4話:サイテーですっ!!
夕方近くなり俺は酒場「ペオーニア」に戻って来た。
種を植えてからやることがなかったので村を見て歩くことにした。1、2時間で回れるだろうと思っていたらこの村は川に沿って長く伸びていて、1時間歩いても端まで辿り着けなかった。通りを歩いている人に聞いてみると端から端まで歩くと2時間はかかるそうだ。
あまり疲れを残すと昨日の二の舞になるので、適当に切り上げて戻って来た。
仕事前に一旦納屋に帰ってみると植木鉢から3cmほどの芽が出ていた。早くねえか?・・・
まあ異世界の植物だし、あの色だし、元の世界とは違うんだなと納得して酒場に向かった。
仕事前に賄いをいただき、2日目の仕事が始まる。花屋でしかバイトをしたことはなかったが、勉強以外は物覚えがよかったようですんなりと仕事を覚えサクサクこなした。
「おう信夫、お疲れ。明日も頼むぜ」
「まかせてください!それじゃおやすみなさい。ペオーニアさんも!」
「おやすみなさい信夫さん」
植物の成長が気になり急いで納屋に向かう。朝植えて夕方には3cmくらいになっていた。もしかしたら10cmくらいに伸びているかも!
「っておいっ!!」
植木鉢から30cmほどの高さにまで成長した植物はすでに蕾まで出来ていた。
「なんだこれは!?異世界にしても成長が早すぎないか!?」
破竹の勢いとはよく聞くけどこれは竹じゃないし・・・種を植えた日に蕾ができるかっ!って出来てるし!!
植物をじっくりと見ると葉っぱがわさわさと動いている。もしかして植物じゃなく動物なのか!?サンゴなんかは植物みたいに見えるけど実は動物だと聞いた気がする。もしかしてコレもそうなんだろうか・・・寝たら襲われて食われるんじゃないだろうな・・・
睡魔が吹き飛んだので、部屋の隅に避難して植物を見守る。しばらくすると蕾が膨らみ花が咲いた。オレンジ色の手の平サイズの花でいい香りがした。1時間もせずに花が枯れ、小さな実が出来た。なんだか花の一生を早回しで見ているみたいだ。花と同じオレンジ色の実で果実のようだ。
そこからの成長はそれほど早くもなく、見ている分にはあまり変化がない。変化がないとやがて睡魔がダッシュで戻って来たので、俺は座ったままいつの間にか眠りについた。
次の日の朝は握りこぶしサイズになり、そのまた次の日はバレーボールサイズになった。
「まだ大きくなるのか?」
植物が重さに耐えられなくなり実を支える蔓が伸び切って、4日目には実が床に着いた。そして1週間が経った頃植物が完全に枯れ、直径80cmほどの実だけが残った。
仕事が終わった深夜の納屋の中には俺と巨大な実があるのみ。こんな異常な実のことはマスターにもペオーニアさんにも言えず途方に暮れていた。
「どうしたものかな・・・コレ、食べられるのか?」
俺は剪定鋏を手に持って果実と枯れた植物を切り離した。切り口からは赤い汁が噴き出し、まるで血のように見えた。気持ちわりぃ・・・
さて、これをどうするか。割ってみるか?・・・
「包丁でもあればいいんだが、刃物はコレしかもってないしな」
ペオーニアさんに話して包丁を貸してもらおうか?そんなことを考えていたら急に実が動き出した。
ビクン!
「なんだっ!?動いたぞ・・・」
ビクンビクン・・・
果実の内側から何かが押しているような感じで、所々が膨らんでは萎んでいく。そしてついに皮に穴が開き、中から何かが飛び出して来た。
「ま、まさかっ!?」
穴から飛び出したのは、人間の指だった。細くきれいな指が一本、また一本。穴が広がりやがて手首まで出てきて、それに繋がる腕が現れる。両腕が外に出ると皮を左右に引き裂き頭が出てくる。
オレンジ色をした髪が俯いた顔を隠すように広がっている。肩に引っ掛かっていた皮がずり落ち、足まで完全に姿を現した。
「な、ななななななんだコレはっ!?は、裸!!」
現れたのは人間の女の子だった!!しかも裸!?
体育座りをしている女の子は頭を持ち上げ上を向いた。髪が左右に分かれていき目を閉じた綺麗な顔が現れる。
白磁のような白い肌に肩下まであるオレンジ色の髪。足で胸は隠れているが横からはみ出した丸みが、決して小さくないことを物語っている。
もう・・・限界だ・・・
彼女の目が開かれるのと、俺が鼻血をだして倒れたのはほぼ同時だった。
薄れゆく意識の中で、微かに声が聞こえた。
『ご主人様!?』
という声が。
コンコン
「信夫さん、おはようございます!朝食の時間ですよ~まだ寝てますか?」
ペオーニアさんの声で意識がゆっくりと覚醒していく。
何だか今朝は疲れが取れず頭がぼーっとする。妙に暖かくて柔らかい抱き枕のせいでもっと寝ていたい欲求にかられる。
「あけますよ~」
扉が開きペオーニアさんが部屋に入って来た。薄目を開けるとペオーニアさんはいつもの三つ編みではなく、髪を降ろし珍しく髪飾りを付けていた。
「まだ寝てるんですか~信夫さん?起きてくだ、さいっ!」
ペオーニアさんに勢いよくシーツをめくられ、どこかで嗅いだ香りが鼻孔をくすぐる。
「えっ!?」
どこで嗅いだっけな?たしか何かの花の香りだったような・・・
「の・・・信夫さん!サイテーですっ!!」
バンッ!!
ペオーニアさんが部屋を出ていき、扉が壊れそうな音を立てて閉まった。
「ペオーニアさん?一体なんだってん・・・だ・・・?」
扉から視線を戻すと目の前にオレンジ色の髪が見えた。視線をずらすと髪の横に肌色が見える。肩から背中が見え、お尻の半分まで見えた所からシーツが続いている。
俺の身体に密着した丸い柔らかい感触は・・・横からはみ出した丸みが、決して小さくないことを俺の身体に教えてくれた。
「んんぅ・・・」
俺は抱きしめていた腕を伸ばして宙に浮かべた。ど、どどどどどうすればいいんだコレ!?
「あ・・・おはようございます。ご主人様」
俺の目の前10cmの所で可憐な花が咲きみだれた。
さっきまで抱き枕にしていた彼女が目を覚ました。
コレってどういう状況なんだ!?まさか俺が無理やり!?まったく記憶にないんですけどおおおお!!これは国外退去じゃ済みそうにないっ!!
「あの、ご主人様?いきなりなお願いで申し訳ないのですが、何か着るものを頂けないでしょうか?恥ずかしくて・・・」
両手で胸を隠し眉を八の字にして横たわる彼女!
俺は身体を起こしてシーツを引き寄せると彼女にかぶせ、ベットから跳ね起きて背嚢をひっくり返した。
「と、とりあえずコレ着て!!」
ゴブリンさんに貰った麻の服(?)を彼女に突き出すと、シーツで胸を押さえた彼女は片手だけ俺に伸ばして服を受け取った。
「ありがとうございます。ご主人様。できれば、あの・・・あちらを向いてていただけますか?」
「は、はいぃ!」
彼女をガン見していた俺は回れ右をして扉に向かって正座する。衣擦れの音だけがやたら大きく聞こえる。え?え?『ご主人様』って俺か!?『ご朱印様』の効き間違いか!?ああああ、何を言ってるんだ俺は!!
「もうこちらを向いていただいても構いませんよ」
そういえば下がなかったけど、どうやって?振り返って見ると、彼女は麻の服の裾を下に引っ張りながら、上目づかいで俺を見つめる。
「ちょっと短いですけど・・・あまり見ないでくださいね・・・」
男物の麻の服は彼女のお尻をギリギリ隠す長さで、超ミニのワンピースのように見えた。
理性が本能の大群に攻められ落城寸前ですっ!!何か!何か援軍がないと理性がああああああ!!
すると遠くからドスドスと大きな足音と怒声が聞こえてきた。
「信夫!!てめえペオーニアに何しやがった!!泣きながら戻って来たぞ!!」
思わぬ理性の援軍が到着し、本能の革命は失敗に終わるのだった。