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3話



 幸いなことに、道中誰かに会うことなくセシリアとカレンはザインの待つ部屋の前へと辿り着いた。


「ここです」


 王都では見られない内装の雰囲気に気を取られていたセシリアは、前方を歩いていたカレンが急に立ち止まったことで危うくぶつかりそうになった。


「ありがとうございます。本当に助かりました」


「いえいえ、これから長い付き合いになるようですし、こちらこそよろしくお願いします」


 カレンはそれを言うだけ言って、セシリアが何か言う前に通ってきた道を引き返してしまった。


(う~ん、やっぱ受け取らないかぁ)


 王都ではこういう際にはチップを渡すものだが、王都以外での都市ではあまりそういう文化はないらしい。しかも、冒険者の間ではそれが顕著で、文化にないというよりかは、知っていてなお受け取りたくないようだ。それをセシリアは昨日の時点で実体験として学習していた。


(同じ王国内でもこんなに違うものなのかぁ)


 何か頼みごとをした際にはチップを渡す。これは王都の中では当たり前のことだった。チップを渡すのを渋ることはもちろん、逆に受け取るのを拒否することも相手の善意を受け取れないとして狭量だとされる。


 王都の中でも特に貴族社会の中に生きていたセシリアにとっては、これは大きなカルチャーショックだった。


(おっといけない。仕事をしないと)


 幾度か深呼吸をしたあと、目の前の木造の扉を三回ノックする。


「冒険者組合のセシリア・クローネです」


 セシリアは何とか声を()()らず言い切った。本当はこの後に「本日から監察員として……」と続ける予定だったが、息が続かなかった。

 息を吸って再び声を出す前に、扉の向こうからよく響く男性の声が返ってきた。


「どうぞ」


 意を決して、思ったよりも滑らかに開いた扉をくぐる。


(って、え?)


 あまり大きな部屋ではなかった。一対のソファとその間に置かれている机。そして部屋の奥に部屋主の机と椅子が置いてあるばかりで、絨毯などを除いてあまり調度品は置かれていない簡素な部屋だった。


 だが、セシリアが驚いたのはそこではない。


(若い……。まだ30にもいっていないんじゃない?)


 セシリアをそこまで驚かせたのは、机の奥に座っているザインであろう人物の姿だった。扉越しに聞いた声は、大商人や上級貴族の当主に匹敵するほどの威圧感と責任の重さを感じる声だったが、こうして見るとまだまだ青年と言える見た目だった。


(もしかして魔獣人(ビースター)としての特徴で若作りな人もいるのかな……)


「どうかしましたか?」


 扉の前で立ち尽くしていたセシリアに、友好的な声でザインが声をかける。


「い、いえ。大丈夫です」


 慌てて笑顔を取り繕ってザインの座る机の前へと移動する。


 そして、ここでセシリアは新たな事実に気付く。


魔獣人(ビースター)の特徴が無い?)


 セシリアからはザインの上半身しか見えないが、少なくともそこに人間以外の特徴は見られなかった。


「若いギルドマスターは珍しいですか?」


 セシリアの視線を敏感に感じ取ったのか、ザインがそう言いながらセシリアに笑いかける。


「え、ええ。確かに珍しいです。王都では貴方のような若いギルドマスターは見られませんから」


 ザインに対してセシリアも同じく笑顔を返した。


(……見えない)


 セシリアはギルドの職員として冒険者たちを見る(・・)能力というのを鍛えてきた。相手がどれほどの実力を持ち、どのような人間なのか。今では初めて見る冒険者でもその冒険者の戦い方、そしてその人格がわかるようになっていた。

 先程会ったミカもカレンも、外れている可能性はあるものの大体の予想は立てれていた。しかし今目の前にいる青年からは何も見えない(・・・・)


(それにこの人は本当に魔獣人(ビースター)なの? 何も分からないんだけど)


「私も魔獣人(ビースター)ですよ」


(えっ!?)


 まるで心の中を見透かされたような発言に、セシリアの心が激しく動揺する。


 セシリアの心中(しんちゅう)を把握しているかのように不敵な笑いを浮かべるザインと正面から目が合う。


(逆に私のほうが見られてしまっている……)

 セシリアはギルド職員としての、否、貴族としての仮面をかぶり直し、再びザインと向き合う。


「挨拶が遅れました。ここのギルドマスターをやっているザインといいます」


 ザインはまるでさっきまでの緊張感などなかったかのように含みなど何もないような笑顔で挨拶を口にした。


 「上の名は?」などという無粋なことは()かない。

 平民の中にも名字を持たない者は多い。名字、家名とはつまりその身分を表すうえで大きな影響を持つ。貴族は当たり前に持っている名字というのも、一般市民からすれば羨望の対象だ。


 そして、魔獣人(ビースター)という人々が奴隷として売買され、ここには元奴隷の魔獣人(ビースター)がいるということをセシリアは知っていた。──奴隷が名字を持っているかどうかは、この際言うまでもないだろう。


「では私のほうも改めまして。本日からこのギルドに監察員として配属されたセシリア・クローネです」


 ここで自身の名字を言うのかどうか、実は直前まで悩んでいた。

 しかし名字を言うのというのは自身の家を背負っているという責任、覚悟を示すことと同義だ。相手に対して隠し事はなく、誠実だということを伝えるためにしっかりと口にした。


 それに、ギルドの職員ということはほぼ確実に貴族。必然的に名字を持っているということなので、隠したところでやましいことがあると思われるだけだろう。


「先程の話に戻りますが……」


 ギクリ、とセシリアの肩に力が入る。


「若い、といえば、私のほうも驚きましたよ」


 しかし、どうやらセシリアの思っていた方の話題ではなかったようだ。


「事前の通知では王都の本部で働く優秀な人が来ると聞いていましたからね。まさか貴方のような若い人が、それも女性の方が来るとは思いませんでした。王都から監察員の方が来るのは初めてですが、そちらではこういったことが多いのですか?」


 ギルドの職員は女性の比率がかなり多い。

 なぜならギルドの職員になれるような貴族の子供ならば、男はもっと別の職、重大な役を任されるからだ。それに、もしその貴族に男が一人しか生まれていなかったら当然その者が当主となるべく育成され、ギルドの職員なんていう働き口に回されることはない。


 とはいえ、ギルドの職員の中でも男のほうが優秀とされることは多い。受付は愛想のよく受けの良い女性職員が担当することが多いが、内務のことなどは男性職員が担当することが多い。

 これの理由としてはいくら次男、三男であろうと女子よりかは家でより実践的な教育を受けていることが挙げられる。


 ギルドの重要な仕事の一つである監察員も男性職員が回されることが多い。もっともこれは、冒険者の集まるギルドにか弱い(・・・)女性一人で向かわせることが危険だからとも言える。


「そればかりは組合長に聞きませんと分かりませんね」


 営業スマイルを貼り付けたまま首を竦める動作をする。


「そうですか。それでは、貴方のような美しい方を派遣してくれた王都の組合長には感謝しないといけませんね」


 目の前の青年はそんな台詞を顔色一つ変えずに恥ずかしげもなく言い放った。


(そういう性格、というよりかはただ事務的なものと片付けているような様子。若いのに生意気……いや、それは私も同じか)


 相手の気分を損ねず物事が上手くいくように仮面を被り、嘘に嘘を重ねるのは貴族もギルド職員も同じこと。上に立つ者として当然のことと言える。

 ただその嘘に相手を(あざむ)き不利益を被るようなものを混ぜなければ信用を損ねることはない。いちいち全てのわかる嘘(・・・・)に突っかかるのは礼儀を知らぬ愚か者だけだ。


「ありがとうございます」


 賞賛というのは素直に受け取っておくのが吉というものだ。


 容姿を褒められたことで自然と相手の容姿にも目が行く。


(なかなか整った顔立ちをしてるじゃない)


 セシリアも貴族の子女として過去に幾度となく貴族たちとお見合いをしてきたが、その内の誰にも見劣りはしない。


 顔立ちはここでは珍しくないものだが、髪はここでは滅多に見ることはない黒色だった。


(そういえばカレンさんも黒髪だった)


 カレンの顔立ちは王国(ここ)から東の海を越えた地に多い顔立ちだった。多くはないとはいえ、王都内で東から来た冒険者というのを見たことがあったセシリアには、カレンの顔立ちには覚えがあった。


「黒髪は珍しいですか?」


 セシリアの視線を──もしくは心の中を──機敏に察したのか、ザインは自身の髪を触りながら()いてきた。


(っまた……)


 セシリアには日々様々な冒険者を見る受付として、視線や心を隠すことにはそこそこ自信があったのだが、それが今崩れ去ろうとしていた。


「確かにこのギルドには東から流れ着いた者も多くいますが、私は正真正銘この国の生まれですよ」


(何かしら精神操作されている訳ではないわよね?)


 相手の精神を操り、思考を読みとる。そういった魔法があることは知っているが、如何(いかん)せんセシリアにはそれを感知できるような魔法の資質も技術もない。


「貴方のような髪に憧れていた時もありましたが、今では個性として受け止めています」


 セシリアの髪色は王都では平凡な赤茶色だ。


 黒髪は珍しいが悪目立ちするほどではなく、黒というのはむしろ高潔さや高貴さを表し、王都でもあえて髪を黒に染める女子も多くいる。


「私からすれば貴方(あなた)のような黒髪が羨ましいものですけどね」


「お互い、無いものねだり、ということですね」


 (いさか)いが起きるのも大抵そういったことが原因だ。


「ええ、まったく。いろいろありましたけど、私も今の髪色が一番落ち着きます」


今の(・・)?」


 セシリアが何の気なしに発言した言葉を、ザインは鋭く捉える。


「あっいえ。今のは言葉の綾といいますか、特に何の意味もないので気にしないでください」


「そうですか」


 ザインはあっさりと引き下がった。


「このギルドには髪色だけでは無く、多くの人種がいます。ここに連れてきてくれたカレンや、先程会ったであろうミカ以上に見た目が大きく異なる者もいます」


 扉の前まで一緒に来たカレンはともかく、どうしてミカのことまで知っているのだろうか。顔が固まったセシリアのことは無視して、ザインはそんなこと当然かのように話を続ける。


「見た目が恐ろしいと感じる者もいますが、そういった者が決して心まで恐ろしいとは限りません。ここで暮らすからには、それらを承知してもらいたい」


 落ち着かないセシリアを他所(よそ)に、ザインは話を進めていく。


我々は人間(・・・・・)だ。貴方はそれを当たり前のことだと思うかもしれませんが、残念ながらそうではない人間もいます。それ故に我々はそういった認識を皆が意識し、力強く持っているからこそ心無い言葉や蔑視にも耐えることができています」


 セシリアは口を開くこともできなかった。


「貴方がそのような人間(・・)だとは思っていませんが、配慮をお願いします。もう、人が死ぬのは見たくありませんので」


 その「人」というのがザインのような魔獣人(ビースター)のことをいうのか、それともセシリアのような人間のことなのかをザインは語らなかった。


 ただザインの目には意志の強い冷たい輝き以外にも、深い悲しみの色があった。



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