3話:アルバイト
ゴブリンさんに送ってもらいニンゲンの国との国境にやってきた。
「ここを真っすぐ行ってあの丘を越えた辺りからニンゲンの国だ。もう森に入って迷うんじゃないぞ」
「ご迷惑をおかけしましたぁ!ありがとうございます!」
俺はゴブリンさんに深々と頭を下げ大きな背嚢を背負い直す。
餞別で頂いた衣服や生活用品一式だ。そして小さな植木鉢も。
裁判も終わり国外退去に決まった後、持ち物全てが返却された。エプロンに剪定鋏、そして七色の種だ。
持ち物がこれで全てだと言うと、目線を逸らし口元を押さえた涙目のゴブリンさんが、餞別だといって当面必要になりそうなものを入れた背嚢をくれた。ゴブリンさんに哀れみの視線を向けられ施しを受けた・・・
「キミ、珍しい種をもっていたな。部屋に植物があるだけで癒されるものだからな。コレも持っていくといい」
そう言って培養土と植木鉢を渡されたのだ。
最後にもう一度お礼を言って俺はニンゲンの国に向かった。
丘を登れば町が見えるかと思ったがそんなことはなく、ゴブリンの町とは違う荒れた道が続いていた。
それから3時間ほど歩きにくいデコボコ道を進んでいくと、ようやく町・・・村が見えた。
石造りで区画整理されていたゴブリンの町と違い、ニンゲンの村は雑然としていて丸太小屋ばかりだ。
ゴブリンの町よりグレードが低いじゃないか・・・
それでも村の奥の方ではそれなりに人通りも多く賑わっていた。
店らしき建物も数軒見えているが看板の文字が読めない。ゴブリンさんとは言葉が通じていたけど、もしかして人間の方が違う言葉を使っているのだろうか・・・
その時ちょうど目の前にある店から、三つ編みをした女の子が三脚と看板を持って出てきた。右手を怪我しているようで三角巾で吊っている。
言葉が通じるだろうか?話しかけてみるか。
「あの・・・」
「え?あ、きゃ!」
ガシャン!
俺が話しかけてびっくりしたのか、左手で抱えていた看板と三脚を倒してしまった。
「あ、すいません!!」
俺は慌てて三脚を立てて看板を設置する。
「ごめんなさい!手伝わせてしまって」
「いえ、俺が驚かせたせいですから」
女の子の方を見ず地面に視線を落として謝った。遠くならともかく、間近で女の子と正面きって話すことができない・・・
「ありがとうございます。それで、わたしに何か御用でしょうか?」
三つ編みを揺らしながら首を傾げて俺を見る。なんとなく声をかけてしまったけど、結構かわいい子だ。
「あっ」
そうだった。言葉が通じるかどうか試すつもりだったけど、もう用事が済んでしまった・・・どうする!?何も用事がないのに声をかけるなんて、ナンパみたいじゃないか!やったことなんてないけど・・・
「もしかして!この看板をみて来られた方ですか!?」
女の子がパッと笑顔になって俺に詰め寄った。
近い!近いんですけどぉ!!ああそうだ!俺は女の子の免疫がないんだよ!!こんなに近寄られるとどうしていいかわからなくなる!
「えっと、いや、その・・・」
この看板って俺が設置したコレか?なんて書いてあるか読めないけど・・・女の子は何を勘違いしたのか俺の手を握り店の中に引っ張って行った。俺はその柔らかい手を振りほどくことが出来ず一緒に店の中に入る。
女の子に手を握られるなんて幼稚園の時以来なんですけどぉ!!
「お父さ~ん!募集を見て来てくれた人がいるよ~!」
募集?一体なんの??
「おうそうか!」
ドスの効いた声が聞こえ、厨房からガタイのいいおっさんが出てきた。頭は禿げ上がり、頬に10cmほどの傷がある目つきの鋭いおっさ・・・お父様です・・・腕は俺の太ももより太いんじゃないだろうか・・・。目の前に立つお父様は俺を見下ろし・・・繋いだままの手を見下ろし鋭い視線を向ける。俺は急いで手を放して気おつけの姿勢になる。
「ふんっ、ひょろい奴だな。使い物になるのか?まあ人手も足りねえし仕方ねえ、雇ってやるか」
どうやら俺はバイトが見つかったようだ。
この店はこの村一の酒場で「ペオーニア」と言うらしい。ちなみに娘さんの名前そのまんまだ。ペオーニアさんが怪我をしたため、店を手伝ってくれる人を募集していたらしく、そこに俺が出くわしたわけだ。
お金も住む所もなく、途方に暮れる・・・前にすべてが揃ってしまった。
食事は賄いが朝夕2食付き、寝泊まりは外の納屋を貸してもらえることになった。給料は月一回の月給制で銀貨10枚。多いのか少ないのかさっぱりだが、衣食住の2つが揃うだけ良しとしよう。
「さっそく今日から働いてもらうぜ!」
「わかりました!」
俺は久しぶりの食事にありつきそして、後悔した。今朝起きて昼から夜まで花屋でバイトをしていた。それから帰宅途中で異世界に飛ばされ、ゴブリンさんの国で尋問されて追い出され、3時間かけて歩いてこの村にやってきたのだ。
おそらく今は元の世界では早朝、徹夜した上に慣れない酒場のバイトを7時間こなしたのだ・・・限界だ・・・
「大丈夫ですか信夫さん?」
「ええ、まぁ・・・」
俺はフラフラになりながらもペオーニアさんに案内され納屋までやってきた。
「狭くて申し訳ないんですけど・・・」
納屋は3畳ほどの狭い部屋で、藁が盛られた上にシーツを掛けただけのベットがある。奥に小さな机があり、その上にある窓穴から月明りが入り込んでいる。
「部屋にある物は好きに使っていただいて構いませんので、それじゃおやすみなさい」
「おやすみなさい・・・」
俺はベットに倒れ込み泥のように眠った・・・
朝起きて店の片隅で賄いをいただいた。モグモグモグ!
「おかわり!!」
「・・・意外にタフな奴だな。思ったより使えそうだ。ほらよ!」
二っと笑うマスターが山盛りのご飯をカウンターに置いてくれた。見てくれは怖いが思ったよりいい人そうだ。
「よく食べますね~」
俺の正面に座って一緒に朝食をとっているペオーニアさんが感心したように言う。
「昨日はここしばらくの間でも一番お客様が多かったので、正直持たないんじゃないかと思ってました」
「ん~そうなんだ」
つい最近までアーチェリーをやっていたので、朝晩のランニングや筋トレで体力がついていたのが幸いした。一晩寝たら疲れがケロッと消えていたのだ。
酒場の仕事は夕方から深夜まで。それまでは何をしても構わないそうだ。
と言ってもお金もなく納屋に戻ってもすることがないが、ゴブリンさんからもらった餞別の、背嚢の中身を見てみることにした。
「なんだこれ?草?で作った服が2着。麻ってやつだろうか?それから小さな桶とロープが数m分。コレで洗濯して干せってことだな」
他にも木の実が入った子袋と何かの革で出来た水筒。そして中くらいの袋が2つあった。
「あ~最後に追加でもらった植木鉢か。それでこっちが培養土ね」
俺はポケットから七色の種を取り出した。見たこともない種だが一体どんな植物が生えてくるのか。
「異世界のようだし、人食いの植物なんて生えてこねえだろうな?」
この納屋で一番日当たりのいい窓穴側の机の上に、七色の種を植えた植木鉢を置いた。
「どうか癒しになる花が咲きますように」
そう祈ってから水筒の水を土に振りまいた。