32話:栄養不足
二つ目の種を植えた次の日、酒場にバイトに行くとペオーニアさんが包帯を外していた。打撲だったらしいが完治まで随分時間がかかったな。
「おはようございます。もう大丈夫なんですか?」
「おはようございます。ペオーニアさん」
「あら?信夫さん、ラランチアさんおはようございます。ええ、もう完全に治りましたよ。ほら」
酒場のバイトは夕方からだが最初の挨拶は「おはようございます」だ。腕の怪我が治ったペオーニアさんは腕を軽く振って大丈夫だとアピールした。ここでのバイトはペオーニアさんの怪我が治るまで、と言うことだったので今週で終わりだと思う。
まあ、もう次の仕事のあてがあるので問題はないけど。
「おう信夫来たか」
「おはようございますマスター。何かあるんですか?」
店に入るとマスターが手招きするのでカウンターに近寄った。マスターはカウンター越しに腕を俺の首に回して顔を近づける。
「なぁ信夫。ペオーニアの怪我は治ったがここ最近の忙しさは知ってるだろ?なんだったらこのままここで働かないか?」
確かに俺が働き始めた頃より客の入りは倍増している。ペオーニアさんの怪我が治ったといっても親娘二人だけでは回らないだろう。メニューは増え、テーブルは路上にまであふれている。それもこれもラランチア効果なのだが、ここでラランチアが辞めると客が激減するかもしれない。いや、ペオーニアさんも十分かわいいのだけど、ラランチアは元の世界のアイドル並みだからな。
「ラランチア共々雇ってもらった恩がありますし、募集をかけて人が来るまでならラランチアに言って手伝ってもらいますけど?」
「ああ、ラランチアちゃんもだがお前にも残って欲しいんだ。なんだかんだで体力はあるし物覚えもいい。これでも結構お前の事を買ってるんだぜ」
うおおっ!ヤバイ!一瞬涙が出そうになった。腕を怪我してアーチェリーを止めて以来、人に認められたことなどなかったからだ。思わず「はい!」と言いそうになったが、3人の家政婦さんの給料を払うにはここでのバイトでは足りないのだ。そのため先日乗合馬車で執事組合のあるビルまで足を運んだ。新しい仕事を始めるために。
「すいませんマスター。そう言ってもらえるのは有難いのですが、もう次の仕事を決めてまして・・・」
「・・・そうか。残念だがそういう事なら仕方ねえな。元々ペオーニアの怪我が治るまでって話だったしな」
「その代わりラランチアにはもう少しここで働いてくれるように頼んでおきます。それに次の人を雇いやすいようにお土産も用意しますので」
「お土産?」
「ただいまっと」
「ただいま帰りました」
「おかえりなさ~い、ご主人様、奥様」
酒場でのバイトが終わって深夜に帰宅するとレッサーヴァンパイアのロリさんが出迎えてくれた。ロリさんの就業時間は夜から朝までで朝食後に就寝となる。ベールや手袋で露出部分を隠せば昼でも活動できるみたいだけど日焼けでヒリヒリするらしい。
「アメリーさんが夜食を用意してくれてますけど、召し上がりますか?」
「食べる食べる!もう腹が減りすぎて死にそうだ~」
「わたしは紅茶だけお願いします」
食堂に移動して夜食を頬張りながら図面の束をめくる。元の世界の物で使えそうなものを描きだした図面だ。確かファミレスの服のデザインがどこかに・・・
「あった!これだ!これを少しいじれば酒場で使えそうだな」
「信夫様、食事中にお行儀が悪いですよ。ところで何の図面なんですか?」
お行儀が悪いといいつつも図面に興味があるようだ。酒場では普段着にエプロンをつけただけだったが、かわいいウェイトレス衣装を着せればお客さんも減らないはずだ。
「酒場で着る衣装デザインなんだけどこんなのはどうかな?」
「の、信夫様!?これは少し破廉恥すぎるのではっ!?」
ラランチアならそう言うと思ったけどそんなに破廉恥でもないと思うのだが?薄紅色のフリルのついたブラウスにお腹周りをコルセット風にしたチェックのミニスカート。それに腰回りだけの白いエプロンと黒のニーハイソックスだ・・・。ちょっと破廉恥かもしれない・・・。
「いや、ラランチアがいなくなった後の酒場を盛り上げるにはこれくらいしないとダメだろう」
前回の依頼の成果も知りたいし明日執事組合のビルまで行ってみるとしよう。
「ラランチアも一緒に来るか?」
「・・・ご一緒しますけど、本当にその服を着ないといけませんか?・・・」
着てください!!俺が見たいのでっ!!
その夜部屋に帰ると植木鉢から20cmほどの・・・蔓が伸びていた。
「あ、あれ?ラランチアの時は真っすぐ伸びていたのにコレはなんで蔓なんだ?」
植木鉢に近寄ってよく見ると蔓ではなく細すぎて倒れた茎だった。どうして!?なんでこんなに弱々しいんだ!?ラランチアの時は二日目には蕾まで出来ていたって言うのに。
「ちゃんと水も上げたし肥料だって・・・あ!」
そうだ!ラランチアの種はゴブリンさんから貰った肥料入りの培養土に植えたんだった!同じ土に植えてしまったから肥料が足りないのか・・・。ラランチアのあの胸を見れば培養土のすべての栄養素を吸い上げたに決まっている・・・。追肥だ!追肥をしないと!!屋敷の裏の森から腐葉土を取って来るか?いや、すでにこれだけ成長していたら土に混ぜ込むことは出来ない。それに腐葉土では即効性がない。液体肥料が必要だ。確か植物に必要な栄養素は窒素、リン、カリウムの三つが基本。まずは腐葉土を水に溶かしてそれから・・・。ふと窓辺を見るといつも小鳥が留まっている窓の張り出しに糞の山が出来ていた。鳥の糞・・・鶏糞!?これだ!
「これで持ち直してくれるといいんだけど・・・」
なんとか液体肥料を作って鉢の周りに円を描くように撒いた。実ができなかったり死産にでもなったら目も当てられない。毎日少しづつ液肥をあげることにしよう。
朝になり小鳥のさえずりで目が覚めた。
「朝だ!植物はどうなった!?」
飛び起きて窓辺の植木鉢を見ると、細いながらもなんとか真っすぐに立っている植物の姿があった。そしてその先端には小さな蕾ができていた。




