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1話

「そこでよ、俺はバシッと決めてやったってわけよ!」


 セシリアは受付カウンターの前で自分の武勇伝を語っている冒険者を無視して、手元の依頼書に赤色で()されている「受領済み」の印鑑の上に新しく緑色の「達成済み」の印鑑を捺す。


「聞いてくれてる?」


 淡々と仕事をこなすセシリアを見て、目の前の男はわざわざ視線を合わせるようにかがみ込んで()いてくる。


「はいはい、聞いていますよ」


 棒読みの返事を返しつつ、印鑑を押したばかりの依頼書を横にある箱に投入する。


 明らかに相手にされていないにも関わらず、返事をもらったことに満足した男はなおもセシリアに話しかけてくる。


「で、なんだけどよ。今夜空いてるなら1杯どう?」


「はぁ、そうやって今日は何人の女性を誘ったのですか?」


 今度はしっかりと顔を向けてから怪訝そうに訊き返すと、男は焦ったように誤魔化し笑いを顔に貼り付ける。


「ハハハ、いやだなぁもう。今日はセシリアさんだけっすよ!」


「はいはい」


 セシリアの反応でもわかるように、この歳は20と(いく)ばくかの冒険者は日頃から多くの若い(・・)女性にナンパをかけていて、セシリアにこのような誘いをかけてきた回数も両手の指には収まらない。本当なら今すぐにでも追い払ってしまいたいところだが、日頃の態度によらず冒険者としての腕は確かなのがセシリアの頭痛の種を増やしている要因だ。


 先程セシリア自身が処理した依頼も目の前の冒険者が受けていたもので、依頼内容はギガントワインダーの討伐。毒や麻痺などの面倒な能力を持っており、それへの対策として必然的にポーション代も増える。しかもその危険度と不釣り合いに、重宝されるような希少素材もなく実入りも少ないという冒険者泣かせの魔物で、その討伐依頼というのはかなりのハズレ依頼とも言える。

 そんな依頼でも引き受けてくれるような人は利益を求めるを第一とする冒険者の中では珍しく、冒険者組合としても無下(むげ)に扱うことは出来ない。


 なので、セシリアは組合職員として丁寧な対応をするものの、このような誘いに応じるつもりはなかった。


「女性に対してもっと真摯(しんし)に向き合われてはどうですか?」


 そもそも、セシリアと彼のような冒険者の間には大きな身分の差(・・・・)がある。

 下は賊上がり──盗賊や山賊から足を洗った者──上を数えてもせいぜい商家の次男坊が関の山な冒険者の中に、貴族出身のセシリアと釣り合う人物がいるとは思えない。


 冒険者組合は信用が第一であり、職員も身元が保証されている必要がある。なによりも職員は読み書きができる必要があり、それなりの教養が無ければならない。

幼少から教育を受けられるような子供は、残念ながらこの国には貴族の子供以外には存在しない。

 貴族出身の冒険者がいないとも限らないが、セシリアの知る限りそういった手合いが長続きした話を聞いたことはなかった。


「俺はいつでも女性に対しては真摯なつもりですよ。そう、それこそドラゴンのようにね」


 男はドラゴンの真似をしているつもりなのか、両手を大きく広げてそう言った。


「ドラゴン……ですか?」


 男の言っている意味が分からず小首を(かし)げたセシリアに、男はここぞとばかりに笑顔で詰め寄ってくる。


「知らないんですか? ドラゴンは生涯でたった一匹としか(つがい)にならないんです。しかも、その子供も卵にいるうちから親のことを認識していて、孵化する前に親子を離れ離れにしても、親も子供もお互いに自分の家族かどうかが本能的にわかるらしいんですよ」


「ほぇー」


 セシリアも冒険者組合の職員はとして魔物図鑑(モンスターマニュアル)に一通り目を通したことはあるのだが、如何(いかん)せんここ数十年は龍の類が襲撃してくることはおろか、国内での目撃情報すら無いのだ。もはや物語(おとぎばなし)の中だけの存在であるドラゴンの生態に関する情報は、セシリアの中で記憶しておく優先度の低いものだった。


 どうでも良いような雑学とはいえ、自分の知らないことを知っていた男に感心してしまった事に気づいて、セシリアは急いで仕事に(あたま)を切り替える。


「まあそんなことはいいですから」


 セシリアはカウンターの下から報酬金の入った袋を取り出す。


「はい、これが今回の報酬金です。あとも控えているのでさっさと受け取ってください」


 もはやセシリアは面倒くさがっているのを隠す気もない。


「えー、俺がこんなにアピールしてるのに塩対応だなぁ、セシリアさんは」


「それならドラゴンの一匹でも討伐してみてください。竜殺しの冒険者ともなれば、振り向いてくれる女性も多いのでは?」


「おっ、これは良いことを聞いた。覚えておいてくださいよっ、セシリアさん」


 セシリアからすれば何の気無しに発言したのだが、男は本当に()に受けたのかどうかわからない様子で報酬金を軽く持ち上げて受付カウンターから離れていった。


(そもそもまだ国内にドラゴンがいるかどうかすら怪しいんですけどねぇ)


 その後も依頼の受付と雑多な書類仕事を終え、今日の勤務時間があと少しで終わるという頃に、セシリアは冒険者組合の組合長に呼ばれた。残りの仕事は他の人に回せば良いとのことだったので、お言葉に甘えて余った仕事を同僚に任せ、セシリアは組合長室へと向かった。


 セシリアが勤務している場所は王都なので、冒険者組合もここが本部ということになる。つまりは組合のもっとも立場の高い人に呼ばれたのだから、セシリアの背筋も自然と緊張していった。


「セシリア・クローネです」


「入ってくれ」


 ノックと共に名を告げると、中から深みのある声が返ってくる。


 扉を開けて中に入ると、黒壇の机の後ろに初老の男性が座っていた。


「本日も勤務ご苦労。疲れているだろう、まずは席に座ってくれ」


 セシリアは余計な遠慮をすることもなく組合長の言葉に従って革張りの椅子に座る。

 来客用の物と思われるその椅子は、セシリアたち組合職員が普段座っているものよりも座り心地が良かった。


「君の日頃の働きぶりは私もよく耳にしているよ」


「あ、ありがたいお言葉です」


 自分で自分の働きぶりがどれくらいかなど今まで考えたことは無かったのだが、お世辞かもしれないとはいえ上司に直接褒められれば自然と口角が上がってしまうのも無理はないだろう。


「そこで、君の能力を評価して一つ仕事を頼みたいのだが……」


「……なんでしょう?」


 組合長の言い方に含みを感じて、セシリアは恐る恐る問い返す。


「ここより西に城塞都市があることは知っていると思う」


「はい、ベイストですよね」


 これは何もセシリアが博識というわけでもなく、王国民ならほとんど誰でも、特に冒険者関連の人ならばほぼ確実に知っていることだ。


 城塞都市ベイストは国境近くにあり、他国から攻められた際の防衛拠点になるほか、国内で王都に()ぐ大都市であり、冒険者稼業が盛んな都市としても知られる。


「そうだ。冒険者組合がギルドに対して定期的な監察を行っていることも知っているだろうが、今回はそのベイストのとあるギルドに本部から観察官を送ることになった」


「それに私が選ばれたんですね」


「ああそうだ。話が早くて助かる」


 話の途中に出てきたギルドというのは、冒険者が協力し合うために組む共同体のようなもので、端的に言えば徒党(パーティ)をさらに大きくしたようなものである。

 そしてそのギルドを結成するためには冒険者組合の許可が必要だ。そして定期的に監察官を送り、普段の素行などが冒険者としてちゃんとしているのかどうかを確認している。


 冒険者というのは個人でありながら武力を持つことを許された存在だ。そんな彼らが危険思想を持って寄り集まることがないように組合、つまりは国が管理するのは当然と言える。


 だがここまでは何ら通常と変わらない職務なのだ。組合長がなぜ言いにくそうにしているのかセシリアにはわからなかった。


「それでその(くだん)のギルドというのが、これだ」


 組合長は黒壇の机の引き出しから、紐でまとめられた紙束を出した。


「失礼します」


 セシリアは断りを入れてから机の上に置かれた書類を手に取る。


 その一番上の紙に書かれていたギルドの名前。


 それは、


ノケモノたちの家(ビースターズ ハウス)……」


 それはこの世界でもっとも異質で、もっとも孤独な人々(・・)が集まるギルドの名前だった。



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