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第106話『……足りない?』

綺麗な人だと思った。


微笑む姿がとても美しい人だった。


世界を光で満たしたのは、この人の明るさであったのではないかと思う程に、聖女アメリア様は眩い人だった。


「はじめまして。でしょうか。ルークさん」


「は、はい!」


「調子はどうだ」


「良くもなく、悪くもなくという様な状態ですね」


「そうか」


「ですが、確かにお姉ちゃんの想いは次の世界へ渡りました」


穏やかに微笑みながら、何故か酷く悲しい目をして希望を語る聖女アメリア様に僕は強い違和感を覚え、やはりこの人はあの人では無いんだなと理解した。


しかし、それは言わない。


言葉にはしない。


何故なら、この人もまた……世界を守る人だからだ。


世界の平和を願う人だからだ。


「アメリアは、お前にも幸せになって貰いたかったと思うんだがな」


「私は幸せですよ。家に閉じこもって、お姉ちゃんの庇護下に居た時よりもずっと……ずっと幸せです」


「リリィ」


「リアムさん」


不意に聖女アメリア様とは違う名前を師匠が口にした瞬間、聖女アメリア様の目が鋭くなり、師匠を睨んだ後、僕に視線を移した。


しかし、そんな視線を遮る様に師匠は重く、落ち着いた声で聖女アメリア様に言葉を渡す。


「大丈夫だ。ルークはずっと前から気づいてる」


「……まさか」


「おそらくだが、コイツには人間の意思を見極める様な力がある。それで見破られたんだ。お前の事はな」


「そうですか」


聖女アメリア様は酷く寂しそうな、悲しそうな顔をしながら僕を見つめて口を開いた。


「ルークさん」


「はい」


「どうか、身勝手な願いにはなりますが、この事は誰にも言わず、黙っていていただきたいです」


「はい。分かっています。聖女アメリア様は聖女アメリア様。そういう事ですよね」


「……ありがとうございます」


聖女アメリア様は小さく息を吐いてから、安心した様に微笑むと、僕の右手を握る。


その柔らかい手に、ドキリとしてしまうが……特に抵抗は出来ぬまま、聖女アメリア様の意思に従った。


「フィンさん、キャロンさん、カーネリアン君。みんな次の時代に意思を残す事に決めたのですね」


「……リリィ。お前はそんな事しなくて良い」


「でも、フィンさんは例えその命が終わるとしても、決断したのでしょう?」


フィンさんの名前が出た瞬間、胸の奥で鼓動が跳ねた。


命が終わるとしても、だ。


やはり、という気持ちが湧き上がる。


「アイツはもう十分に生きた。自分の願いは全て叶えたんだ。この世界に未練はない」


「それは私も同じですよ」


「違う!!」


「……リアムさん」


「お前には、まだ……まだ先があるだろう。まだ」


師匠の必死な訴えに、聖女アメリア様はクスリと笑うと、師匠を見つめながら挑発するような言葉を投げかけた。


「では何故ルークさんをここへ連れて来たのですか?」


「それは……ルークにお前の事も教えておいてやろうと思って」


「嘘ばっかり。リアムさんも足りないという事に気づいたのでしょう?」


「っ!」


「……足りない?」


口を挟んではいけないと思いつつも、僕は思わず聖女アメリア様と師匠の会話に入り込んでしまった。


二人の視線を受けながら小さく頷く。


そして、僕の疑問は聖女アメリア様が答えてくれた。


「えぇ。あなたの証はまだ足りないのです。強い力をあなたに与えますが、それと同時に、あなたから多くの生命力を奪ってしまう」


「それは……」


「それなら、俺の証をくれてやれば良い! それで足りるはずだ」


「駄目です」


「リリィ!!」


「リアムさん。貴方にはまだ成すべき事があるでしょう? ルークさんに証の力を教えるという役目がある。四つの力が集まり、安定した証を使いこなす為には貴方の教えが無くては」


「それは……ルークは優秀だ。いずれ自分で導き出すさ」


「また、その様に嘘ばかり。分かっているのでしょう? 世界を覆う闇の力は膨れ上がっている」


「っ」


「人々の欲望はどこまでも大きくなり、やがては世界を再び闇の世界へと戻してしまうでしょう。おそらくは闇の神でも抑えきれません」


「……だが、それは、俺が」


「ほら、矛盾ですよ。リアムさん。貴方が力を託せば終わってしまうのに、それでどうやって貴方が止めるのですか?」


鋭く放たれた聖女アメリア様の言葉に師匠は頭をかき回しながら、大きな舌打ちをした。


苛立っている。


今まで一度も見た事がない師匠の姿だ。


「聖人として、リアムさんも世界中の闇を散らして時間稼ぎをして下さいましたが、それでも駄目でした。私が聖女として世界を巡っても同じ。であればもう、次の世代に託すしかありません」


「リリィ……!」


「この若い命が散らない為ならば、この身など惜しくはない。全てを完璧な状態でルークさんに」


もはや師匠は何も言えず、頭を抱えながら椅子に深く座り込んでしまった。


いつかの時、出会ったばかりの師匠が、どうしようもない現実に打ちのめされていた時の様に。


「さて。時間がかかって申し訳ございません。では貴方に証を託しましょう」


「聖女様……僕は」


「何も不安な事はありませんよ。大丈夫。貴方には大いなる勇気の力がある。その心に、私たちは光の意思で応えましょう。輝きをその胸に宿せば、どの様な苦難であろうと打ち倒す力を」


歌うように、聖女アメリア様がそう言った瞬間、今まで以上の熱が右手に生まれた。


強く、強く焼き付けられる。


証は淡く光りを放ち、十字架に一粒の雫の様な物が描き出された。


そして、聖女アメリア様の手から証が消える。


「聖女様!!」


僕はふらついて倒れてしまいそうになる聖女アメリア様を抱きかかえて、何とか倒れない様にと支えた。


「あ、ぁ……ありがとう、ございます」


「リリィ! 大丈夫か!?」


「はい……それほど心配しなくても、まだ私は生きてますよ。まだ、オリヴィアちゃんを一人には出来ませんし」


聖女アメリア様は深く息を吐くと、そのまま近くのベッドに寝たいと言ってきた。


僕は師匠と協力しながら、聖女アメリア様をベッドに寝かせて、様子を伺う。


「……ありがとうございます」


「リリィ。本当に大丈夫なのか?」


「ふふ。リアムさんは心配性ですね。大した事はありませんよ」


聖女アメリア様はベッドに眠りながら疲れた顔で笑っていたが、やがて限界が来たのか眠ってしまった。


僕たちはそのまま待っていようかと思ったのだが、聖女アメリア様と一緒にいる女の子に追い出されてしまった為、そのまま宿屋を後にする。


「……師匠」


「皆まで言うな。これがアイツの願いだ」


「はい」


「だが、こうなった以上はお前を徹底的に鍛え抜く。良いな?」


「はい!」


それから僕は師匠と共に修行を続け、強さを求め続けた。


そして……僕らが聖女アメリア様の元へ行ってから約一年後に、聖女アメリア様は……亡くなった。




聖女アメリア様の話を聞いた僕たちは聖女アメリア様が住んでいたという家に行き、静かに眠っている聖女アメリア様を見つめた。


力なく、静かに目を閉じている姿はただ眠っているだけの様にも見える。


しかし、その体から生気は感じられず、どこまでも深い闇が広がっている様にも見えた。


「オリヴィア。リアム達が来たぞ」


「……あぁ、一年ぶりですね」


「そうだな」


「ごめんなさい。私、今は、何を話したら良いか……分からなくて」


「良い。無理をするな」


「……っ」


「悪かったな。オリヴィア」


師匠の言葉にオリヴィアという名の少女は涙を流し、泣き叫んでいた。


初めて会った時とは違い、世界の闇を背負った様な姿をしながら、悲しみを涙にして、世界に落とす。


哀しみによって伏せられた瞳には、常に聖女アメリア様の姿が映っていた。


僕は、右手の証を左手で握りしめながら、胸の奥に生まれた痛みに耐えるのだった。

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