弱い。バレてしまった時点で我々の敗北という訳だな」
私は水に浮かびながらエルフの長とキャロンさんの話を黙って聞いていたが、不意にエルフの長が視線を私に向けたのを感じた。
何だろうかと思い、顔を上げると何やら真剣な顔でエルフの長は私を見ている。
「ところで。アメリアと言ったか」
「は、はい。アメリアです」
「君可愛いねー。どこ住み? 文通とかやってる? てか私ってば、エルフの長やってるけど、マジ普通の子と何も変わんないから。笑い。何か悩みがあるなら聞くよ。私ってば相談に乗りやすいタイプって……うぉぉおおお!!!? あっぶなっ!!」
「チッ。仕留められなかったか」
「何なの!? ちょっとお話してただけじゃん! アメリアちゃんとお話してただけじゃん!! それでプリンセスをメイカーしようとしただけじゃん! 私だけのヒロインを作ろうとしただけじゃん!」
「なら私と変わらないでしょ。私もちょっと燃やすだけだからさ」
「ちょっと燃やされたら昇天しちゃうんだわ! 昇天はしたいけど、昇天はしたくないってワケ!」
「それ以上汚い口を開くな。アメリアの教育に悪い!」
そして、キャロンさんの放った炎を魔術が水面に当たり、大きな爆発を巻き起こした。
私はと言えば、咄嗟の事で逃げる事も出来ず、爆発によって生まれた大きな波に飲まれてしまう。
小さな体では抵抗も意味がなく、私の体は水底へと一気に送り込まれた。
が、引き込まれてゆく中で、誰かが私の手を引っ張って水面に引き上げてくれるのを感じた。
「ぷはっ!」
「大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます。助かりました」
「うん。良かった」
そして私はその人にお礼を言うべく、顔の水を手で拭って目を開いた。
「ぁ」
「ありがとうございます。えと」
「私、レーニ。レーニ・トゥーゼ! 貴女のお名前は?」
「私はアメリアと申します。レーニちゃん」
「アメリア……!」
何だろうか。
レーニちゃんは私の手を握りながら頬を赤く染めて、戸惑った様に視線をさ迷わせていた。
まるで初めての感情に戸惑っている様に。
「アメリアは、アメリアは、なぁに?」
「何と聞かれましても困ってしまうのですが、私は何でもない。ただのアメリアですよ」
「そうなんだ。ただの、アメリア」
レーニちゃんは何かを考える様に唇を尖らせながら、小さく水の中で動き回っていた。
そして、目を開き私を見ては、赤くなり目を閉じる。しかし、すぐにまた目を開いて私を見て、また目を閉じていた。
落ち着かない子だ。大丈夫かな。
「ねぇ。アメリア」
「はい。なんでしょうか」
「あのね! レーニのアメリアになって欲しいの!」
「え?」
「お願い!」
私はよく分からない事を叫ばれながら、レーニちゃんに抱き着かれてしまうのだった。
そして泳げない体は水の中へと沈んでゆく。
再び水底への旅が始まった瞬間であった。




