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第103話『僕は、力が欲しいです!』

師匠と旅を始めてから、二年程の時間が過ぎていた。


前はほんの小さな子供であった僕も多少は大きくなり、そこらの魔物には力負けしない様になった。


しかし、師匠にはまだ勝てていない。


フィンさんから託された聖人の証の力を使っても、聖人の証の力を使っていない師匠の足元にも及ばなかった。


師匠は強い。


どこまでも遥か遠くに居る様だ。


もうこの世界に師匠より強い人は居ないんじゃないかと思う程に。


しかし、それほどの強さを持っている師匠でも、毎日休む事なく自分を鍛え続けている。


それは……その真っすぐな姿は僕にとっての憧れでもあった。




「そろそろ良い時期か」


「師匠?」


「ルーク。これからダキンに行くぞ」


「ダキン……ですか?」


「あぁ。商業都市ダキン。例の携行光源の魔導具が開発された場所だ。お前も一度行ってみたいと言っていただろう」


僕は腰に付けていた光る棒を手に取りながら師匠を見る。


今まで夜間の行動と言えば、松明の灯りで何とか周囲を照らしていたのだけれど、松明は持ち運びが大変だし、後始末も面倒だ。


しかし、この魔導具は何もしなくても光っているし、軽いし、持ち運びやすいのに光源が大きくて夜間の行動でも助かっていたのだ。


「もしかして、開発者の方にも会えるでしょうか。確かキャロンさんという方でしたよね!」


「あぁ。会えるぞ。というか……会いに行くんだよ。キャロンにな」


「えぇぇぇえええ!?」


師匠の言葉に僕は森の中で大声を上げて、その声に反応して現れた魔物に囲まれてしまうのだった。


そして、師匠に怒られながら魔物を全滅させ、僕たちは商業都市ダキンに向けて歩き始めた。




それなりに時間を掛けて商業都市ダキンに到着した僕たちは、人で賑わっている街の中を進み、ある店の中に入った。


「あっ! アンタは!」


「おぅ。元気にやってるか?」


「あぁ! あぁ! 元気にやってるさ。そういうお前はどうなんだ?」


「あれから目立った何かはねぇよ。弟子が出来たくらいだ」


「ほー。弟子ねぇ。坊やがそうなのかい?」


「はい!」


「ハハ。真面目だなぁ。師匠には似ていない様だ」


「黙ってろ」


店主さんはいつまでも師匠と話して笑っていたのだが、落ち着いてから飲み物を用意して僕たちの前に出す。


「それで? 今日はどうしたんだ。またキャロンを連れて旅に行くのか?」


「いや。世界はもう平和だ。そんな事をする必要は無い」


「……そうか」


「ただ、な。この平和がいつまでも続く訳じゃない。次の戦いが人と魔物。どちらと戦うのか、それは分からないがな」


「だから、この呪いを残そうってワケ?」


店主さんと師匠が話している所に、一つの鋭い声が飛んできた。


僕たちしか居ない店の中で、その声を発した女の人は入り口からカツカツと床を鳴らしながら早足で師匠の元へ向かう。


「リアム。アンタ。また同じ事を繰り返すつもり?」


「同じにはならん」


「なるわよ!! そうやって、使命を押し付けて! アメリアみたいに!」


「キャロン」


女の人の言葉を重く静かな声で遮った師匠は、僕に一瞬視線を向けた後、すぐ近くにあった椅子に座り、小さく息を吐いた。


「お前にも分かっているだろう。キャロン」


「何をよ」


「聖人の証はもう受け継がれない」


「……」


「何もしなければコイツは消えてしまう」


師匠は自分の右手を見ながら聖人の証を見つめる。


僕も師匠と同じ様に自分の右手を見たのだが、そんな僕を見て、キャロンさんは目を大きく見開いて、テーブルを叩いた。


「リアム!」


「アレはフィンの証だ。アイツは未来に力を残す選択をした」


「そんなの……!」


「キャロン。力はただ力だ。そこに意味はない。俺たちは証を持っていたが、結局全てを終わらせたのはアメリアだ。そうだろう?」


「……」


キャロンさんは難しい顔をしながら、ジッと師匠を睨みつけた。


でも、その表情に敵意は感じられなくて、見えるのは迷いと悲しみだ。


「私は……私には決められない」


「キャロン」


キャロンさんは自分の右手を握りしめて、苦しそうに息を吐いた。


その苦しそうに、立ち尽くしているキャロンさんを見て、僕は勢いのままに声を出した。


「キャロンさん!」


「……なに?」


「僕は、力が欲しいです!」


「……」


「世界には力が無くて、命を落とす人が沢山います。大切な人を失った人も沢山います。だから僕は力が欲しい」


「あなた一人で全てを救うというの?」


「違います!」


「っ」


「いえ、違うというより、出来ません。僕はただの人間ですから、そんな大きな事は出来ないです」


僕は大きく息を吸い込んで、お腹の底から声を出した。


気持ちを伝える為に。


「でも、世界を守ろうとする人を護る事が出来ます」


「……!」


「例えば! この魔導具はキャロンさんが作られた物ですよね! こういう魔導具があれば、世界はちょっとですが、安全になります。暗闇で魔物に襲われる人が減ります!」


キャロンさんと師匠の視線を受けながら、僕は想いのままに叫び続けた。


「これから、時代が進めばもっと、凄い魔導具が出来るかもしれない。強力な魔術が発明されるかもしれない。アメリア様の様に人を癒す事の出来る人がまた、現れるかもしれない」


「だから、その人たちをあなたが護るというの? 力を手にして」


「違います」


「……」


「僕だけじゃないです。僕が居なくなっても、世界のどこかに居る『勇気ある人』が戦います。世界の脅威と」


「……そう。勇気ある人。そうね。世界はきっと、そうなっていくのね」


キャロンさんは僕の言葉に頷いて、師匠へと視線を移しながら呟いた。


その言葉はどこか寂し気で、僕はゴクリと唾を飲み込んでキャロンさんの次なる言葉を待つのだった。


そして……。


「あなた、名前は?」


「僕は、ルークです!」


「そう。ルーク。なら、あなたに託すわ。私の願い」


「っ!」


「進みなさい。勇気ある者。勇者ルーク。これはあなたの道を輝かせる証。『勇者の証』よ」


キャロンさんは僕の右手を包み込んで、祈る様に額に当てた。


そして、右手に感じる僅かな熱と共にキャロンさんの右手から聖人の証が消え、僕の右手にフィンさんの証と重なる形でキャロンさんの証が刻まれる。


キャロンさんの手にあった時にはフィンさんの証と同じ形だったのに、僕の手に移ってからは少し変わっていた。


剣と杖の様な形の物が十字の左右に刻まれている。


「キャロン。大丈夫か?」


「っ、大丈夫よ。私はそれほど証を使って無いからね。まだ生きてる」


「そうか」


「ま、これからは大人しく生きていくわよ。少しでも長く、リリィとオリヴィアを見守りたいからね」


「……あぁ。すまないな」


「良いのよ。それがアメリアの、願いだったんだから」


キャロンさんと師匠の会話を聞きながら、僕はキュッと右手を強く握りしめた。


右手から感じる熱に、想う所は多い。


フィンさんとキャロンさんから託された物を感じながら、僕はこの旅の終わりが僅かに見えて、唇を噛み締めるのだった。


その時は、いずれ来る。


でも、まだどうか。


もう少しだけ。


その時が来ない事を今はただ祈る事しか出来ないのだった。




そして、僕たちはキャロンさんと別れ、次の場所に進み始める。


いつか来る終わりに向かって、ただ真っすぐに。


「ルーク」


「はい! 師匠」


「そろそろ行くぞ」


「はい」


師匠に呼ばれ、僕は商業都市ダキンに背を向けながら歩き始めた。


「師匠」


「なんだ?」


「また、来たいですね」


「そんなに気に入ったか? なら、また来れば良いさ」


師匠は前を見たまま、足を止める事なく言葉を落とす。


その言葉に、微かな寂しさを感じて、僕は視線を落としながら師匠の背に付いていくのだった。

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