6話
フィーニのことについて頭を下げるカレンたちと別れ、セシリアは憮然とした面持ちで正面玄関へと繋がる長い廊下を歩いていた。
事前に渡されていたギルドの情報には構成員の数と名前は載っていたが、誰がどのような特性、特徴を持っているのかは書かれていなかった。
(もっとちゃんと事前調査しておいてくれたらよかったのに……)
事前報告書はそのギルドがある都市の組合支部が制作するので、今回はここベイストの支部の職員が制作したはずだ。つまりは昨日会ったザックが責任者ということになる。
ザックが悪いというわけではないが、なんとなく今の状況と昨日の一件が不満だったセシリアは本部に戻った時にこのことを報告しようか真剣に悩んだ。
(とはいえこの仕事が終わるのもいつになるかなぁ)
ギルドへの監察は短くても一か月、長いと一年以上掛けるときもある。なぜここまで期間にムラがあるのかと言えば、それは監察期間中に必ず一度はそのギルドに所属しているすべての冒険者をチェックする必要があるからだ。
冒険者として受ける依頼の中には遠方の地への護衛などがあり、片道で数か月掛かる場所への護衛、しかもしばらくのあいだ目的の場所に滞在してから帰りの道も同じ冒険者に依頼するという事例も多い。そうなれば戻ってくるのは一年経ったあと、なんてのもザラだ。
初日にザインと打ち合わせしたときに長期依頼を受けている冒険者がいることは把握している。ただしその依頼がどれくらいの期間で終わるのかは分からないらしく、いつ戻ってくるのか誰も分からないそうだ。
もちろん長期の監察になる場合は途中で観察員が交代するのだが、今回はまだそのような話はきていない。
(ただまぁ、思ったよりは怖くない……けど、やっぱ辛いよぉ)
確かにセシリアが最初に思っていたよりも親切で暖かいギルドではあった。しかし先程の顛末を思い返すとネガティブになってしまうのは仕方あるまい。
ため息を吐きながら歩いていると、曲がり角を通り過ぎたタイミングで声を掛けられた。
「なに辛気臭い顔してるのよ」
なんだかデジャブを感じながら振り返ると、通り過ぎた曲がり角から見覚えのある顔が現れた。
「あ。アルルさん、おはようございます」
昨日の夜は姿が良く見えず、声と喋り方的に年上かと思ったが、こうして明るいところで見ると年下の少女に見えた。
「おはよう」
挨拶をするとアルルからも挨拶が返ってくる。
素っ気ないが決して乱暴ではない言い方だった。
「それで、なにかあったの?」
(これは心配してくれているんだろうか……?)
「えっと、さっき広間の方で皆さんと挨拶をさせてもらってたんですけど、フィーニさんに、その……」
セシリアがそう言うと、アルルも何かを察したように視線を逸らして顔を傾ける。
「あー、あの子はちょっと人見知りが強いから……まあ悪い子じゃないのよ」
アルルはカレンと同じようにフィー二を擁護する。
「カレンさんも同じこと言ってました」
「そ」
当の本人はあまり興味はなさそうだったが、アルルのそんな態度にセシリアはなんとなく笑みがこぼれる。
「まあ今度フィーニにも言っておくわ。貴方も声を掛けてあげて、優しい子だから」
「アルルさんって優しいんですね」
自然と口から漏れていた。
「ばっ、何言ってるのよ! そんなのじゃないわ!!」
「ふふふっ」
必死に否定しようとするその姿が可笑しくてセシリアは口を手で覆いながらも隠す気のない笑い声をあげる。
「なに笑って……もういいわ、じゃあね!」
不意打ちを食らったアルルは、そのまま踵を返して元いた曲がり角へと戻って行った。
足早に消え去ったアルルだったが、その横顔が赤く染まっていたことも、お尻から伸びている尻尾がゆらゆらと忙しなく揺れていたのもセシリアは見逃していなかった。
(かわいい人だなぁ)
アルルの意外なかわいい一面を見たことで、セシリアの暗くなっていた心が晴れていった。
先程まであんなに長く感じていた廊下を軽やかな足取りで進んでいく。とはいえ流石にギルドの中でスキップするわけにはいかない。あくまでいつも通りを装いながら歩く。
突き当たりで右に曲がり歩いていると、左手に玄関が見えてくる。このまま直進すればザインの部屋に行けるが、用があるわけではないので今は行く必要はない。
玄関のノブに手を掛けて、ふと行く当てもないのにまた玄関に来てしまったことに気付いた。
先程外から帰ってきたばかりだというのに、これではトンボ帰りならぬトンボ行きだ。
(いや、これはあまりうまくないな……)
そういえばトンボなんて最後に見たのはいつだろうか。小さいころ別の国ではトンボのことをドラゴンフライと呼んでいると知って恐ろしい生き物だと勘違いしていた。
ドラゴンといえば王都でこの監察の話を聞かされる前に聞いた話を思い出す。魔獣人が魔物の形をとることがあるなら、もしかしてこのギルドにもドラゴンの魔獣人がいたりするのだろうか……。
「何をされているのですか」
「ひゃあっ!」
後ろから声を掛けられたことでセシリアは思わず飛び上がる。
振り向くと、そこには大柄な男が少し心配そうな顔で立っていた。
「驚かせるつもりはなかったのですが……。扉に手を掛けたまま動かないのでなにか問題でもあるのかと」
その言葉を聞いて、セシリアはようやく自分が玄関の前で不自然な長考をしてしまっていたことを自覚した。
「いえ、すみません。昨日からいろいろあって少し思考の整理をしてまして……」
我ながら何とも苦しい言い訳だとも思ったが、まさかここで「ドラゴンのことを考えてました」なんて子供じみた事言えるはずがない。ましてや「あなた方の中にドラゴンはいますか」なんてことは到底言えるはずもない。
「そうでしたか。申し遅れました、私はここでギルドマスターの補佐などを務めているランザといいます」
怪しいセシリアの言い訳を気にした様子も無くすぐに話を切り替えたランザに狼狽えつつも、返答をすぐに用意する。
「私は今回このギルドの監察員として派遣されたセシリア・クローネです」
すぐさま職員としての態度で名乗る。
「はい、さきほどザインから聞きました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
丁寧な対応はザインと同じだったが、あくまで事務的だったザインとは違い、ランザは温かみのある印象をセシリアに与えた。
落ち着いた物腰のランザの声は耳に心地よく、ザインとは違う声の渋みがある。その物腰や見た目から、年齢はセシリアやザインよりも10は上であろうと思わされた。
「それで、クローネさんはこれから?」
「すこしこの街を見て回ろうかと」
「もしかしてクローネさんはベイストは初めてですか?」
「はい、実はそうなんです」
特に意味も無く玄関まで来てしまっていたが、どうせということで後付けでここまで来た理由を考えた。
「丁度よかった、これから私も出掛けるんです。私なんかでよろしければ案内しますよ」
「本当ですか!」
「ええ、もちろん」
セシリアにとっては願っても無い提案だった。
ベイストは王国の中でも治安がいい方とはいえ、やはり女一人で歩き回るのは少し怖い。それにランザはこのギルドの中でもかなり話しやすい方だと感じる。それでいてギルドマスターの補佐係となればギルドのことを聞くうえでも最高の人選と言えるだろう。
「それでは、よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
深々とお辞儀をするセシリアに対し、ランザはまるで執事のような流暢なお辞儀を返す。
頭を上げたセシリアは、先程握ったまま開けなかった玄関扉をあけ、外へと踏み出した。




