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第105話『師匠は行かないんですか?』

師匠やレーニさんと一緒にどこまでも緑が広がる草原に来た僕は、その世界に圧倒された。


強い風の吹く果ての見えない世界は、僕という存在が酷く小さい物の様に思え、ふらついてしまう。


「おう、気を付けろよ。ルーク。かなり風が強いからな」


「情けない奴だ。レーニと同じくらいの大きさなのに、大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です」


「そうか。あんまり無理はするなよ」


師匠の言葉に頷きながら、僕は師匠とレーニさんの背に付いて、草原を踏みしめながら歩いた。


この場所に立っていると、自分という物が酷く小さなものに思えて、怖さを覚えてしまう。


遠い昔に置いてきた孤独が目を覚まして、僕の前に立ちふさがる様であった。


しかし、それは気のせいだ。


だって僕には師匠とレーニさんがいるのだから。


僕は独りぼっちでは無いのだから。


「見えた。あれか。どうだ? レーニ」


「うん。上手く胡麻化してるけど、魔力を使った痕跡が残ってる。あれだと思う」


「よし」


師匠はレーニさんと何かを確認すると、何もない場所に向けて歩き始めた。


そして、何も無い場所で立ち止まると、手で探りながらソレを見つけ出す。


「え!?」


「あぁ、ルークは初めて見るんだったな。オークの連中はな。魔物と争うのが面倒だから、こうして姿を隠してるんだよ」


師匠が説明しながらその布の様な何かをズラすと中から家の様な物が突然現れた。


驚きで言葉にならないとはまさにこの事である。


世界にはこんな物もあるのかと、驚いてしまった。


「おーい! 誰かいるか!」


それから師匠は家の中に声をかけるが、特に返事はなく留守にしているのかと思われた。


しかし、師匠の声に反応してか、遠い空の向こうからこちらに落ちてくる何かが見えた。


「師匠!」


「ん?」


僕は咄嗟に師匠を呼んだが、時すでに遅く、その何かは師匠にぶつかる様に落ちてきて……師匠を地面に倒しながら喜びの声をあげた。


「兄ちゃん!!」


「っ! お前っ! カーネリアンか! 家に居ないと思ったら、こんな所にいたのか!」


「そうだよ! あれからさ! ここでマルコさん達と一緒に飛行機を作ってたんだ!」


「なるほどな。そういう事だったのか」


師匠はカーネリアンと名乗った僕よりもちょっとだけ年上のお兄さんを抱き上げたまま起き上がり、地面に降ろす。


背は僕よりも大きいけれど、顔立ちはまだ子供の様にも見える。


「あ、っと。そっちに居るのはレーニだよね。それと?」


「あ、僕は師匠に弟子入りしたルークです!」


「師匠? 誰が?」


「えと」


「俺だ」


「は? リアム兄ちゃんがシショー? アハハハ! そんな訳ないよ! こんな我儘で子供っぽい兄ちゃんが師匠とか!」


「黙れ!!」


「あいたぁー!」


カーネリアンさんは、お腹を抱えながら大笑いをしていたが、師匠が拳骨を頭に落とした事で笑うのを止める。


しかし、またしばらくしてから笑い始めてしまい、結局師匠を再び怒らせてしまうのだった。




それから、ようやく笑い終わったカーネリアンさんにレーニさんが事情を話し、僕たちは飛行機なる魔導具を使って空に飛ぶ事になったのである。


「でも、空を飛ぶなんて」


「できっこないって思う?」


「いや、カーネリアンさんの言葉を疑っているワケじゃないんですけど!」


「分かるよ。まぁ実際に見なければ信じられる様な物じゃないだろうしね」


アハハとカーネリアンさんは軽く笑い、僕の背中を叩いた。


どうやらかなり明るい性格の人の様だ。


「そういえば。ルークはどうしてリアム兄ちゃんに弟子入りしたの? もっと良い人は居たでしょ?」


「いえ。僕にとってはリアムさん以上の人は居ません」


「ふぅん。そう思うからには何かリアム兄ちゃんに思う所があったって事かな」


「……はい。出会いは、まぁ偶然だったんですけど、師匠は、僕が見てきた誰よりも強かったので」


「あー。強さかぁ。確かに強さで考えるとリアム兄ちゃんは飛び抜けてたなぁ」


「はい。だから僕は師匠に弟子入りしたんです」


「なるほど、なるほど。じゃあさ。なんでルークはそんなに力を求めるの?」


「それは……多くの人を助けたいからです。僕に力があれば、きっと助けられたから」


「力があっても、助けられない人は居るよ」


お父さんやお母さんの事を思い出しながら呟いた言葉に、カーネリアンさんは明確に否定の言葉を投げた。


それは、師匠が昔の事を話す時と同じ、諦めの様な色の混じった言葉だ。


「どうやっても限界はある」


「でも! 限界までは届くんですよね? 限界までは助けられる」


「それは、確かにそうだけど」


「なら、僕は、限界まで走ります。もう駄目だって諦める瞬間まで、誰かの為に力を使いたい」


僕の訴えに、カーネリアンさんはやや驚いた様に目を見開いていたけれど、やがてフッと笑うと空を見上げた。


「なるほど。リアム兄ちゃんが気に入る訳だ」


「え?」


「よく似てるよ。アメリア姉ちゃんに」


遠い昔を思い出す様な目で僕を見つめるカーネリアンさんに僕は何とも言えない気持ちで言葉を飲み込んだ。


アメリア様も、僕と同じ様に大切な人を失ったのだろうか。


自分の無力を嘆いたのだろうか。


もっと力があればと、空に願ったのだろうか。


「よし! 決めた! ルーク! 手を出して」


「……はい」


「僕の力。君に託すよ」


カーネリアンさんは朗らかに笑うと僕の右手を握って、力を込める。


キャロンさんの時と同じ様に、僕の右手が僅かな熱を発して、刻まれた証がまた姿を変えた。


十字の肩に翼が生えている。


そして、カーネリアンさんの手の甲からは証が消えていた。


「はー! すっきりした!」


「あの、カーネリアンさん!」


「どうしたの? ルーク」


「あの、証は」


「僕にとって、『聖人の証』は過去だ。無力で、弱かった僕の証」


証の消えてしまった綺麗な手の甲を見つめて、カーネリアンさんはため息を漏らす。


しかし、すぐにまた朗らかな笑顔に戻り、口を開いた。


「はい! 暗い話はここで終わり! という訳で、折角だし。君やアメリア姉ちゃんに見せてあげるよ。僕の頑張りをさ」




そして。草原で生活を始めてから数か月の時が流れ、僕たちはいよいよ飛行機という魔導具が飛ぶ瞬間を見る事になった。


のだが。


「どうして僕まで」


「良いの良いの。どうせなら一緒に行ってみようじゃない。空は楽しいよ!」


前の席に座りながら笑うカーネリアンさんの言葉に小さく息を吐いて、一人地上に残るという師匠をジト目で見る。


「師匠は行かないんですか?」


「あぁ。重量の問題もあるからな。チビ三人で行って来い」


「うぅ……」


「諦めろ。ルーク。空を飛ぶと言っても魔術で飛ぶのと大して変わらない」


「いや、僕、空を飛んだ事無いんですよ」


「じゃ、飛ぶよ!」


「わっ! まっ!」


待って欲しいと言うよりも前に、正面から全てを破壊する様な風が吹いてきて、カーネリアンさんの飛行機がふわりと空に舞い上がった。


そして、向かってくる風の中をスイスイと進んでゆき、どんどん空高く舞い上がって行く。


どこまでも、どこまでも……。


気が付けば地上に見えていた師匠の姿は豆粒の様になっていた。


「じゃあこのまま天空庭園まで一気に行くよ!!」


もう待って欲しいという言葉すら出ず、飛行機は凄い速さで空を飛んでゆくのだった。


不安定な世界で、風を切って進む飛行機は、確かに心地いさも感じる物だったが、それ以上に強い恐怖を覚える。


吐きそうだ。


しかし、どれだけ気分が悪くなろうとも、飛行機は止まらず、ようやく止まったのは、天空庭園と呼ばれる場所に着いてからだった。


「……うっ」


「大丈夫? ルーク」


「え、えぇ、なんとか」


僕は天空庭園で両手を地面に付きながら襲い来る吐き気と戦っていた。


足がガクガクと震えているのは、未だ恐怖が消えていないからだ。


今、自分が居る場所も空に飛んだ島だと教えられれば落ち着く事など出来はしない。


「カーネリアン。ここから先にはいけないのか?」


「うん。今はここが限界」


「そうか」


そして、僕がダウンしている間にもレーニさんはカーネリアンさんと話をして、空の向こうを見ていた


まだまだ遠く広がる空の果てを。


「……アメリア」


「ねぇ。レーニ」


「なんだ。カーネリアン」


「まだ僕らじゃいけないけどさ。きっと声は届くよ」


「声、か」


レーニさんは両手を握り合わせて空に向かって祈った。


あの人の事をよく知らない僕では、何を考えているのかは分からない。


けれど、レーニさんが祈り始めて、直後に強い風が空の向こうから吹き、空からふわりふわりと一輪の花が降りてくるのを見て、少しだけ察した。


お父さんが昔、お母さんに送っていた花。


祝福の花だ。


その花の意味は……。


「……君の幸せを願う」


僕はレーニさんが花を抱きしめながら泣きじゃくるのを見て、空を見上げながらアメリア様を想うのだった。

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