第102話『僕は! この世界を! 守りたい!』
リアム様……いや、師匠と旅に出てから数か月経って、僕はようやく一人で魔物を倒せる様になっていた。
「まぁまぁだな」
「……っ! ありがとう! ございますっ!」
僕は一人で数十匹の魔物を倒している師匠を見て、いつもの様に呆れた様な息を吐いた。
師匠は強い。
圧倒的だ。
この人を見ているといかに自分が弱くちっぽけな存在かよく分かる。
しかし、それでも……諦める訳にはいかないのだ。
これから生まれてくるであろう光を、僕は守らなければいけないのだから。
そして、僕自身も世界を照らす光になる。
「うん!」
拳を握りしめて、僕は毎日自分の夢を確かめていた。
決して心が折れない様にと。
そんなある日、僕は師匠と共にある小さな村に立ち寄った。
そこは、特にこれといった目立つ物は何もなく、静かなどこにでもある村だった。
そして、師匠は街の真ん中にある酒場へ入って行き、奥のテーブル席で座っている男の人の所へと向かう。
「よぅ。フィン」
「あぁ……随分と遅かったな。リアム。待ちわびたぜ」
「まぁ色々とあってな」
「ふぅん?」
不意にフィンさんと呼ばれた人の瞳が僕を貫いた。
それは初めて会った時の師匠と同じ様な目で、まるで何かを見極めるかの様に僕を射抜く。
「この子が、遅れた理由か?」
「あぁ」
「……なるほどな」
フィンさんは師匠の言葉に頷くと、テーブルと椅子を掴みながら立ち上がり、僕を見下ろす。
「少年。名前はなんて言う」
「……ルーク」
「そうか。ルークか。じゃあルーク。次の質問だ。お前は何故力を求める」
「っ!」
「何驚いてんだよ。そんな事も分からない様なマヌケに見えるか?」
「い、いや」
「なら、聞かせてくれ。お前は力を手に入れて、何をしたい」
真っすぐなフィンさんの視線に、僕は背中に緊張で汗を流しながら、大きく息を吐いて、吸って、叫んだ。
「僕は! この世界を! 守りたい! そして平和にしたい!!」
「……ふぅん?」
「誰も悲しまない世界を、僕は作る」
「なるほどね。良いだろう。じゃあ剣を抜け、小僧。テストしてやる」
「え!?」
フィンさんは一方的に宣言すると剣を抜いて、僕に襲い掛かってきた。
「っ! いきなり何を!」
「君の、覚悟を見極める!! この証を託すに相応しい人間か!!」
「託す!? 何を!」
「世界の意思だ!! 暗闇を照らして欲しいと願い続けた……人の意思だ!」
「っ!」
フィンさんは猛攻と共に言葉を僕に投げかけ、剣を振り下ろす。
その一撃は酷く重く、鋭く、そして強かった。
「どうした! 逃げてばかりか! そんな事で、世界を守れるのか!?」
「僕は……っ!」
フィンさんの攻撃をかわしながら店の中を跳びまわっていた僕は、少しずつフィンさんに追い詰められてゆく。
テーブルを壁にして、椅子をフィンさんに投げつけても、フィンさんはそれら全てを容易く切り裂いて、僕に迫るのだった。
「どうして! 逃げるばかりか!」
「っ!」
「立ち向かわないのか!? 敵が強ければ挑まないのか!!」
「僕は!」
フィンさんに挑発されながらも、今はまだ駄目だと逃げる僕は両足に力を込めた。
そして、再び大きく跳ぼうとした瞬間……。
「フィン! 貴方、どういうつもり!!」
フィンさんと師匠と僕しか居なかった店の中に一人の女の人が入ってきた。
とても綺麗な人で、腕の中には赤ちゃんを抱いている。
そして、その女の人へ、僕を狙おうとしたフィンさんの刃が向かっていった。
「あぁぁぁあああああ!!!」
僕は体を無理矢理ひねり、両足で床を踏み砕きながら両手を血が滲む程に強く握りしめた。
そして女の人へ真っすぐに振り下ろすフィンさんの剣を受け止める。
重く、強い一撃だ。
しかし、ほんの少しでも後ろに流す事は出来ない。
そうだ。
僕の後ろには守るべき物があるのだから!!
「うぅうぅううう!! らぁあ!!」
そして、フィンさんの剣を弾き返し、正面に剣を構えて、フィンさんから女の人と赤ちゃんを守る。
この世界に光を残す為に!!
「……」
僕は荒い呼吸を繰り返しながら、僕に剣を弾かれて、振り上げたまま僕を見下ろしているフィンさんと見つめ合った。
視線をぶつけ合い、気持ちを通わせる。
「合格だ。ルーク」
「……え?」
「リーラを助けてくれて。ありがとうな。ルーク」
そして、ルークさんは剣を鞘に戻し、再び元の席に戻っていくのだった。
僕は戦闘が終わった事に安心して床にへたり込む。
「……おわ、った」
一瞬も気の抜けない戦いは、僕の精神を根こそぎ奪い取り、そのまま僕は暗闇の世界に落ちてしまうのだった。
それから僕は丸一日眠っていたらしく、目を覚ました時には見知らぬベッドの上だった。
「ここは……?」
「目が覚めたか。ルーク」
「師匠。僕は」
「あぁ、フィンの奴と戦ってな。気力を使い果たして眠ってたんだよ」
「そうですか。それでフィンさんは」
「奴ならもう旅立っちまったよ」
「そうなんですね」
「あぁ。まぁな」
窓の外を見ながら遠い目で語る師匠に、僕は何となく気持ちを引っ張られながらも、何か別の話題をと思って周囲を見渡したら、右手に見慣れない物がある事に気づいた。
「あれ? これは……」
「それは聖人の証だ。ルーク」
「聖人の証、ですか?」
「そうだ。世界が、暗闇から世界を救って欲しいと願い、その願いが託された者に刻まれる物だ」
「それが、僕に」
「そういう事だ」
ルークさんは静かに頷くと、僕を真っすぐに見ながら試すような目で問う。
「それは重いぞ。命を掛けてでも、世界を救えという証だからな。こんな物捨てて逃げ出したいという奴だっている」
「でも、僕は託されたんですよね?」
「そうなる」
「なら、僕は逃げませんよ。戦います。師匠に初めて会った時、言ったように。僕は決して逃げません」
「そうか……。下らない事を聞いたな。すまないルーク」
「いえ。確かに重い物という事はよく分かりますから」
「あぁ。そうだな。本当に重い物をお前に背負わせてしまう」
「……師匠?」
「いつか、お前から恨み言を聞く日が来るだろうって覚悟はしてるよ。ルーク」
よく分からない。
戦い方を教えてくれて、生きる為の知識を教えてくれて、兄の様に振舞ってくれる師匠を、どうして恨む日が来るのだろう。
分からないが、何故かふと少しだけ嫌な予感が心の隅に宿った。
しかし、その意味も分からないまま僕は師匠にただ小さく頷くのだった。
そして、フィンさんに会うという目的を果たした僕たちは小さな村を離れ、次の場所へと向かう事になった。
しかし何だか前よりも、体が軽い様な気もする。
フィンさんとの戦いで僕もコツか何かを掴んだのだろうか。
「リアム。悪かったね」
「いや、構わない……しかし、アイツが居なくなってこの村は……」
「大丈夫だよ。私達は大丈夫だ」
「……」
「これまでだって、上手くやってきたんだ。これからだって上手くやるさ。人間はそうやって生きていく。そうだろ? リアム」
「あぁ。そうだな」
「だからさ。後の事は頼んだよ」
「任せておけ」
それから僕たちは村の人たちに別れを告げ、旅を続ける。
「ルーク。アンタも気を付けるんだよ」
「はい! 色々とありがとうございました! リーラさん!」
「いや、構わないさ。それがフィンの願いでもあったからね」
「……」
「じゃあ、さようならだ。ルーク。リアム」
「っ、はい。また」
「じゃあな。リーラ」
僕は一瞬向けようとした言葉を飲み込んで、笑顔のままリーラさんの手を握る。
そして、もう振り返る事はせずただ真っすぐに歩き始めるのだった。
明日へ。
希望が待っている筈の、世界へ。




