第21話『どうなんでしょう? 私も変な匂いします? 自分ではわからなくて』
長旅をしていて突然欲しくなる物はなんだろうか。
食材、水、寝床?
いやいや。その辺りを用意しておくのは当然だろう。
想定していなかったけど、何だかんだ必要になるものは、そうじゃない。
そう。長旅をしていて突然欲しくなるものは、水浴びが出来る場所だ。
「という訳なので、私とアメリアはちょっと行ってくるわね」
「認められると思うか? ポンコツ二人が別行動だと?」
「何よ。覗くつもり?」
「んな訳あるか! お前らの体になんぞ興味はない!」
「なら良いじゃない」
「そういう問題じゃない。俺たちは聖人として活動しているんだ。それを水浴びがしたいから別行動する、なんてのは認められる訳が無いだろうが」
「別に私たちだけじゃ無くて、そっちも水浴びすれば良いじゃない。最近臭いわよ」
「っ! そ、それは仕方ないだろう」
「そうやって放置するから嫌なんじゃない。ねー? アメリア」
「そ、そうですね」
「……」
私は別にそこまで水浴びに拘りは無いんだけど、キャロンさんはどうしてもって言ってるし、なるべく同意しておく。
しかし、そんな私の言葉にリアムさんやフィンさん、カー君の視線が刺さった。
「えと?」
「アメリアは、やはり気になるのか?」
「え、いや、それは……どうなんでしょう? 私も変な匂いします? 自分ではわからなくて」
リアムさんに一歩近づいて、腕を差し出してみる。
正直な所、魔法使いは普通の人とは違うし、詳しい所は分からないのだ。
リリィはお風呂が好きだったからよく一緒に入っていたけど、入る前と後でそんなに変わった感じはしないし。
「わっ! アメリア! もう!! この子は!」
「ふぇ?」
「という訳だから! 私たちは行くわね! そっちも十分に洗っておきなさいよ!!」
「あ、あぁ」
「じゃあね!」
私はキャロンさんに引っ張られるまま、歩いていた道から外れ、森の奥へと進んでゆく。
そして、最初はやや乱暴に引っ張っていたキャロンさんも、リアムさん達の姿が完全に見えなくなったからか足取りが緩やかになった。
「はぁー」
「大丈夫ですか? キャロンさん」
「え? あぁ。大丈夫大丈夫。なんだってこうアイツらはデリカシーが無いんだろうなって思ってさ」
デリカシー……?
気遣いって事だろうか。
でも、どうしてこの状況で気遣い?
いや、まぁ良いか。
「あーもう、止め止め! 男共の話をしてても気分が落ちるわ。それよりさ! アメリアはエルフって知ってる?」
「エルフですか? はい。知ってますよ。確か永遠の存在とも呼ばれる方々ですよね。森の民とも呼ばれていて、狩りを得意とし、独自の魔術を使うと……」
「そういう話じゃ無くて! エルフって言ったら、凄い美人ばかりって話よ!」
「美人、ですか?」
「そう。美人。見た目が整ってるって事。アメリアみたいにね!」
「私、ですか?」
私は自分の見た目を思い出しながら首を傾げる。
そして、手足を見てみた後、キャロンさんを見るが、特に違いは分からない。
「まぁアメリアはまだ子供だし、よく分かんないかもしれないけどさ。美しいっていうのはそれだけで価値があるのよ」
「えと、つまり……キャロンさんはエルフが欲しいという事ですか?」
「いやいや、危ない商人じゃないんだから。人の売り買いはしないよ。亜人って言っても人は人なんだしさ」
「そ、そうですよね。安心しました」
「なんだと思ってたのよ。まぁ良いけど。それで、エルフはみんな美しいって話なんだけど、そのエルフがよく水浴びしに来る湖ってのが、この森の先にあるのよ!」
「そうなんですか?」
ここは聖都にもかなり近い場所だし、人と亜人はあまり仲が良くないと聞く。
そんな場所にわざわざエルフが来るなんて、何か変な感じだ。
「まぁ、男共はその噂を信じて、エルフの水浴びを覗いて、あわよくばを狙うらしいけど、私はその噂を聞いた時、考えたワケ」
「何をでしょう?」
「エルフがよく浴びに来る湖に、美しくなる様な秘密が隠されているんじゃないかって事よ!」
「はぁー。なるほど」
流石はキャロンさん。とても頭が良い。
わざわざ敵対とまでいかなくても仲の良くない人の住んでいる近くまで、水浴びに来るのはその湖に秘密があるのだと。
答えを言われてから考えれば酷く当たり前の様な話だが、何もない所から思いつくには、私の頭では足りないだろう。
「という訳で、アメリアも行くわよ! 最高の美を手に入れる為に!!」
「はい!」
私は意気揚々と森を進むキャロンさんに付いて、森の奥へと歩いていくのだった。
そして、どれだけ歩いただろうか。
隠れる様に言われ、私はキャロンさんと一緒に草むらに身を隠した。
そして、僅かな隙間から先を見る。
そこには湖というには小さく、池というには大きい絶妙な大きさの水溜まりが広がっていた。
しかもそこだけ木々が少ないからか、空から差し込む光が水面をキラキラと輝かせている。
実に綺麗な光景だ。
そしてその湖の上でエルフと思われる特徴的な耳の形をした女性たちが楽しそうに水浴びをしているのだった。
中には子供もいる様で、私は一人の子をジッと見ていたのだが、その子と視線が合うのを感じた。
しかし、すぐ横に立っていたエルフの人に耳打ちされ、その子は見えなかったフリをする様に視線を外し、また水浴びをする。
……何か変だ。
「キャロンさん」
「シッ。静かに」
「……はい」
私は横に居るキャロンさんに話しかけるが、キャロンさんは少し怖い顔で黙る様に言ってきた為、私は口を両手で塞いで再び湖に視線を移した。
そして、一人一人を観察していると、やはりおかしい事に気づく。
おそらくだけど、全員こちらに気づいているのだ。
それなのに、気づかないフリをして水浴びをしている。
なんだろう? 何かの罠?
でも、人数は向こうの方がずっと多いし、魔力だってエルフらしくかなり多く持っている様に見える。
普通に戦ってもこちらに勝ち目は無いだろう。
なら、何が目的なんだろうか。
「思っていたよりも数が多いわね。出て行って争いになるのは嫌だし。さっさと帰ってくれればいいんだけど」
「キャロンさん」
「後にして。アメリア」
「はぁい」
んー。どうしよう。何かこうトラブルにならない程度に向こうの様子を探りたい。
冗談で済む程度の……。
あ。そうか。
私は精霊にお願いして、指先に水を集め、それをエルフに向かって打ち出した。
ただ、距離が結構ある為、途中で落ちない様に速さはそれなりに速くしておく。
あー。ついでに水を丸くしておく方が良いのかな。
あ、いや。丸より、こう先を尖らせた方が良いかな。土を掘るイメージで……ドーン!
そして私は草むらから水を打ち出した。
「っ!? アメリア!?」
「うぉぉおおお!!!? あっぶなっ!?」
私の放った球は草むらから勢いよく飛び出して、すぐ近くにいたエルフの人のすぐ背後にあった木に打ち込まれ、その木を倒した。
「何をやってんのアメリア!」
「なんだお前!! 私を殺す気か!!」
「え? え?」
勢いよくこちらへ突っ込んできたエルフと、一緒に隠れていたキャロンさんに同時に怒られ私はオロオロとしてしまい、どちらに返事をすれば良いか分からなくなってしまった。
「何か切っ掛けを作りたかったにしてもやり過ぎよ!」
「見ろ! あの木を! 私が超絶最強天才エルフでなかったら今頃あの木が私になっていた所だ!」
「いや、あの。あの」
「そもそも気づいて欲しくても本人を狙っちゃ駄目でしょ!」
「水を出すなら指じゃ無いだろ! 棒から出せ! もしくは〇〇からな!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
私は怖い二人に何度も謝るのだった。




