第17話『わ、私が、アメリア。ただのアメリアです』
私たちは何の寄り道もせず、ダキンから聖都へと真っすぐに来た。
間違っても釣りなどやっていない。
そう。私たちは聖都へただひらすらに来たのだ。
間違いない。
「おい。アメリア。アメリア!」
「はっ! なんでしょうか。針に餌を付ける時は」
「何の話だ。これから大司教に会うんだぞ。少しはそれらしくしろ」
「は、はい」
大司教と言われ、どんな人だろうかと頭の中で思い浮かべる。
隣村の村長さんみたいな感じだろうか。
と思っていたらやたら白い扉がググっと開いて、これまた白い服を着たオジサンが出てきた。
ダキンに居たお店のオジサンにもよく似てる。
そして私は隣にいたリアムさんに引っ張られて、頭を下げた。
「よく来たな。聖人たち。そしてリアムよ。ここまで案内ご苦労」
「ハッ」
「うむ。しかし想定していたよりも早く集まったものだな。占い師の予想ではもっと時間が掛かるとの事だったが」
「そうですね。どうやらイレギュラーが混じっていた故。予言が外れた様です」
「イレギュラー」
「例の、特別な力を持つ少女でしょう」
「ふむ。アメリアという少女か。して、そのアメリアは誰か」
私は突然名前を呼ばれた事にビクッと体を震わせたが、呼ばれている以上返事をしないと駄目だよねと思い、顔を上げる。
「わ、私が、アメリア。ただのアメリアです」
「ほう。そなたがアメリアか。まだ幼いな」
「十二ですからね。本来であれば、時間が掛かると予想したのも、彼女が親元を離れないだろうと予想したからです」
「そうか。して、アメリア。何故そなたはその様な幼き身で旅へ出ようと思った? 親は反対しなかったのか。せめて後三年と言ってもおかしくはないだろう。元々それだけの猶予はあったからな」
「それは……私に親は居ませんから。それに日に日に魔物の影響は強くなってますし。早ければ早い方が良いと思いました」
「そうか……ふむ。清らかな心を持っているのだな。よし。では闇を封じた後は聖都に住む事を許可しよう」
「え。いや」
「大丈夫だ。聖都は聖人としての役割を終えたそなたを拒みはしない。それに、そなたは美しい。我が息子の相手としても相応しいだろう。時が経ち成長した後は息子の妻となり、息子を支えれば良い」
「いや、あの」
「む?」
「大司教!」
私がどう言ったら良いか分からず、オロオロとしているとリアムさんが私を制して立ち上がった。
そして、大司教さんと占い師さんを見ながらハッキリという。
「大司教。申し訳ないが、アメリアは俺が貰っていく。勝手な事は言わないで貰おう」
「え!?」
「……ほう。私の決定に意見するか。リアム」
「えぇ」
「孤児であったお前を、拾ってやり、こうして育ててやった恩を忘れたか」
「忘れてないですよ。でもそれは俺の話だ。アメリアの話じゃない」
「聖都で大司教となる息子と結ばれ、暮らす事に何の不満がある? これ以上ない程の幸福だろう」
「それはアメリアが決める事だ。大司教が決める事じゃ無いでしょう」
「リアム……!」
ピリッとした空気を放つリアムさんと大司教さんを交互に見ながら、私は何も言えず、交互に見るばかりだった。
そして、そんな二人を止める人が現れた。
「まぁまぁそんなに荒れなくても良いだろう。未来の事は、未来で話せば良いのさ。そうだろう? 大司教。リアム。それに……アメリア」
「っ」
ジッと見つめられた視線が私を貫いて、先ほどまでとは違った意味で私は動けなくなってしまった。
何だろう。この人。
怖い……? 何だか寒気がする。
「さ。そろそろ話は終わらせよう。大司教。リアム達も長旅で疲れているんだ。そうだろう?」
「……分かった」
「ではゆっくりお休み。客室を用意させよう」
そして占い師さんの言葉に従って、とりあえずこの場は解散となった。
それから、私たちは用意された豪華な部屋に入り、各々に体を休めながら話をする。
「リアム」
「なんだ。フィン」
「ナイスだったぜ! あそこでアメリアちゃんを庇うなんてやるじゃないか!」
「フン。コイツは貴重な戦力だ。それに、この旅が終わったら、コイツで一儲けするつもりだからな。大司教なんぞに渡すつもりはない」
「えぇ!? そうだったんですか!? お友達だから助けてくれたのだと、てっきり」
「そんな訳ないだろう」
「素直じゃないな。リアム」
「黙れ。フィン」
「しっかし。姉ちゃんを嫁にー。なんて自分勝手な奴だよなー」
「大司教ってのはそういうモンだ。世界の中心に自分が居るのが当たり前だと思ってやがる」
リアムさんが吐き捨てる様に言った言葉に、誰もが黙って聞いていたが、一人だけその言葉に笑っている人が居た。
そう。いつの間にか部屋にいた占い師さんだ。
「あっはっは。随分と言いたい放題じゃ無いか。リアム」
「っ! お前……ネイサン」
「さっきぶりだね。聖人諸君。そして、アメリア」
「っ」
占い師さんがリアムさん達を順番に見た後、私を見て止まる。
そして視線が絡み合うが、私は視線を逸らす事が出来なかった。
「いつまで見てんだ。お前は」
「気になる女の子が居たらアプローチしたくなるのさ。しょうがないだろう?」
「お前にそんな感情があったとは驚きだな」
「僕だって人間だよ? そういう感情を持つ事もある」
占い師さんはそう言うと、スッと地面を滑る様に動き、私の手を取る。
「アメリア。是非二人きりで話をしたいんだ。良いかな?」
「良いワケあるか! アメリアから離れろ!!」
「ふむ? いつから君はアメリアの保護者になったのかな。リアム」
「そいつは俺が連れ出した。だからソイツを護るのは俺の義務だ」
「ふふ。そうか。では護ってみたまえ」
占い師さんはそう言うと、私の手を握り、笑った。
そして、その笑顔が切っ掛けとなったのか、私が見えていた景色は一瞬で変わり、目の前にはまるで知らない部屋が広がっているのだった。
「さて。これで二人きりだ」
「皆さんに何をしたんですか?」
「何かしたとすれば、リアム達じゃなくて君にだよ。ここは僕の部屋だ。転移したんだよ」
「……転移?」
「そう転移魔術さ。ちなみにこの魔術はおよそ二十年後。イザベラという少女が発見し、それから数十年程掛けて何人もの学者が研究を重ね、魔術として完成したという物さ。更に後の世にはドラスケラウという男がポータルという設置型の装置を使って誰でも使える様にしたらしいね。ただ、使う魔力量が多いからか、連続使用は出来ないみたいだ」
「……何故そんな未来の事を」
「本で読んだからさ。この世界の全てが記された書をね。そこには未来で起こる事も、過去にあった事も色々と書かれていたよ」
私はジットリと私を見る瞳に、どこか寒気を感じながら、視線を逸らした。
左手を右手で握り締め、逃げる様に一歩後ろへ下がる。
しかし、占い師さんはそんな私の逃げを許さないとばかりに一歩前へ踏み出した。
「この世界の歴史を知っているかな。アメリア。かつて世界の全ては闇に覆われていた」
「……」
「しかし、そんな闇の世界に光を与えた者がいる。アメリア。君はよく知っているだろう」
「……知らないです」
占い師さんは私の手を掴み、壁に押し付けて、更に言葉を続ける。
「おやおや。随分と可哀想な事を言うじゃないか。君が拾った子供だろう。そして君が名付けた。アルマと」
「っ! な、なぜ」
「先ほども言っただろう? 見たんだよ。この世の全てを記した書をね。そこにはハッキリと書かれていたよ。闇の時代より人々を影から支え導いていた、歴史上最も古き国の姫君! 魔法使いの始祖……アメリア・フェイリ・ルストス・ユイ・ミザス・シルフィニアの歩んできた道がね」
私は逃げられない過去から、それでも逃げる様に、ただ目を伏せるのだった。




