第13話『今日私たちが来た事は、忘れて下さい』
酒場の端にあるテーブルに座って、私はキャロンさんと二人で話をしていた。
フィンさんはちょうど今、外に出ていってリアムさんと待ち合わせをするべく、人を雇っている様だった。
リアムさんの姿を教えて、その人に伝言を頼むという方法らしい。
こう思うと、最初から待ち合わせ場所を決めておいた方が良かったのだろうけど、そうなる前にドタバタして別れてしまったから、この辺りは仕方のない事なのだろう。
「アメリアはさ」
「はい。なんでしょうか」
「怖くないの? 闇の力がどうこうとか、使命がどうこうとかさ! アタシには関係ない! そんなのやりたい人がやれば良いじゃない! そうでしょ!? アタシ、何か間違えた事言ってる!?」
「いえ。何も」
「そう。そうよ。間違えてなんかない。だって、それが普通だもの。こんな証が出てきたからなんだって言うのよ。おかしいわよ。こんなの、生贄と同じじゃない」
キャロンさんは辛そうに眼を閉じた後、コップに入っていたお酒を一気に飲み干していた。
そして、勢いよくコップをテーブルに叩きつけながら、震える右手を左手で抑える。
その姿を見て、私はあぁ。と理解した。
この人はリリィと同じなのだ、と。
だから、私はキャロンさんの手を握った。
「っ!」
「キャロンさん」
「な、なにっ!?」
「今日私たちが来た事は、忘れて下さい」
「……え?」
「私たちも忘れます。私たちは出会わなかった。聖人はこの街に居なかった。これでいきましょう」
「でも、どうやって説得するの? 見逃してくれるはずがない」
「それは大丈夫です。私、説得は得意なので」
「なら! アタシを説得すれば良いじゃない! 得意なんでしょう!?」
「まぁ、それはそうなんですが……向いている人と、向いていない人が居ると思いますので」
「そう……そうよね。聖人なんて、やりたい奴がやれば良いのよね。うん。そうだ。……あー。そう考えたら、何か気が楽になってきた! ねぇ、アメリア。貴女も残るでしょ? これからどうする? さっき見てたけど、アメリアって何か不思議な力を持ってるじゃない。それでさ。上手く生きてこうよ。こんな世の中だけどさ。二人でなら、どんな風にでも生きていけるじゃない?」
「キャロンさん。私は征きますよ。世界の果てへ。闇の力の根本へ」
「なんでよ!! さっき言ってたじゃない!! 出来る人がやれば良いって! アンタはどう見ても出来ない側の人間でしょ!? そんな細い体で! こんな小さな手で何を護るつもりよ!!」
「妹を」
「っ」
「私が何もしなければ、リアムさん達が失敗すれば、世界は再び暗黒の時代へと戻ります。そうなれば、私の妹リリィは苦しい思いをするでしょう。もしかしたら魔物に喰われてしまうかもしれない。それが私はただ、怖いのです」
「そんなの! そんなの……どうしようもないじゃない。アメリアが居るからって成功する訳じゃないでしょう?」
「はい。そうですね。でも、可能性は増えます」
「……」
「キャロンさん。私はただ、後悔したくないだけなんです。全てが駄目になった時に、あの時やっておけば良かったなと思いたくないだけなんです」
「アタシは、両親を殺されたわ! 友達も、妹も! 全員! 大切な人はみんな、盗賊に! アタシだって、ずっと、ずっと、奪われてきた!」
キャロンさんは私の手を外し、自分の体を抱きしめた。
姿の見えない何かに怯える様に。
「良いんです。キャロンさん。キャロンさんは何も」
「でも! アメリアだって同じじゃない!! ここでアメリアだけを行かせたら、アイツらと……同じじゃない」
「……キャロンさん」
「でも、怖いの。なんでアタシなのって、この証が現れてからずっと、ずっと思ってた。何も幸せなんか無かった! 何も! 必死にしがみ付いて、生きて、生きて! 生きて!! ただ、生きていただけの世界で、何でアタシが世界なんか護らなきゃいけないのよ!!」
「……」
「ねぇ、アメリア。一緒に逃げましょうよ。大丈夫。アタシ、逃げるのは上手いんだから。これまでだって何度も」
「キャロンさん。私は行けません」
「お願い……お願いだから。その妹さんだって一緒に連れていけるから」
「ごめんなさい」
「っ」
私は震える手で、私の手を包むキャロンさんに首を振った。
共には行けないと。
そして、そんな私たちの間に上から声が降りてきた。
「事情は分からんが、無駄足だったようだな」
「リアムさん」
「行くぞアメリア。臆病者に用はない。失せろ女。怯えて逃げて、そうやって生きて行けばいい」
「リアムさん! そんな言い方!」
「フン。なんだ。アメリア。お前はここに居る全員が使命感やら正義感で動いているとでも思っていたのか? 誰だってな。やりたかねぇんだよ。こんな事。こんな世界。救いたいなんて思った事はねぇんだよ。それでもな、やらなきゃどうしようもねぇから、やるんだ」
私はリアムさんの言葉に、思わず一緒に立っていたフィンさんやカー君を見るが、二人とも複雑な顔をしていた。
それは……その姿は、リアムさんの言っていた事が正しいという事を証明しているのだと思う。
みんな、怖いのだ。
使命に生きる事が。
それは、証が偽物である私には理解出来ない感情であり、リリィが怯えていた事を思い出せる事でもあった。
「私、大きな勘違いをしていたんですね」
「あぁ、そうだな」
今までの歴史でみんな無事だったから、何だというのか。
今回は駄目かもしれない。
それでも、行けと、お前の役目だと世界に押し付けられるから、行くのだ。彼らは。
あぁ、本当に……この世界は。
私は両手を握り締めて、立ち上がった。
「分かりました。では、大丈夫です」
「は?」
「リアムさんも、フィンさんも、カー君も、キャロンさんも、何もしなくても大丈夫です。私が全て終わらせます。こんな使命も何もかも」
「お前……何言って」
「私は皆さんと違って、使命感があります! 果たさねばならぬという責任も感じております。ですから、私一人が居れば十分です。これまでの歴史上、二人、三人で封印した例もあります。ですから今回私が一人で封印するとしても、それほどおかしな事では無いでしょう」
そう。そうなのだ。
キャロンさんにも言った通り、やりたくない人はやらなくても良い。
行きたくない人は行かなくても良い。
この世界を護りたい人が護れば良い。
ただ、それだけの話だと私は思う。
「一人で行くつもりか」
「はい」
「出来る訳がない。魔物はどうする」
「共に行ける人を探します。護衛として雇って、現地では私が一人でやります」
「出来る訳が無い」
「出来ます! やってみせます! 私にはそれだけの覚悟がありますから!」
「どうして……? アメリア。貴女はどうしてそんなに強くあれるの?」
キャロンさんの問いに、私は始まりの日を思い出していた。
何も見えない暗闇の中で、ただ一人、家族も兄弟も友人も誰も居ない世界で、このまま終わると思っていた世界の果てで出会った光を。
私の世界を照らしてくれた光を。
生きるという喜びを教えてくれたリリィを、幸せをくれたあの子に。リリィに私は貰った全てを返したいから。
「私はこの世界を護りたいから。ただ、それだけです」
「……アメリア」
「だから、皆さんは日常へ帰って下さい。今日までありがとうございました」
私は深々と頭を下げてから、元に戻り、笑う。
あの日私を照らした光、大切な妹の様な笑顔を。




